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4-4

いつもリアクションくれる方ありがとうございます_(._.)_

装備回です

 枯木が落ちた。


 地面にぶつかる音だけがした。斬った音はしなかった。


 ボクは両手の間に張った糸と、足元の切れ端を見比べた。断面がつるりとしている。刃物で削った跡も、木の繊維が引き千切れた跡もない。


「……おぉ」


 もう一度、残った枯木に糸を当てる。

 指先から、ほんの少しマナを通して引いた。


 落ちた。


 手応えがない。柔らかいものを切っている感触すらなかった。切り落とした木片が靴の先にぶつかって、ようやく実感が追いつく。


 ……こわ。


 森であれだけ苦労させられた毛皮が、今度はこちらの武器になる。冒険者をやっているとこういうことがあるな。


 ◇


 カタクラの外れに、屋根の落ちた古い納屋がある。


 壁は半分崩れていて、残った梁の間から空が見える。床には枯葉が吹き込んでいるが、柱はまだしっかりしていた。糸を張って試すにはちょうどいい。


 受け取ってきた包みを、木箱の上に広げてある。

 小さな糸巻きが一つ。それと、手袋が一双。


 あのヤーヴァンの剛毛を持ち込んだときは、ずいぶんな量があったはずだ。それが、仕上がってみれば掌に収まってしまう。値段を思い出すと、もう少し大きくてもいいんじゃないかと思うが、持ち歩くにはこの方がありがたい。


 糸を日にかざしてみる。


 見えない。

 指の角度を変えると、一筋だけ銀色に光った。そこでようやく、両手の間に何かあるとわかる。


 名前は特にないらしい。

 じゃあ、銀糸でいいか。見た目のまんま。


 引き出した糸を指に沿わせる。手袋越しでも、しなやかなのがわかる。マナを通さなければ、少し丈夫な縫い糸みたいなものだ。結べるし、丸められる。服の中にしまっておいても邪魔にはならなそうだった。


 そこへ意識を向けると、ぴん、と張る。


 軽く通せば、形を保つ。

 さらに通せば、刃になる。


 説明は簡単だった。

 説明は。


「……よし。次」


 斬れるのはわかった。むしろ、斬れすぎるくらいだ。

 今度は縛ってみよう。


 床に転がっていた太めの木片に、銀糸を一周させる。先ほどより控えめにマナを通して、両手を開いた。


 きゅ、と糸が締まる。


 お。できた。


 そのまま持ち上げようとした瞬間、木片が真っ二つになった。


「……違うなぁ」


 そうじゃない。

 拘束した相手がこうなったら、ちょっと謝って済む話じゃなくなる。


 別の木片でもう一度。

 今度はごく弱く、恐る恐る通していく。輪が縮み、木の表面に食い込む手前で止まった。


 いいぞ。そのまま。そのまま――。


 持ち上げた途端、糸が緩んだ。

 木片が落ちて、乾いた音が納屋に響く。


「……ふむ」


 斬る方は、一瞬でいい。

 縛る方は、加減したまま保たなきゃいけない。


 やってみて初めてわかった。後者の方がずっと難しい。糸だけ見ていれば多少はもつが、別のところへ目を向けたり、足を動かしたりすると、途端に手元がお留守になる。


 しかもこれ、相手は動かない木片だ。

 暴れる人間だったらどうなるんだ。


 何度か繰り返すうちに、床の木片が細切れになっていった。


 ……薪を作る仕事なら、明日からでもできそうだな。


 ◇


 いったん木箱に腰を下ろした。


 手袋を外して指を揉む。薄いくせに、ずいぶん丈夫な手袋だ。同じ毛皮を使っているという話だった。これなしで糸を握るのはやめておこう。枯木の断面を見た後では、試す気にもならない。


 差し込む陽の位置が少し動いていた。

 もう結構な時間、木を刻んでいる。


 足元の切れ端を靴先で寄せながら、考える。


 そもそも、ずっと握っておく必要があるだろうか。

 いつものワイヤーは、そんな使い方をしていない。


 ボクは手袋を着け直して、立ち上がった。


 柱から柱へ、銀糸を渡す。

 何も通していない糸は扱いやすかった。古釘に引っかけ、端を手元へ戻す。見失いそうになるので、顔を傾けて光を拾いながら位置を確かめた。


 落ちていた長い枝を拾う。

 枝先で糸を押す。今はたわむだけだ。


 そのまま、マナを通した。


 枝先が落ちた。


「……あ、これでいいじゃん」


 声に出すと、妙に納得した。


 最初から張っておけばいい。

 ずっと刃にしておく必要もない。触れたところで、一瞬だけ通せば済む。


 もう一本、少し離れた柱へ渡した。

 二本の端を指に分けて、片方だけに意識を向ける。


 違う方が張った。


「……おっと」


 危ないな。

 相手が来てから「こっちじゃなかった」は通用しない。


 張り直して、もう一度。

 今度は狙った一本が張った。隣は緩んだまま。枝を押し当てると、狙ったところで切れ端が落ちる。


 少し笑ってしまった。


 こういうのは楽しい。

 最初は何に使えるかわからなかった道具が、手の中で、知っているものになっていく。


 増やすのは、二本を間違えなくなってからでいいだろう。

 縛る方も、いずれはできるようになりたい。毎回ばっさりやっていたら、穏便に終わる話も終わらなくなる。


 とりあえず今日は、使い道が一つ見つかった。


 ◇


 片付けには、思ったより時間がかかった。


 なにしろ見えない。

 張った自分が目を凝らしながら柱の間を行き来しているんだから、他人がうっかり入ってきたら大変だったろう。次からは目印になる布でも持ってこよう。


 一本ずつ緩め、糸巻きへ戻していく。

 結び目のあたりで傷んだ分は、短く切って包み紙に挟んだ。高かったのだ。短くても何かに使えるかもしれない。


 最後に、上着を木箱へ広げた。


 襟の縫い目に沿って、銀糸を一本通す。

 針仕事は得意じゃないが、服の繕いくらいなら自分でやってきた。少しずつ通し、端を内側へ収める。


 着てみる。

 首を動かす。腕を上げる。


 別に何ともない。


 手鏡を取り出して、襟元を確かめた。糸が浮いたところはない。膨らんでもいない。手袋も、はめてしまえば普通の革手袋と大して変わらなかった。


 鏡の中にいるのは、いつものボクだ。


 ……いいね。


 剣を下げれば用心される。

 弓を構えれば、あの獣みたいに顔を守られる。


 でも、襟元を直す男の手を、わざわざ警戒する女はどれくらいいるだろう。


 手鏡を閉じた。


 武器を持たない男に見える。

 無手に見えるまま殺せる手段が、今日、手に入ったというわけだ。



ここまで読んでくれてありがとうございます!


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