3-10
月はまだ高かった。
ボクらは村を組み直した。怪我人は集会所へ、マリオスも寝台ごと。ツグリが片腕で戸口を固める。戸口は一つ、あれなら塞げる。見回りも全員中へ下げた。外はボク一人でいい。あいつが次に消しに来るのは火だ。
◇
飛来音。
闇から放物線が伸びるたび、かがり火が爆ぜる。火の粉が散り、組んだ薪が崩れる。
「止まって!! 左に行くな!!」
森の際から、ボクの声がした。
昨日の森でボクが張り上げた、あの第一声。抑揚までそっくりそのままだ。
「助けてくれーーーー!!」
さっきの女の悲鳴だ。
集会所の戸が軋んだ。誰かが中から開けようとして、ツグリの腕が引き戻す。くぐもった悲鳴と、怒鳴り声。戸は閉じたままだった。
……これは知らなければ混乱する。だが、声はもうこの村には効かない。
だから、あいつは声を捨てた。あとはただ火と石の戦いだった。
投擲の起点を読んで、矢を返す。三度に一度は手応えがあったけど、剛毛の上からじゃ嫌がらせにもならない。あいつは同じ場所から二度投げない。ボクが射返すことを、もう織り込んでるんだ。こっちもどのかがり火が次の標的になるかはわからない。読み合いじゃあ勝ち目がないな。
四つあった火が三つになった。
三つが二つになった。あいつは急がない。夜は長くてボクの矢も有限だ。無駄な矢は放たない。
二つが一つになる。
最後のかがり火の前で、ボクは弓を構えたまま待った。
読み合いでダメなら相打ち覚悟だ。
闇の奥で、腕が振りかぶる気配がした。
放物線の起点へ、ボクは矢を放った。
石が火を砕く音と、矢の刺さる鈍い音は、ほとんど同時だった。低い唸りが聞こえた。手応えは右手。石を投げたその掌だ。
最後の火が消えて、村が闇に沈んだ。
月が雲で隠れる。一寸先も見えない。
昨日のあいつなら、これで引いただろう。一匹狼にとって手負いは死と同義だから。だが、今夜は引くことはない。
ボクはポーチに手をいれて、残りのアイテムの感触を確かめた。一個きり。しくじったら終わりだ。
観念するように目を閉じる。どうせ見えないなら、目に回す分まで耳に使う。
風が藪を撫でる音。集会所から漏れるくぐもったざわめき。自分の心臓。その全部の下に、別の音がある。重いものが土を踏む音が、三十歩ばかり先を、右から左へゆっくり回っていく。呼吸は聞こえない。
あいつはもう退けない。ここでボクらを逃せば正体が知れて、この縄張りは終わる。三十年、消えることで生き延びてきた獣が、今夜だけは消えられない。……お互い様というわけだ。
……やり口が似てるからだろうか。あいつの考えてることが何となくわかる。
こちらの隙を待ってるんだ。ここで取り乱して逃げ出したりしたら、向こうの思うつぼだ。
あいつが動くのは、ボクに隙ができた瞬間だ。それはつまり、あいつの居場所が決まる瞬間でもある。
足音がふっと消えた。
耳だけで夜を探る。どれくらい経ったか、遠くから別の音が近づいてきた。複数。人の歩幅。目を開けると、小さな灯りが揺れていた。――ツグリと村の女衆だ。
「ツグリ!? どうしてこっちに――」
言いかけた、その瞬間だった。
ツグリたちの目が、ボクの頭上で見開かれた。
「おい! 後ろ……!!」
ボクの意識が逸れるのを待ってたんだ。振り返らなくたってわかる。後ろにやつがいるってことは――こっちだってそうだ。どうせ、背後からやってくるに決まってる。
ボクは振り向かずに、左手のそれを背中側へ放った。
体を伏せる。周囲が白く灼けたのが、肩越しに分かった。
閃光珠。あの魔道具店で入手しておいた、最後の一手。夜目に振り切った獣の目に、それがどれだけの意味を持つか――
振り向くと、巨体が両手で顔を掻きむしりながらのたうっていた。ボクは跳び込んで、仰け反った顎を踏み下ろす。開きっぱなしの口。剛毛の生えていない唯一の急所。
至近距離だ。外しようがない。
連射。矢筒が空になるまで、ありったけだ。1,2,3,4,5,6,7,8……!
一本入るたび、喉の奥で濡れた音が鳴った。悲鳴が泡立ち、口を閉じようと顎がせり上がって、踏んでいるボクごと持ち上がる。構わず次を放つ。
悲鳴がかすれた水音になるまで、そうもかからなかった。それでもまだ胸が上下している。しぶといね。
深く立った矢に踵を乗せて、踏み込んだ。ずぶりと沈む。巨体が大きく跳ねて、足裏の痙攣が細かくなって消えた。
それきり動かなかった。
……終わった……かな?
夜が静かだった。小さな灯りの中で、ツグリと女衆が立ち尽くしてこっちを見ている。怯えとも、安堵とも違う。なんだか熱に浮かされたみたいな目で。
無言でVサインを見せた。
誰も反応しなかった。
3章はいつか改稿予定…
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