4-2
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カーテンの隙間から差す朝日が、ちょうどベッドを横切っていた。
隣で毛布がもぞりと動く。茶色の髪が覗いて、緑の目がこっちを見た。目が合った瞬間、毛布が鼻の上まで引き上げられる。
「……」
「おはよ、ティリス。よく眠れた?」
「お、おはようございます。……は、はい。あの、その……」
「ん?」
毛布の縁から出た顔が、みるみる赤くなっていく。
「さ、昨晩は……その、……最高でした」
「それはよかった。ボクも楽しかったよ」
「ほ、本当ですか」
「お客さんに嘘は言わない主義でね」
半分営業で半分本音だった。ティリスは素直だし、こっちの体調まで気にしてくれる。客としては上等の部類だと思う。
ボクはベッドを出た。素肌に朝の空気がひやりとする。床に散らばった服を拾い集めていると、背中に視線を感じた。振り返ると、ティリスが毛布にくるまったまま、じーっとこっちを見ている。
「見てていいけど、ボクは着ちゃうよ」
「み、見てませんっ」
見てたじゃん。
身支度を済ませて、窓の外を確かめる。日はもうだいぶ高い。今日は用事がある。例のアレを、あの店に持っていく日だ。
「ボクはこのあと用事があるんだ。ティリスは? 今日の予定は?」
「え。い、いえ、今日は……何も」
「そっか。じゃあ、ここで解散だね」
「ご……」
「ご?」
「ご、ご一緒してもいいですかっ。……そ、その、護衛です。最近、物騒だと聞きますから」
キリッとした顔を作ろうとしている。顔が赤いままなので全然キリッとしていない。
護衛か。ただの買い物なんだから大丈夫……。と言おうと思ったけど、あの店だからなぁ。うーん。
「じゃあお願いしようかな、護衛さん」
「は、はいっ」
毛布が跳ねた。
◇
一度部屋に寄って例の包みを回収してから、ボクらは中段の通りを歩いた。
護衛というのは普通、周囲を警戒するものだと思う。ティリスの視線は九割方こっちに向いていた。隣を歩いて、目が合うとにこにこする。警戒はどうした。
「今日の用事って、な、何を買うんですか」
「買うんじゃなくて、作ってもらうんだ。魔道具屋でね」
「魔道具屋……」
「店主がエルフなんだよ」
「エルフ! わぁ、エルフ、会うの初めてなんです……。高潔な種族だと聞きます。き、きっと静かで上品なお店なんでしょうね」
……まあ、世間ではそういうことになってるらしい。
ボクは肯定も否定もしないでおいた。
ヤーヴァンの骸の使い道についてギルドに聞いたところ、腕のいい魔道具士なら武器に加工ができるとのことだった。だが、腕が確かな店として紹介されたのは、例の……エルフの営む店だった。
さすがに、数十年前の魔物の加工方法などほかに候補がないらしく、やむなく再びそこへ話を通してもらい、今日向かっている。というわけだ。
◇
ちりんと鈴を鳴らして扉を開けると、香の匂いがした。
カウンターの奥で、銀髪のエルフが本から顔を上げる。
「いらっしゃい」
今日は、……普通だな。両手をしっかり机の上に出している。よし。空気が静かだ。ボクは胸の内でこっそり安堵して、カウンターに包みを置いた。
「どうも、ギルドから聞いてると思うんだけど、これ、武器に加工できると聞いたので」
包みを開く。中身は針金みたいな剛毛の束。例の森でボクらが仕留めた、あの魔物の毛だ。
ヴラチュリカの目の色が変わった。
「……ヤーヴァン。確かに間違いない」
「うん。前に教えてくれたやつだと思う」
「生きてたんだ」
「もう死んでるけどね」
彼女は剛毛を一本つまみ上げて、窓の光に透かした。指先で曲げて、引っ張って、小さな刃物を当てる。刃が滑った。切れない。
「討伐の話、あとで全部聞かせて」
「いいよ。それでさ、相談なんだけど」
ボクはカウンターに肘をついた。
「刃が通らなかった毛なんだ。これ、糸にできない?」
「糸」
「切れない糸って、便利だと思うんだよね」
ヴラチュリカは剛毛とボクの顔を順番に見た。
「できる。時間はかかる」
「どれくらい?」
「数日。それと、これを素手で扱う気なら、やめて。指が落ちる」
「じょ、冗談……ですよね」
横からティリスがおずおず聞いた。
「事実」
即答だった。ティリスが剣の柄をぎゅっと握る。いや、斬りかかられてるわけじゃないから。
「同じ毛皮で手袋を作る。それも込み。──代金は」
提示された額は正直かなりのものだった。ボクは懐から金貨を数えて、カウンターに置いた。値切りはしない。いい仕事には相場以上であっても払う。それに、ここのところありがたいことに払える稼ぎがある。
と、隣でティリスが金貨の山を見て固まっていた。
「そ……そのお金って、もしかして……」
「ん? うん。冒険家業のお金と……まぁ、ティリス……お客さんのおかげだね」
少しぼやかして答えると、ティリスはにんまりと笑い、それから、むふー、と鼻から長い息を漏らした。ものすごく満足そうだ。……なんで得意げなの。
ヴラチュリカは剛毛の束を検分しながら、ぽつぽつと話し始めた。この人、道具と素材の話になると止まらない。
「ヤーヴァンの剛毛は、マナの通りがいい。だから硬い。生き物の強さは、結局マナの量と巡りで決まる」
「はぁ」
「女はいい。月経でマナが循環する。貯まるし、安定する。だから体も魔力も強い。男は駄目。循環がない。射精で放出するだけの、浪費できない造り」
淡々と教科書を読み上げるみたいな講義だった。ティリスは真剣な顔で頷いている。
「あ、確かに生理明けは力がみなぎってますね」
「そう。女は上手い具合にかみ合ってる」
興味深いな。生理……女性の体のことは、いまいちよくわからないけど、それが男女の身体の性質の違いに紐づいているのか。
「だから男の武器は、力に頼らないものがいい。糸は、悪くない」
ヴラチュリカは剛毛を置いて、ボクを見た。
「いい素材。いい依頼。久しぶりに作りがいがある」
口の端がほんのわずかに上がった気がした。この人のこういう顔は初めて見たかもしれない。
なんか……。今日はすごく普通だな。
前回の訪問のことが頭をよぎる。ティリスが同行してくれたのが功を奏したのか、それとも今日はそんな気分じゃないのか、いまいちわからないけど、こういう普通の態度だったらお世辞抜きにいい店なんだよな……。置いてる品揃えもいいし。
「お茶を淹れる。座って」
カウンター脇の椅子に、ボクとティリスは並んで腰掛けた。出てきた紅茶は湯気まで上品で、素直にいい香りがした。
「いただきます」
カップを持ち上げて、口に近づけた──そのときだった。
……。
聞き覚えのある水音だった。
カウンターの奥――給湯室でもあるのだろうか――から、浅い呼吸の音。それに紛れて店主の呼吸音が聞こえてくる。
「ハァ……! ハァ……!」
視線を動かさずに気配を探る。……なんか、店主は部屋の奥からこちらの様子を覗き見ている。
「よし……飲むぞ……、飲むぞ……!」
「……」
「飲め……、飲め……っ!」
「……」
なんか入ってる?
ボクはカップを持ち上げた姿勢のまま静止していた。隣のティリスは紅茶に息を吹きかけて冷まそうとしている。カップを見る。横目でこちらを覗き見ているヴラチュリカを見る。ローブの奥で、規則的に揺れる腕。
「わ、とってもいい紅茶ですよ。ユーニさん」
ティリスは……飲んじゃったか。
「……女はどうでもいい……! いけ……っ、それ……っ! そこだ……!」
ボクは口を付ける直前の体勢で固まっていた。なんか手が震えてきた。前歯クラゲに変えられればな……。
「そういえばお腹いっぱいなんだった……! じゃあ数日後に取りに来るから!」
ボクは紅茶をカウンターに戻すと大声で宣言してから、ティリスの腕を引いて店を飛び出した。
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