3-3
ぬおー、リアクション、ありがとうございます<(_ _)>
気力が、回復しました!
◇
間接的な性描写があるので嫌悪感感じる方はご注意ください。
通りを二つほど曲がると、人通りが少し落ち着いた。 露店の密度が減って、代わりにちゃんとした店構えの建物が増える。装飾の凝った看板、落ち着いた色の扉、窓辺に小物を飾った店。観光客向けの目抜き通りというより、地元の金持ちが静かに買い物しそうな一角だ。
へぇ、こんな場所もあるのか。
その中に、ひとつだけ妙に気になる店があった。
看板は小さく、派手な宣伝もない。窓ガラスの向こうに品が並んでいるが、どれも微妙に普通じゃない。銀細工みたいに繊細な腕輪。淡く光る石をはめこんだ真鍮の筒。用途のわからない薄い板。古美術商みたいに上品なくせに、よく見ると全部ちょっと胡散臭い。
……これって何屋? ……と思うが、看板をよく見ると、きちんと『魔道具店』書いてあった。
魔道具屋か。噂の産地だけあって、こういう店もあるんだな。
近づいて、扉の横から店内をそっと覗く。
思わず足を止めた。
カウンターの向こうで、小柄なひとりの人物が本を読んでいた。
窓から差し込む日が、ちょうどその横顔に落ちている。銀色の髪がやわらかく光って、白い肌は薄いガラスみたいに透けて見えた。長い睫毛。通った鼻梁。伏せられた目元は冷たそうなのに、造形は信じられないくらい整っている。
絵画みたいだった。
静物画とか宗教画とか、そういうものに急に人が紛れ込んだような感じだ。店の中そのものも静かで、棚も調度も古びた色で揃っていて、窓の光まで計算されてるみたいにきれいに見える。その中心に、彼女だけが置かれている。
と、銀の髪が窓の風にわずかに揺れて、その隙間から耳がのぞいた。
それは人間の耳ではなく、その形は葉先のようにすっと伸び優美な線を描いている。
……エルフだ。
初めて見た。
いや、本当にいるんだ。 異世界なんだからいてもおかしくはないんだけど、いざ目の前に現れると、なんというか、急にファンタジー感が出てきた。
伝聞によれば、エルフというのは途方もなく長命な種族だ。見た目と実年齢がまるで一致しないという。この様子だと若く見えるけど、実際のところは二世代前どころか、この町の外壁より年上だったりするのかもしれない。
……年齢を聞いたら失礼なんだろうな、やっぱり。
そのまま見惚れていたせいで数秒の間、完全に立ち尽くしていた。
彼女がふいに本から目を上げる。
碧い瞳がこちらを一瞥した。
「入ったら?」
声は低くも高くもなく、ひどく平坦だった。
「あ、はい」
なんか怒られたわけでもないのに、反射で返事をしてしまった。
ボクは扉を押して店に入る。小さな鈴が、ちりん、と控えめに鳴った。
店内に足を踏み入れると、外より少し空気が冷たい。
香が焚かれているのか、木と紙と薬品が混ざったような乾いた匂いがした。棚は天井近くまであり、ガラスケースや引き出しのついた戸棚が整然と並んでいる。
一言で言うと……なんというか、ハリー・ポ〇ター感がある。
金属の球体。片側だけ妙に厚い眼鏡。蔓草の模様が浮いた小瓶。触れたら怒られそうな短杖。持ち手のない小さな鐘。なんかふわっと浮いてる羽根。
うわぁ、楽しい。
魔道具屋って、こういう感じなんだ。値札がついてるものもあれば、ついてないものもある。見てるだけで時間が消えそうだった。
店主のエルフは、それ以上何も言ってこなかった。こちらに興味がないみたいに、また本へ視線を落としている。
接客としてどうなんだろうとは思うけど、ボクとしてはありがたい。静かに見て回れるならその方がいい。店員が横につくタイプの店って、買わないと悪い気がして落ち着かないし。
棚をゆっくり巡る。
札には小さく用途が書かれていた。
覗くと視界がすこし暗くなる片眼鏡 何を注いでもぬるくなる杯 結ぶたびに長さの変わる紐 無臭の煙が出る香炉
なんか地味……。もっと、炎を出す剣とか雷を呼ぶ指輪とか、そういう派手なやつが並んでいるのかと思ったけど、実際は……なににつかうのかよくわからない品が多いらしい。いや、派手なやつも奥にあるのかもしれないけど、手前にあるのは用途不明の物ばかりだ。
傾けても中身がこぼれない代わりに、注ぐこともできない水差し。振るたびに音が高くなっていく鈴。かぶると視界がわずかに斜めになる帽子。
……何に使うんだ、これ。作れるから作った、って感じだな。でも、こういう無駄なやつほど見ていて飽きない。
外の露店では見なかった品揃えだ。この店、やっぱりいい店かもしれない。
棚のひとつに、背表紙のぶ厚い本が何冊か差してあった。 道具の説明書か、魔術書か。そう思って何気なく指を伸ばし、一冊を引き抜く。
表紙には、力強い文字でこう書かれていた。
『辺境の驚異の魔物達』
ほほぅ。中々そそられるタイトルだ。
手に取ってみると、ナメした革の手触りが、手にすいつくようだった。ふむ、なかなか年季の入った本らしい。開くと、紙とインクの乾いた匂いがふわっと立った。著者は――
『ヴラチュリカ・ペリャチノヴ』
中を開くと、牙をむいた獣型。節だらけの巨大な虫。ぬめった皮膚の両生類みたいな何か。ページには、そうした魔物の姿が細い線で丁寧にスケッチされていた。横には細かい字で、地方ごとの呼び方、生息域、体長の目安、行動の癖、食性、繁殖期、危険な部位まで、説明文がびっしり書き込まれている。
「へぇ……」
この世界、活版印刷みたいな気の利いた技術はまだ無くて、せいぜい単純な木版画があるくらいだったはずだ。なのにこの線の細かさ、この描き分け。……これ、手描きか?
本ってだけでも高いのに、こんな細かい絵と文字がぎっしり詰まってるとなると、一点物じゃないか。滅茶苦茶、価値高そうだな。
ページをめくる手が止まらない。
耳の長い兎型魔物の、指先まで丁寧に拾ったスケッチ。毒を持つ蛇の牙の形と、噛みつく前の癖についての細かい注釈。群れで獲物を追う狼の足跡の違い。繁殖期だけ凶暴になる鹿もどきの行動記録。脚の節の数で幼体と成体を見分ける蜘蛛の観察メモまで載っている。
こういうの、好きなんだよな。知らない生き物の話って、読んでるだけでわくわくする。しかも、ただ面白いだけじゃなくて、ちゃんと現地で見て、書いて、残した感じがある。こっちの世界で魔物に遭うかもしれない身としては、弱点や生態の知識もありがたいけど、それ以上に「よくここまで調べたな」という執念に惹かれる。
はぁ~~~~~。
……これ、欲しいな~~~~~。
ボクは本の厚みを両手で支えながら、ちらっと表紙を見直した。
こういう本って高いんだろうな。値段を聞いて静かに棚へ戻すやつに違いない。でも、内容を考えるとかなりほしい。いや、今の手持ち……では無理かな。
ぬち。
そうやって頭の中で財布と貯金箱をひっくり返していると、小さな水音が聞こえた。
ボクは顔を上げる。
ぬちゃ、くちゃっ。
……ん?
水音、みたいな。
店の中は静かだ。外の喧騒も、扉一枚ぶん遠い。ページをめくる音や、自分の服が擦れる音までわかるくらい静かだ。
だから、その小さな湿った音は、妙にはっきり耳についた。
どこからだ。
雨漏り? いや、外は快晴だし。
香炉か何かの音? とも思ったが……もっと水っぽい。なんだろう。奥に流しでもあるのか。
耳をすませる。
ぬちゃ。
どうやら、カウンターの方から聞こえる。
ボクは本を持ったまま、そっと視線だけを動かした。
エルフの店主は、カウンターの向こうに座ったまま、相変わらず無表情で本を読んでいた。
そこだけ見れば、さっきと何も変わらない。
ただ、ローブが規則的に揺れ、ローブの下で腕が動いているようだった。
湿った音は……腕の動きと連動して鳴っている。
ボクの思考はそこでいったん止まった。
ある考えが浮かんだ。
でも、あまりにも突拍子もない。あまりにも場違いだったから……ボクが何か勘違いしているだけかと思う。
けれど、どれだけ考えても他に答えが出てこない。
ローブは長くて、足元まで隠れている。
手つき。
音。
膝の位置。
呼吸の浅さ。
度々鳴る粘度のある水音。
あの人オ〇ニーしてる……?
視線を本に戻す。
いやいやいやいや。
そんなわけないだろ。
何か別の動作だ。服の乱れを直しているとか、ローブの中の魔道具をいじっているとか、そういう話に決まっている。
普通に声も掛けられたし、つまり、客がいることは完全に認識してる。
もう一度、ちらりと見る。
手の位置。小さく上下する肩。浅い呼吸。ローブの裾の奥で、一定の速さで繰り返される不自然なリズム。時々痙攣する体。
「んっ」
蚊の鳴くような小さな声。
――いや、あれは
自慰行為だ。
「――」
頭が真っ白になる。
静かな店内。
香の匂い。
窓から差す光。
棚に並ぶ怪しげな魔道具。
自慰に耽る美しいエルフ。
変態だ。
ボクは魔物図鑑を抱えたまま硬直した。
見た目だけなら恐ろしく美しいであろう、銀髪のエルフが自慰行為に耽っているが、性的な興奮とか、そういう気分は一切わかなかった。
恐怖だ。
元の世界だったら間違いなく警察案件だ。
美しい見た目とか関係なく――混乱と恐怖だ。
そうか、変態に遭遇した時って、こういう気持ちになるのか。
本に目を落とす。読んでいるふりをする。ボクは気づいていない、ということにして、そのままやり過ごして、タイミングを見て出ていこう。そして二度と来ない。
ページをめくるが内容は一文字も頭に入ってこない。
ページを閉じて、本をしまって、店を出ろ。
変態の巣窟から早く逃げ出せ。
さぁ、行動に移れユーニ。
何をされるかわからないぞ。
頭ではわかっているのだが、中々体が動いてくれない。
長いんだか短いんだかわからない時間が過ぎる。
「ねぇ」
「……え?」
「その本、面白い?」
顔を上げると、エルフがボクの方を見ている。
ひぃ。
「お、面白いですが……でも、きっとお高いんでしょうね。こんな立派な本、ボクには手が届きそうにないです……いやぁ、残念だなぁ」
頭は空っぽのまま、舌はうまく動いてくれた。
ページを閉じて、本棚にしまおうと手を伸ばす。
すると、エルフは立ち上がり、まっすぐと見つめながら、ボクの方へ……
出口を塞ぐように、近づいてきやがった……。
考えついた時は一人で爆笑してましたが、出来上がると作者が疑心暗鬼になる話を読んでくれてありがとうございます!
ブックマーク・☆を押すと作者の生存率が上がります。
面白いと思っていただければ下の☆☆☆☆☆からお願いします。<(_ _)>




