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書き溜め溜まったので投稿していきます_(._.)_
カタクラの夜は西門から灯る。
その晩、酒場の隅で女が一人飲んでいた。
壁に立てかけた長槍は柄が黒く光るほど使い込まれ、卓には空の杯が四つ並んでいる。眉間の皺は深い。近くの客は誰からともなく背中を向けていた。荒事で食う人間には、触れてはいけない獣の見分けがつく。
「あーっ、エリハルの姉御じゃないっすか!」
見分けのつかない者が二人いた。
「姉御ー! 久しぶりじゃないですか!」
「お久しぶりっす! 隣いいっすか!」
盾を背負ったたぬき顔が椅子を引いた。金髪の小柄な双剣使いが続く。ツグリとマリオス。同じ街で稼ぐC級の二人組で、S級のエリハルを姉御と呼んで慕っている。エリハルの側に舎弟を取った覚えはない。
「もう座っとるやないか」
「でへへ。何か機嫌悪そうっすね」
「あ、兄ちゃん。エール二つね」
エリハルは追い払わなかった。機嫌は底を這っていたが、一人で飲む酒にも飽きていた。
今夜回った店にもいなかった。心当たりがあると請け合った女に連れていかれた先では、似ても似つかぬ男が花を咥えて待っていた。花は要らぬ。咥える必要もない。
二人の杯が運ばれてくると、エリハルは店の者に酒壺の追加を命じた。
「姉御の奢りっすか!」
「まだ何も言うてへんやろ」
「おいマリオス。先に礼だろ」
「ありがとうございまっす!」
エリハルは自分の杯に酒を注いだ。
杯が二巡すると、卓は討伐自慢になった。
「アタシらこないだ、ヤーヴァン獲ったんですよ」
「ヤーヴァン? 何やそれ」
「やばいっすよヤーヴァン。でっけえ猿みたいなやつなんすけど」
ツグリが身を乗り出した。
剣が通らぬ。罠を張る。他の魔獣の痕跡まで偽装する。マリオスが横から口を挟み、ツグリがそれを追い越した。
「極めつけは人間の声真似っすよ。ジブンら最初、人間と思ったんすから」
「助けに行こうとしたところへ来るんです。剣は通らねえ、盾でも止まらねえ。力任せじゃどうにもならねえ相手なんですよ」
「ふうん。毛ぇで剣が通らんのやったら、殴って中身潰せばええんちゃう」
ツグリの口が閉じた。
マリオスは自分の拳を見てから、壁際の槍を見た。
「それは、その」
「斬らんかったらええんやろ?」
「姉御はそうっすよね」
二人は酒を飲んだ。
S級とはそういう生き物だった。
「とにかく、アタシらは頭脳戦で勝ったんです。罠には罠ってわけで」
「お前ら脳筋やから、罠張れるほど頭ようないやろ」
「ひでえですよ姉御。それは偏見だ」
「ほな罠、お前らが考えたんか?」
ツグリがマリオスを見た。マリオスは杯を口に当てたまま目を逸らした。
「まあ、そこは。一緒にいた斥候が」
「B級っす。罠とか、そういうのができる人で」
「ほーん。じゃあそいつが優秀やったんやな」
否定すれば命の恩人を貶すことになる。肯定すれば先ほどからの武勇が痩せる。
ツグリは肉の皿を引き寄せた。
「アタシらだって前で踏ん張ったんですよ」
「せやな。よう生きて帰ったな」
「そこは本当にそうっす」
マリオスの声だけが真剣だった。
「で、誰なん。その斥候」
「姉御、肉いきます? ここの塩がきつくて酒に合うんですよ」
「聞かれたこと答ええや」
マリオスが口を開き、ツグリに足を踏まれた。
名を出して興味を持たれては困る。今も会っているのかと聞かれれば先がない。二人がその男に会いにいく用件は、すでに討伐ではなかった。
「向こうにも都合があるんで。あんまり勝手に喋るのは」
「さっきまで勝手に喋っとったやろ」
「アタシらの分だけです」
エリハルは鼻を鳴らし、肉を一切れ取った。
三巡目に入り、話は男へ流れた。
「でね、聞いてくださいよ姉御。アタシら最近、ものすっごい子に当たったんですよ」
「男娼っす」
「言い方あんだろ言い方」
ツグリの目つきの悪い狐顔が、その時だけやに下がった。
エリハルは杯の縁に指を置いた。
「自分らが男娼の話って珍しいなあ。いいって、腕が?」
「腕もですけどね。気立てがいいんです。アタシらみてえなのでも馬鹿にしねえし」
「ちゃんと話聞いてくれるっす。こっちが変なこと言っても笑ってくれて」
「お前は何喋っても変だろ」
「先輩だって次に何話すか考えてたじゃないっすか」
「それを言うな」
ツグリの肘が相棒を突いた。その顔は怒るには緩みすぎていた。
「ふうん。どこの店の子や」
「言えません」
「言えないっす」
エリハルは二人を順に見た。
「何でや」
「口止めされてんですよ。その、いろいろ事情があって」
「名前くらいええやろ」
「名前もちょっと」
「ほな何を聞かされとんねん、うちは」
ツグリは酒を注いで取り繕った。
二人一緒で一回分の代金。その条件には口外無用の約束がついていた。馴れ初めまで尋ねられれば、なお悪い。命を救われた相手を酔わせて持ち帰ろうとした顛末は、姉御に聞かせる武勇には入らぬ。
「とにかくいい子なんです。それだけは分かってほしくて」
「分かったところで会われへんやん」
「すんませんっす。でも本当にいい子なんすよ」
マリオスは詫びながら笑った。
エリハルの左膝が細かく揺れ始めた。
「うちも気になっとる子がおるんやけどな。どこの店にもおらんのや」
「探してるんすか」
「……いや、別に探しとらん。見かけたら寄ったろか思とるだけや」
ツグリが肉を噛むのをやめた。
「どんな顔なんです? アタシらも見かけたら」
黒髪に紫の瞳。笑う時の口元まで浮かんだ。
エリハルは酒を飲んだ。
店の受付に聞くのとはわけが違う。この二人は明日にも冒険者ギルドへ行く。疾突のエリハルが男娼を血眼で探していると知れれば、どの卓へ座ってもその話になる。
「まあ、整った顔や」
「男前ってことっすね」
「せや」
「髪とかは」
「綺麗やったな」
「色は?」
「そこまでせんでええって。ちょっと気になっとるだけや」
ツグリは口を閉じた。マリオスが気を利かせて空の皿を重ねる。
エリハルは肉のなくなった卓を見た。
「追加するか」
「はいっす!」
揚げ物が来ると二人はまた喋り始めた。
前に話したことを覚えていた。無理に金を使わせない。帰る時にはまたねと言う。その「またね」の言い方がいい。
「普通やん、それ」
「違うんですよ。あの子が言うと」
「明日も仕事しようって思うっす」
「普段からせえよ」
エリハルは揚げ物を割った。
話を聞くに、さほどの男とも思えぬ。二人とも若い。少し愛想よくされただけで参っているのだろう。
「まあ、うちも昔えらいええ子に会うたことあるけどな」
「今の探してる子です?」
「探してるいうほどやないけどな」
割った揚げ物を皿へ戻し、杯を取った。
「愛想振りまくだけの子とは違うねん。こっちが何者やろうが変わらへん。妙に肝が据わっとってな」
「ああ、アタシらの子もそんな感じです」
「一緒にしたらあかん」
「まだ何も言ってねえですよ」
エリハルは聞き流した。
「うち相手でも物怖じせえへんかったんやで」
「ジブンらの子も先輩を黙らせるっす」
「お前も黙れ」
ツグリの肘が入った。マリオスは脇腹を押さえたまま頷いた。
エリハルが口の端を上げた。
「ふん、お前ら黙らすくらい、誰でもできるわ」
ツグリは反論を呑んだ。実際に黙らされていた。
「そこまで言うなら教えてくださいよ。どんな子なんです?」
「お前ら言わんから、うちも言わん」
「ずりいですよ」
「そっちが先やろ」
エリハルは悠然と杯を傾けた。
向かいでは二人が顔を寄せた。
「絶対うちらの子の方がいいよな」
「先輩、聞こえるっす」
聞こえていた。エリハルは鼻で笑った。
酔いが回るにつれ、声は大きくなった。
誰の馴染みが上かは決着せず、話は店の値段へ移った。
「しっかし、ギルドの店は高えですよね。指名料だの酒代だの、C級の稼ぎじゃ博打ですよ」
「値段聞くだけで背筋が伸びるっす」
「店構えにも金かかっとるんやろ」
「フリーの夜鷹なら安く済むんすけどね」
「当たり外れがなあ。行ってみなきゃ分かんねえし」
「姉御なら値札なんか見ずに選べるんすよねえ」
「値札で選んでへんから苦労しとるんや」
「やっぱ探してるじゃないですか」
エリハルは皿を二人の方へ押した。
「冷めるで。食べえや」
ツグリは揚げ物を取った。マリオスも続いた。
口が塞がったのを確かめ、エリハルは残りの酒を注いだ。
「姉御。今度アタシらが一杯奢りますから」
「今日の分は?」
「今日は甘えさせてもらうっす!」
「甘え上手やなあ、自分」
マリオスが笑って杯を上げた。ツグリも合わせた。
そこへ隣の卓の声が入り込んだ。
「消えたって、また夜鷹か」
「らしいな。これで一人、二人じゃ済まねえって話だ」
ツグリの手が皿の上で止まった。
マリオスが声を落とした。
「それ、ジブンも聞いたっす」
「店移ったんとちゃうの」
「さあ。又聞きなんで」
「夜鷹じゃ、いなくなっても店が探すわけじゃねえしな」
エリハルが入口を見た。戸の隙間から夜風が入り、足元を冷やした。
隣の卓で椅子が倒れた。腕相撲に負けた女が床に転がり、勝った女が両腕を上げている。笑い声が湧いた。
マリオスもつられて笑った。ツグリが最後の揚げ物を取り、次に受ける依頼の話を始めた。
夜半、三人は店を出た。
エリハルが勘定を持った。二人は競って頭を下げ、戸口でもう一度礼を言った。
マリオスが盾を背負い直す。その脇でツグリが小声を出した。
「アイツの話、あんま人に言うなよ」
「先輩が先に喋ったんすよ」
「名前は言ってねえ」
「ジブンも言ってないっす」
エリハルが槍を担ぐと二人は姿勢を正した。
「ご馳走さまでした、姉御!」
「また飲みましょうっす!」
「おう、仕事でヘマするんやないで」
「もちろんです!」
二人は宿へ向かった。肩をぶつけ合いながら、次にあの子と会えるのはいつかと相談している。
エリハルは反対の通りへ歩き出した。
まだ表通りの店には灯があった。
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