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4章一通り書けましたらまた投稿始めます!
「……ここでもおらんのか」
店の扉を閉めるなり、エリハルは天を仰いだ。
カタクラの色町の通り。本日、四軒目。収穫はゼロ。
通りの左右には、まだ回っていない男娼の店がずらりと並んでいる。数えるのはやめた。数えると心が折れるからだ。
——男娼の店、多すぎやろ。
片手に提げた花束が、じわじわと重い。
ユーニに再会したとき、手ぶらでは格好がつかない。そう思って朝一番に花屋で見繕ったものだ。あのときの自分は「いい思いつき」と胸を張っていた。
半日歩き回った今、これはただの荷物だった。おまけに、花束を提げて娼館を一軒ずつ回る女は、誰の目から見ても奇妙に映る。
「……ちゃうねん。うちは別に、必死とかやないねん。気が利く女やから……ついでや、ついで」
誰にともなく言い訳をして歩き出す。
店で源氏名を名乗っているのなら、「ユーニ」で聞いたところで首をかしげられて終わりだ。手がかりは顔立ちだけ。黒髪、紫の瞳、左目の下の黒子。それだけ聞けば一発でわかりそうなものなのだが、この街ときたら「美形の男」が売るほどいる。
「次や、次」
花束を持ち直して、エリハルは五軒目の暖簾をくぐった。
◇
「黒髪で紫の瞳の、めっちゃ美人の男の子。知らんか?」
カウンターに身を乗り出して聞くと、受付の女はにっこり笑った。
「うちにもいい子いますよ〜?」
「いや、そういうのちゃうねん。人を探しとるだけで——」
「ほら、あそこの子とか。今なら指名料お安くして——」
「せやから、ちゃうねんて」
話が通じない。この街の受付は全員、質問を営業に変換する魔道具でも仕込んでいるのか。
押し問答をしていると、待合の長椅子のほうから、ひそひそと声がした。
「……ねえ、あの人、もしかして……」
「え、嘘……」
「S級の人じゃない?」
しまった、と思ったときにはもう遅い。店の男娼たちが、ぱっと花が咲くように色めき立った。
「お姉さん、S級なんですか!? すごーい!」
「本物初めて見た! ねえねえ、魔獣とか倒すんですか?」
「腕! 腕すごーい! 触っていいですか?」
わらわらと群がられ、あっという間に長椅子に座らされる。
そばから、口が勝手に動いていた。
「まー、なんちゅうか、あれや。去年の冬に出た『双頭の大蛇』な? あれ、実質うち一人で獲ったようなもんで——」
「えー! 一人で!?」
「かっこいい~~~~!!」
「せやろー? むふふ」
悪い気はしない。きゃあきゃあ言われながら武勇伝を三つほど披露し、お茶まで出され、気がつけば半刻が溶けていた。
「——ところでお姉さん、その花束、誰に渡すんですかぁ?」
膝の上の花束を指差されて、エリハルは我に返った。
「……邪魔したわ! ほな!」
立ち上がり、名残惜しさを振り切って店を出る。
背中に「えー、帰っちゃうのー?」と黄色い声が刺さった。振り向いたら負けだ。
——おそろしい街や。財布より先に、時間を抜かれる。
◇
十五軒目。
その店だけは構えが違った。間口こそ控えめだが、敷居は磨き上げられ、軒に下がる行灯の造り一つにも金がかかっている。呼び込みの声もない。客を選ぶ側の店だ。
受付は切れ長の目をした年かさの女で、妙に落ち着いた物腰をしていた。エリハルは半ば惰性で同じ口上を述べた。
「黒髪で紫の瞳の、泣き黒子がある、キレッキレの美人の男の子なんやけど。知らんか?」
「えぇ——勿論、存じていますよ」
「……お?」
エリハルは思わず聞き返した。受付は薄く微笑んで続ける。
「お客様は運がいい。ちょうど今、デラクシスが空いております」
「でら……なんて?」
「デラクシス。技術も一級、美貌も一級。本来であれば、予約で半年はお待ちいただくのですが」
——それや!!
エリハルの中で、すべてが繋がった。源氏名や。「ユーニ」は本名で、店では「デラクシス」で出とるんや。予約半年待ち? 当たり前や。あの器量なら行列ができんほうがおかしい。
「よっしゃ……! よっしゃよっしゃ!」
カウンターに代金を叩きつけ、案内の男の後ろを歩く。廊下は長く、香の匂いが濃い。
花束を持ち直す。第一声はどうする。「よお」は軽すぎる。「会いたかった」は重すぎる。ここは涼しい顔で「たまたま近く寄ったから」——せや、それでいこ。たまたまや。半日歩き回ったけど、たまたまや。
案内の男が、一番奥の扉を開けた。
「デラクシス様。お客様です」
エリハルは、とっておきの涼しい顔で部屋に入った。
窓辺の寝椅子に、男がひとり、しどけなく横たわっていた。
齢は七十を下るまい。深く刻まれた皺。豊かにたくわえた髭。薄い胸元をはだけさせた紫の夜着。骨ばった指が、気だるげに黒髪をかき上げる。左目の下には泣き黒子があった。
「——ようこそ、子猫ちゃん」
確かに、黒髪、紫の瞳、泣き黒子。伝えた特徴はすべて揃っていたが……。そこに横たわっているのは、明らかにユーニとは似て非なる寝姿だった。
「死ね! アホ!」
花束が床に炸裂した。花弁が舞った。半日提げて歩いた成れの果てが足元に散らばった。
「もう帰る!」
踵を返す。ドアノブに手をかけたそのときだった。
「お待ち!」
背後から低い声がした。
「何や……?」
エリハルが不機嫌そうに振り返ると、デラクシスは寝椅子の上で身を起こし、不敵に笑っていた。ただモノではない貫禄がある。エリハルは思わず身構えた。
「その萎びた花束……誰かに渡すものだったのだろう……? 大方、焦れ人か」
図星を突かれて胸が鳴った。
「な、何でわかったんや……?」
「ほっほっほ。若い頃を思い出すわい……」
「……確かに、アンタの言う通りや。探してる子がおったんやけど、人違いでな。すまんかったな、散らかしてもうて」
「よいよい……。ケツの青い頃は皆そういうものよ……。しかし、お主を満足させぬまま帰らせたとなれば、ワシの誇りに傷がつく……」
「いや、もうええんや。今日はなんていうか……シンドい。酒飲んで寝るわ」
男は優雅な動作で煙管を咥え、一呼吸置くと紫煙をくゆらせた。
「……ワシのドリルクンニを受けても、同じことが言えるかな……?」
「『ドリルクンニ』……!?」
ドアノブを掴みかけた手が止まる。
耳を疑った。一晩で三軒の風俗店を梯子するほど夜遊びに長じたエリハルにして、いまだお目にかかったことのない技である。
老練の男娼デラクシスは、戸惑うエリハルに「所詮、若造」と言いたげににやりと口角を上げ、おもむろに口を開き——
「どぅるるるるるるるる」
エリハルは驚愕した。
舌が高速で渦を巻き、円舞曲を踊る踊り子のように回る。老人の口の中で明らかに人体の限界を超えた何かが起きていた。
「なんちゅうこっちゃ……! なんちゅうこっちゃ……!」
「これがワシの魔性技、『ドリルクンニ』よ。たとえ一物は勃たずとも——この舌技が、ワシをこのカタクラの男娼の頂点に押し上げ——」
「へぇ……面白いやないか……!」
気づけば体ごと向き直っていた。
半年待ちは伊達やない、ということか。技術も一級。受付の言葉に、嘘はなかったわけだ。
「五秒じゃ」
唐突に掌を開いて、デラクシスが呟いた。
「……なんやと?」
「この技を受けて、五秒立っていられた女は、おらんのじゃよ……」
その瞬間、エリハルの中で何かに火が付いた。
売られた喧嘩は買う。挑まれた勝負からは逃げない。それがS級冒険者・疾突のエリハルである。相手が魔獣だろうが老人の舌だろうが、区別はしない。
「その勝負、乗った……!」
『シュバッッッ』
衣服が宙を舞った。一瞬で全裸になったエリハルは、両足を肩幅に開いて仁王立ちし、平手で自分の腹をばちんと叩いた。鍛え抜かれた腹筋が鳴る。受けて立つと言わんばかりであった。
「来いや、じっちゃん! うちがその『五秒の壁』、ぶち破ったるわ!」
「ほっほ……威勢のいい小娘じゃ。しかし、まだ青い……後悔するでないぞ……!」
デラクシスが寝椅子から降り、腰を落とす。
四股を踏むようなその体勢からは、必殺の気配が漂う。しかしその圧を受けてなお、エリハルは一歩も退かなかった。
デラクシスは気合を込めるように、円を描いて掌をゆっくりと合わせた。その様は神仏をかたどった彫像の如く、神秘すら感じさせた。口が再び開かれ、『どぅるるるるるるるる』と機械音じみた唸りを上げて舌が渦を巻く。
仁王立ちのエリハルの股間へ、伝説のドリルが迫る——
「——ぐっ、」
ドリルの回転が止まった。
デラクシスが胸を押さえ、その場にくずおれた。
「……ん? どうしたんや、じっちゃん」
返事がない。男娼は床に横たわり、ぴくりとも動かない。
「じっちゃん? ……おい、嘘やろ。まだ始まってもおらんで」
肩を揺すっても、反応がなかった。呼吸がない。
エリハルの背中をすうっと冷たいものが走った。
「……ちょ、おい! ……スタッフ! スタッフー!」
叫び声を聞きつけて、店の若い男たちが駆け込んでくる。そして、その状況を見て固まる。
彼らの目に映ったのは——床に倒れて動かない老人と、その傍らに散乱した花束と、全裸の女だ。
「デラクシスさん! デラクシスさん!? ……そんな……死んでる……」
「し……!?」
心の臓か。直前に胸を押さえていた。歳も歳だ。あの舌の回転数は、明らかに老体に見合っていなかった。
スタッフの一人が震える指をエリハルに突きつけた。
「ぼ、僕、聞きました! この女の人が部屋に入るなり、『死ね! アホ!』ってデラクシスさんに言ってるのを!」
「い、いや……」
確かに言うには言ったが。
「誤解や! そんなことするわけないやん! 病気や病気! ドリルクンニの負担が心臓にきたんや! ……せや、うちは怪しい者やないねん。うちはS級冒険者、疾突のエリハルや!」
胸を張り、堂々と名乗りを上げる。
場がしんと静まり返った。
全員の視線が、エリハルの全身を上から下までゆっくりと往復した。全裸である。身分を証明するものは、部屋の隅に散らばった衣服の中だ。
「……本当ですか? では、冒険者ギルドの関係者を呼んで、身元を確認してもらわないと」
——ギルド。
その三文字で、エリハルの脳裏に光景が浮かんだ。娼館で、全裸で、老人の変死体の隣に立っていたところを身元照会されるS級冒険者。受付に広まる噂。酒場に広まる噂。王国中に広まる噂。
「……今のは嘘や!!! うちは冒険者やない……!! うちは……うちは……へへっ……」
名乗りがしおしおと萎んだ。
スタッフたちがじりじりと包囲の輪を狭める。
散らばった花弁の真ん中で、全裸のS級冒険者は天を仰いだ。
「さしずめ、愛の迷子ってとこかな……!」
カタクラの空は、今日も暮れていく。
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