3-5
半壊したテーブルが片付けられ、ギルドの喧騒が平常運転に戻った頃。
ボクとティリスはカウンター前で、あらためて向き合っていた。ノエルくんが恐縮しきった様子で、割れた食器の破片を箒で集めている。
「ほ、本当にすみません、登録早々こんな騒ぎに……」
「いや、悪いのは絡んできた二人だから。ノエルくんは何も悪くないよ」
「ティリスさんも、その、助けていただいて……あ、でも器物破損は規約上、報告書が……」
ノエルくんが規約と義理の間に挟まれて涙目になっている。ティリスは「わ、私が弁償します」と生真面目に申し出て、余計にノエルくんを恐縮させていた。この二人、律儀者同士で無限にお辞儀し合うタイプだな。
「それで、ティリスはもう登録したの?」
「は、はい! 到着してすぐに。今日はちょうど、依頼を終わらせて報告に来たところで」
「あ、はい! ティリスさん、薬草採取と大鼠退治を一日で完了されて」――口調まで被るじゃないか。ノエルくんが横から補足する。
「登録したばかりなので等級はDなんですけど、正直、Dの依頼では物足りないと思います……」
まぁ、あの剣を見ればそうだろうな。大鼠が気の毒になるレベルだ。
「ユ、ユーニさんは、何級なんですか?」
「ボク? Bだよ」
「Bっ!?」
ティリスの声がひっくり返った。ノエルくんまで頷いている。
「B級って、上級じゃないですか! りゅ、竜とかと戦うんですよね!?」
「戦わない戦わない。竜はもっと上の人たちの仕事。ボクは逃げ足で生き残ってきただけだよ」
「またそんな、謙遜を……」
謙遜じゃないんだけどな。実際、ボクの戦績の半分は「生き残った」で構成されている。生存率こそ冒険者最大の実績だとボクは思う。
「あ、あの! じゃあ、その……タイミングが合えば、一緒にお仕事、できたりとか……」
ティリスが期待に満ちた目で身を乗り出す。が、そこにノエルくんが申し訳なさそうに割って入った。
「あの、ごめんなさい、規約上それは難しくて……。受注できる依頼は、パーティ内の最低等級に合わせるんです。BランクとDランクで組むと、Dランクの依頼しか受けられなくて」
「そ、そんな……」
「ティリスさんの昇級が早いのは間違いないので! Cの初級に上がれば、合同受注できる依頼もぐっと増えますから!」
ノエルくんのフォローに、ティリスは「が、頑張ります……」と拳を握った。目に炎が灯っている。昇級の動機がそれでいいのか。
「そ、それでですね、ユーニさん。……こ、これ」
ティリスが革袋をカウンターに置いて、ボクの方へずいっと押し出した。じゃら、と中で硬貨が鳴る。
「……なにこれ?」
「き、今日の依頼の報酬です。その……全額」
「…………」
ああ。例の、アレか。10万ギルの。結局ティリスの手持ちがなく、半分程ツケ払いにしたのだ。
ノエルくんが箒を持ったまま、きょとんとした顔でボクとティリスと革袋を見比べている。
冒険者が初依頼の報酬を、そっくりそのまま別の冒険者に渡す光景なんて、普通は借金の取り立てか脅迫だ。
「あ、あの……? お二人は、その、どういう……」
「ティリス、気持ちは受け取るけどさ」
ボクは革袋をそっと押し返した。いや、人目もあるし……。
「これ、キミの報酬でしょ。それに、宿代とかご飯とか、生活費だっているんだから。急がなくていいよ」
「い、いえ! 受け取ってください!」
ティリスが革袋を押し返してくる。
「わ、私、借りたものはきちんと返す主義なんです! 一族の家訓で、借りは利子をつけて返せと」
その家訓、山賊に対して適用してたやつでは?
「いや、いいから。今はいいから」
「だ、だめです! 私が納得できません!」
押し合いになった。カウンターの上で革袋が右へ左へ行き来する。ノエルくんが「あの、あの」とおろおろしている。ギルド中の視線がまた集まり始めた。まずい。この構図、完全にボクが借金取りだ。
「……わかった。わかったから。じゃあ半分。半分だけ今回受け取る。残りは次から。それで手を打とう」
「……む、むぅ……」
ティリスはしばらく唸ってから、渋々頷いた。頑固だなこの子。ボクは革袋から半分だけ抜き取って、残りを彼女の手に握らせる。
ノエルくんは何も見なかったことにしたのか、そそくさと掃除に戻っていった。賢明な判断だ。
――で。用件は済んだはずなのに、ティリスが立ち去らない。もじもじと指を絡ませて、ちらちらとボクを見上げては、目が合うと逸らす。何往復目かで、意を決したように口を開いた。
「……あ、あの、ユーニさん」
「うん」
「こ、今夜とか…………空いてますか?」
……。馬車の中で見たのと同じ仕草。同じ目。お風呂上がりのあの夜と同じ、耳まで赤い顔。
――そういうことか。
どうやらリピーター一号の誕生らしい。いや、報酬の全額返済もつまりそういう……先払い込みの……。いや、うん……。
まぁ、でも素直に気持ちが嬉しいな。こちらのサービスに満足してくれたというのは。
「うん、いいよ。せっかくだから、ごはんとか軽く食べに行かない?」
「あ……は、はい!……行きましょう!」
即答だった。花が咲いたような笑顔でティリスがこたえる。
ノエルくんが箒を握ったまま、何が起こっているかわからないという顔でこちらを見ていた。……何も聞かないでくれ。
後で、ティリスに人目があるところではそういう話しないようにと言っておかないとな……。
◇
それから、数日後。冒険者としてのカタクラでの初仕事だ。
ちょっと面白そうな……、依頼の内容というより、面子が興味深かったので受けることにした。
城壁の外は、思ったより風が強かった。
受けた依頼は害獣の討伐。壁外の村からの緊急依頼で、ギルドの斡旋により現地で他の受注者と合流する段取りだ。指定された待ち合わせ場所は、南門から出て街道を少し行った、道標の立つ辻だった。
歩いていくと、風に乗って話し声が聞こえてきた。道標の陰に、先客が二人。
「――だからよぉ、ありゃ絶対Dの動きじゃねえって」
「っすねぇ。受け身取る暇もなかったっす。自分、飛びながら『あ、これ死んだ』って思ったっすもん」
……この声。ボクは道端の木の陰で、そっと足を止めた。金髪の釣り目と、赤茶の垂れ目。昨日ギルドから放り投げられた二人だ。こちらにはまだ気づいていない。
「聞いたかよ。あの大剣女、登録三日で指名の話が来てるらしいぜ」
「Dにしとくのがおかしいっすよあれ。すぐBまで上がるっす。……下手したらAまで行くんじゃないっすか」
「ちっ……。悔しいが、腕は認めるしかねえわな。アタシゃ投げられた瞬間、天井しか見えなかったよ」
「綺麗な放物線だったっすよ、先輩」
「うるせえ」
……おや。文句大会かと思ったら、割と潔く負けを認めている。根は真っ直ぐなのかもしれないな、この二人。
「大体よぉ、あの男も何なんだ。あの女の連れなんだろ? 名前も分かんねえけど」
「めちゃくちゃ美人でしたけど、逃げ足と小細工が汚かったっす」
「くそー、上玉なのによぉ……。あいつの男なのかねぇ。……ま、いい。それより仕事の話だ」
金髪が懐から依頼書を出して広げた。
「村の家畜が三晩連続でやられてる。食い方が荒くて、囲いの壊し方に頭を使った跡がある。単独の獣じゃねえ。魔狼の群れだな」
「群れっすかー。数が読めないの、嫌っすねぇ」
「だからギルドが斥候を付けたんだろ。B級のが一人来るって話だ。索敵と偵察はそいつに任せて、アタシらは殲滅役ってわけよ」
「そのB級、遅くないっすか? 時間もう過ぎてるっすよ」
「B級様は偉いんだろうよ。……ったく、どんな厳つい姐さんが来るんだか」
いや、時間通り……というか早いくらいだけど。
そろそろいいかな。ボクは木の陰から出て、にこやかに片手を挙げた。
「おはよう。お待たせ、B級の斥候だよ。今日はよろしくね」
二人が同時に振り向いた。そして、同時に固まった。
「「…………」」
◆
金髪の口が開いて、閉じて、また開く。赤茶は反射的にきょろきょろと周囲を見回した。何かを探している。……ああ、ティリスがいないか確認してるのか。トラウマになってるな。
「ティリスなら来てないよ。今日はボク一人」
「…………お、お前が」
金髪が、震える指でボクを指した。
「お前が、Bランク……?」
「うん。よろしくね、先輩、後輩」
「え、さっきの会話聞いてたっすか……?」
「まぁね、よく聞こえたよ」
飄々と手を差し出すと、二人は毒気を抜かれた様子で、顔を見合わせた。昨日は路地で追いかけ回してきた獣の目が、今日は借りてきた猫みたいになっている。ランクというのは便利なものだな。
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