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4-1

書き溜め溜まったので投稿していきます_(._.)_

 カタクラの夜は西門から灯る。

その晩、酒場の隅で女が一人飲んでいた。

壁に立てかけた長槍は柄が黒く光るほど使い込まれ、卓には空の杯が四つ並んでいる。眉間の皺は深い。近くの客は誰からともなく背中を向けていた。荒事で食う人間には、触れてはいけない獣の見分けがつく。


「あーっ、エリハルの姉御じゃないっすか!」


 見分けのつかない者が二人いた。


「姉御ー! 久しぶりじゃないですか!」

「お久しぶりっす! 隣いいっすか!」


 盾を背負ったたぬき顔が椅子を引いた。金髪の小柄な双剣使いが続く。ツグリとマリオス。同じ街で稼ぐC級の二人組で、S級のエリハルを姉御と呼んで慕っている。エリハルの側に舎弟を取った覚えはない。


「もう座っとるやないか」

「でへへ。何か機嫌悪そうっすね」

「あ、兄ちゃん。エール二つね」


 エリハルは追い払わなかった。機嫌は底を這っていたが、一人で飲む酒にも飽きていた。

今夜回った店にもいなかった。心当たりがあると請け合った女に連れていかれた先では、似ても似つかぬ男が花を咥えて待っていた。花は要らぬ。咥える必要もない。

二人の杯が運ばれてくると、エリハルは店の者に酒壺の追加を命じた。


「姉御の奢りっすか!」

「まだ何も言うてへんやろ」

「おいマリオス。先に礼だろ」

「ありがとうございまっす!」


 エリハルは自分の杯に酒を注いだ。


 杯が二巡すると、卓は討伐自慢になった。


「アタシらこないだ、ヤーヴァン獲ったんですよ」

「ヤーヴァン? 何やそれ」

「やばいっすよヤーヴァン。でっけえ猿みたいなやつなんすけど」


 ツグリが身を乗り出した。

剣が通らぬ。罠を張る。他の魔獣の痕跡まで偽装する。マリオスが横から口を挟み、ツグリがそれを追い越した。


「極めつけは人間の声真似っすよ。ジブンら最初、人間と思ったんすから」

「助けに行こうとしたところへ来るんです。剣は通らねえ、盾でも止まらねえ。力任せじゃどうにもならねえ相手なんですよ」

「ふうん。毛ぇで剣が通らんのやったら、殴って中身潰せばええんちゃう」


 ツグリの口が閉じた。

マリオスは自分の拳を見てから、壁際の槍を見た。


「それは、その」

「斬らんかったらええんやろ?」

「姉御はそうっすよね」


 二人は酒を飲んだ。

S級とはそういう生き物だった。


「とにかく、アタシらは頭脳戦で勝ったんです。罠には罠ってわけで」

「お前ら脳筋やから、罠張れるほど頭ようないやろ」

「ひでえですよ姉御。それは偏見だ」

「ほな罠、お前らが考えたんか?」


 ツグリがマリオスを見た。マリオスは杯を口に当てたまま目を逸らした。


「まあ、そこは。一緒にいた斥候が」

「B級っす。罠とか、そういうのができる人で」

「ほーん。じゃあそいつが優秀やったんやな」


 否定すれば命の恩人を貶すことになる。肯定すれば先ほどからの武勇が痩せる。

ツグリは肉の皿を引き寄せた。


「アタシらだって前で踏ん張ったんですよ」

「せやな。よう生きて帰ったな」

「そこは本当にそうっす」


 マリオスの声だけが真剣だった。


「で、誰なん。その斥候」

「姉御、肉いきます? ここの塩がきつくて酒に合うんですよ」

「聞かれたこと答ええや」


 マリオスが口を開き、ツグリに足を踏まれた。

名を出して興味を持たれては困る。今も会っているのかと聞かれれば先がない。二人がその男に会いにいく用件は、すでに討伐ではなかった。


「向こうにも都合があるんで。あんまり勝手に喋るのは」

「さっきまで勝手に喋っとったやろ」

「アタシらの分だけです」


 エリハルは鼻を鳴らし、肉を一切れ取った。


 三巡目に入り、話は男へ流れた。


「でね、聞いてくださいよ姉御。アタシら最近、ものすっごい子に当たったんですよ」

「男娼っす」

「言い方あんだろ言い方」


 ツグリの目つきの悪い狐顔が、その時だけやに下がった。

エリハルは杯の縁に指を置いた。


「自分らが男娼の話って珍しいなあ。いいって、腕が?」

「腕もですけどね。気立てがいいんです。アタシらみてえなのでも馬鹿にしねえし」

「ちゃんと話聞いてくれるっす。こっちが変なこと言っても笑ってくれて」

「お前は何喋っても変だろ」

「先輩だって次に何話すか考えてたじゃないっすか」

「それを言うな」


 ツグリの肘が相棒を突いた。その顔は怒るには緩みすぎていた。


「ふうん。どこの店の子や」

「言えません」

「言えないっす」


 エリハルは二人を順に見た。


「何でや」

「口止めされてんですよ。その、いろいろ事情があって」

「名前くらいええやろ」

「名前もちょっと」

「ほな何を聞かされとんねん、うちは」


 ツグリは酒を注いで取り繕った。

二人一緒で一回分の代金。その条件には口外無用の約束がついていた。馴れ初めまで尋ねられれば、なお悪い。命を救われた相手を酔わせて持ち帰ろうとした顛末は、姉御に聞かせる武勇には入らぬ。


「とにかくいい子なんです。それだけは分かってほしくて」

「分かったところで会われへんやん」

「すんませんっす。でも本当にいい子なんすよ」


 マリオスは詫びながら笑った。

エリハルの左膝が細かく揺れ始めた。


「うちも気になっとる子がおるんやけどな。どこの店にもおらんのや」

「探してるんすか」

「……いや、別に探しとらん。見かけたら寄ったろか思とるだけや」


 ツグリが肉を噛むのをやめた。


「どんな顔なんです? アタシらも見かけたら」


 黒髪に紫の瞳。笑う時の口元まで浮かんだ。

エリハルは酒を飲んだ。

店の受付に聞くのとはわけが違う。この二人は明日にも冒険者ギルドへ行く。疾突のエリハルが男娼を血眼で探していると知れれば、どの卓へ座ってもその話になる。


「まあ、整った顔や」

「男前ってことっすね」

「せや」

「髪とかは」

「綺麗やったな」

「色は?」

「そこまでせんでええって。ちょっと気になっとるだけや」


 ツグリは口を閉じた。マリオスが気を利かせて空の皿を重ねる。

エリハルは肉のなくなった卓を見た。


「追加するか」

「はいっす!」


 揚げ物が来ると二人はまた喋り始めた。

前に話したことを覚えていた。無理に金を使わせない。帰る時にはまたねと言う。その「またね」の言い方がいい。


「普通やん、それ」

「違うんですよ。あの子が言うと」

「明日も仕事しようって思うっす」

「普段からせえよ」


 エリハルは揚げ物を割った。

話を聞くに、さほどの男とも思えぬ。二人とも若い。少し愛想よくされただけで参っているのだろう。


「まあ、うちも昔えらいええ子に会うたことあるけどな」

「今の探してる子です?」

「探してるいうほどやないけどな」


 割った揚げ物を皿へ戻し、杯を取った。


「愛想振りまくだけの子とは違うねん。こっちが何者やろうが変わらへん。妙に肝が据わっとってな」

「ああ、アタシらの子もそんな感じです」

「一緒にしたらあかん」

「まだ何も言ってねえですよ」


 エリハルは聞き流した。


「うち相手でも物怖じせえへんかったんやで」

「ジブンらの子も先輩を黙らせるっす」

「お前も黙れ」


 ツグリの肘が入った。マリオスは脇腹を押さえたまま頷いた。

エリハルが口の端を上げた。


「ふん、お前ら黙らすくらい、誰でもできるわ」


 ツグリは反論を呑んだ。実際に黙らされていた。


「そこまで言うなら教えてくださいよ。どんな子なんです?」

「お前ら言わんから、うちも言わん」

「ずりいですよ」

「そっちが先やろ」


 エリハルは悠然と杯を傾けた。

向かいでは二人が顔を寄せた。


「絶対うちらの子の方がいいよな」

「先輩、聞こえるっす」


 聞こえていた。エリハルは鼻で笑った。


 酔いが回るにつれ、声は大きくなった。

誰の馴染みが上かは決着せず、話は店の値段へ移った。


「しっかし、ギルドの店は高えですよね。指名料だの酒代だの、C級の稼ぎじゃ博打ですよ」

「値段聞くだけで背筋が伸びるっす」

「店構えにも金かかっとるんやろ」

「フリーの夜鷹なら安く済むんすけどね」

「当たり外れがなあ。行ってみなきゃ分かんねえし」

「姉御なら値札なんか見ずに選べるんすよねえ」

「値札で選んでへんから苦労しとるんや」

「やっぱ探してるじゃないですか」


 エリハルは皿を二人の方へ押した。


「冷めるで。食べえや」


 ツグリは揚げ物を取った。マリオスも続いた。

口が塞がったのを確かめ、エリハルは残りの酒を注いだ。


「姉御。今度アタシらが一杯奢りますから」

「今日の分は?」

「今日は甘えさせてもらうっす!」

「甘え上手やなあ、自分」


 マリオスが笑って杯を上げた。ツグリも合わせた。

そこへ隣の卓の声が入り込んだ。


「消えたって、また夜鷹か」

「らしいな。これで一人、二人じゃ済まねえって話だ」


 ツグリの手が皿の上で止まった。

マリオスが声を落とした。


「それ、ジブンも聞いたっす」

「店移ったんとちゃうの」

「さあ。又聞きなんで」

「夜鷹じゃ、いなくなっても店が探すわけじゃねえしな」


 エリハルが入口を見た。戸の隙間から夜風が入り、足元を冷やした。

隣の卓で椅子が倒れた。腕相撲に負けた女が床に転がり、勝った女が両腕を上げている。笑い声が湧いた。

マリオスもつられて笑った。ツグリが最後の揚げ物を取り、次に受ける依頼の話を始めた。


 夜半、三人は店を出た。

エリハルが勘定を持った。二人は競って頭を下げ、戸口でもう一度礼を言った。

マリオスが盾を背負い直す。その脇でツグリが小声を出した。


「アイツの話、あんま人に言うなよ」

「先輩が先に喋ったんすよ」

「名前は言ってねえ」

「ジブンも言ってないっす」


 エリハルが槍を担ぐと二人は姿勢を正した。


「ご馳走さまでした、姉御!」

「また飲みましょうっす!」

「おう、仕事でヘマするんやないで」

「もちろんです!」


 二人は宿へ向かった。肩をぶつけ合いながら、次にあの子と会えるのはいつかと相談している。

エリハルは反対の通りへ歩き出した。

まだ表通りの店には灯があった。

ここまで読んでくれてありがとうございます!


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