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3-4-2

 冒険者ギルドは、中段の大通りに面した石造りの建物だった。  両開きの重い扉を押して中に入ると、まず酒と革と、うっすら鉄錆の匂いがした。


 広い。天井が高い。左手は酒場を兼ねた食堂で、テーブルのあちこちで武装した女たちが飲んだり食ったり、装備の手入れをしたりしている。右手の壁一面には依頼書がびっしり貼られた掲示板。正面奥に受付のカウンター。


 なるほど、テンプレ通りの冒険者ギルドだ。安心感すらある。


 ――と、思ったのも束の間。


 入店した瞬間、ざっ、と視線が集まった。


 食堂の女たちが、一斉にこちらを見ている。エールのジョッキを持つ手が止まる。骰子サイコロの音が止まる。

誰かの口笛が、ぴゅう、と鳴った。


「おい、見ろよ」 「男? 男よね」 「やっば、超美人なんだけど」 「新顔だ。どこのパーティの子だ?」


 ひそひそ声が、全然ひそひそになってない。  

前の世界の創作でよく見た、「女冒険者が酒場に入ると柄の悪い男どもにジロジロ見られる」ってやつの、完全な裏返しだ。まぁ他の町でも経験したことだし慣れているが。


 ボクは何も気づいてない顔で、まっすぐ受付カウンターへ向かった。こういうのは目を合わせたら負けだ。野犬と一緒である。


 受付には、若い男性が一人座っていた。


 きっちり撫でつけた栗色の髪に、糊の効いたシャツ。胸元には控えめなスカーフ。物腰のやわらかそうな、いかにもこの世界の「ちゃんとした男子」という佇まいだ。彼はボクに気づくと、ぱっと顔を輝かせた。


「い、いらっしゃいませ! ご依頼ですか? それでしたらあちらの――」

「冒険者です。今日この町に越してきたので、登録の移転をお願いしたくて」

「ぼ、冒険者さん!?」


 受付の彼は、目に見えて驚いた。


「男性の冒険者さんって、すっごく珍しいんですよ! この支部だと……ええと、現役だと片手で足りるくらいで」

「そうなんですか」

「はい! あ、申し遅れました、受付担当のノエルです。よろしくお願いします」


 ノエルくんは嬉しそうに手続きの書類を広げ始めた。同じ男性の同業者が来たのが、単純に嬉しいらしい。気持ちはわかる。この空間、男性率が低すぎる。さっきから背中に感じる視線の圧で、コートに穴が空きそうだ。


「では、冒険者章をお預かりできますか」

「はい、これ」


 ボクは首から下げていた薄い鏡板を外して、カウンターに置いた。


 掌より少し小さい、銀色の板だ。表面は曇った鏡のようになっていて、ギルドの登録印を通すと、持ち主の活動記録が浮かび上がる仕組みになっている。等級、所属歴、達成した依頼、討伐記録。冒険者の履歴書であり、身分証だ。偽造が難しいので、初めての町ではこれが一番ものを言う。


 ノエルくんが鏡板を受付の台座にかざすと、曇った鏡面に文字が滲み出てきた。彼の目が、上から下へ動いて――途中で止まって――もう一度、上に戻った。


「……B級。討伐依頼の達成率、ほぼ十割。護衛任務減点なし。……わ、グリフォン戦の参加記録まである」

「まぁ、あちこち転々としてたので、数だけは」

「じゅ、十分すぎますよ! この記録なら、指名依頼だってすぐ来ます!」


 ノエルくんは興奮気味に手続きを進めながら、ちらちらとボクの顔と鏡板を見比べている。「こんな綺麗な人も冒険者やるんだ……」という小声が聞こえたけど、聞こえないふりをしておいた。


 ――と。


 バァン!! と、背後で扉が乱暴に開いた。


「あーーーっっ!!」


 ……この声、聞き覚えがあるな。ものすごく最近の記憶だ。具体的には今日の昼だ。


 振り返ると、そこには金髪の釣り目と、赤茶の垂れ目。昼間のナンパ二人組が、依頼書らしき紙を手に立っていた。……なるほど、冒険者だったのか。どうりで足が速いわけだ。納得したくなかった情報だ。


「てめっ、昼間の!」

「うわ、ほんとだ! 煙玉の男っす!」


 二人がずんずんカウンターまで詰めてくる。ギルド内の視線が、今度は面白がる色を帯びてこっちに集まった。ノエルくんが「え、え、お知り合いですか?」とあわあわしている。


「探したんだぞコラ。よくも煙まみれにしてくれたな?」

「服に匂いついたっす。責任とってほしいっす」

「おいノエル、こいつ登録すんの?」

「男が冒険者っすかぁ……?」

「……へ、だったら話が早ぇや。同業のよしみってことで、じっくり親睦を深めようぜぇ?」


 金髪がカウンターに肘をついて、ぐいっと顔を寄せてくる。赤茶がボクの退路にするりと回り込む。挟撃の連携だけは無駄に上手いな。


「あ、あの、ギルド内での揉め事は規約で……あわわ」


 ノエルくんは涙目で規約書のページを繰っている。ダメだ、この子は戦力にならない。


 ボクは小さくため息をついた。


 ――暴力はスマートじゃない。が、この場所で出会った以上逃げるわけにもいかない。実力行使しかない。


 頭の中で算段を組む。まず金髪。肘をついて前傾してるから、重心は前。カウンターの縁を支点に腕を取って、そのまま台に顔面を――いや、受付が壊れるとノエルくんに悪いな。じゃあ足払いで床に。赤茶は後ろから抱きつきに来るタイプだから、屈んで背負いで金髪の上に重ねて――よし。まともにやりあったらわからないが、油断してる今なら二秒で終わる。冒険者ギルドで新顔が絡まれるのはお約束だし、ここは一発かまして格付けを――


 手首に伸びてきた金髪の手を、掴み返そうとした、その瞬間。


「――その人に、手を出さないでください」


 凛とした声が、ギルドに響いた。


 直後。


 ボクの視界を、黒い影が横切った。


 どごっ、という鈍い音。金髪の体が真横に吹っ飛んで、テーブルを二つ巻き込んで転がった。エールが宙を舞い、骰子が跳ね、食堂の女たちが酒を抱えて避難する。


「なっ――てめ、何しやが」


 赤茶が懐のナイフに手をかけた。かけただけだった。影はもう彼女の懐に潜り込んでいて、襟と帯を掴んだかと思うと、体格差を無視した勢いで振り回し――


「じゃ、邪魔っす〜〜〜!?」


 開けっ放しだった扉の外へ、綺麗な放物線を描いて放り投げた。  遅れて起き上がった金髪も、追いすがろうとしたところを襟首ごと引きずられ、同じ軌道で外へ蹴り出される。どさ、どさ、と往来で二つの音がした。


 ギルドの中が、しん、と静まり返る。


 扉の前に、影の主が立っていた。

肩で息をして、こちらを振り返る。薄茶色の長い髪。エメラルドグリーンの瞳。背中には、見覚えのある布巻きの大剣。


「……ティリス?」


 彼女はボクの顔を見ると、さっきまで二人を投げ飛ばしていた勢いはどこへやら、みるみる顔を赤くして、もじもじと指を絡ませ始めた。


「ユ、ユーニさん……お、お久しぶり、です」


 久しぶりというか、数日ぶりというか。


 ボクは半壊したテーブルと、扉の外で伸びてる二人と、顔を真っ赤に染めているティリスを順番に見た。


 ……お約束の格付けシーン、丸ごと持っていかれた。

ここまで読んでくれてありがとうございます!


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