3-2
正直2-6と2-etcの話はスベってないか心配だったので…リアクション心の支えになりました…<(_ _)>感謝
――よし。まずはご飯だ。
坂の途中に並ぶ露店のうち、いちばんいい匂いを撒き散らしている屋台の前で立ち止まる。鉄板の上で脂がじゅうじゅう鳴っていた。炭火の熱で空気が揺れて、湯気に燻製の香りが混ざる。鼻の奥をくすぐる、あの、ちょっと反則なくらい腹が減る匂いだ。
「それ、ひとつ頂戴」
指さしたのは、木皿に盛られた黄色い山だった。
蒸かした芋を粗く潰して、たっぷりのバターを混ぜたものらしい。その上に、パリパリに焼かれた薄い燻製豚肉が何枚も重ねてのっている。熱で脂がゆっくり透けて、縁がてらてら光っていた。仕上げに胡椒と、刻んだ青い香草がぱらりと乗っている。
「兄ちゃん、いいとこ来たねぇ。今出来上がったところだよ」
「見た目がもう美味しそうだもん。なんていう料理?」
「あはは! 名前なんかないよ! ジャガイモのバター混ぜ、燻製肉乗せさ!」
「いいねぇ。一つ頂戴」
木の葉でできた皿を受け取って、露店から少し坂を上がる。このままかぶりつくホットドッグスタイルかな。
中央広場の端、石段になっている日陰に腰を下ろした。目の前では人が行き交い、白っぽい壁が陽を照り返している。少し離れたところからは鍛冶場の金属音。露店の方からは相変わらず焼ける音と匂い。知らない町のまんなかで、ご飯をたべるには悪くない場所だ。
湯気のたつその塊にそのままかぶりつく。芋がほろりと崩れ、燻製肉が一枚、口のなかでとろけるように混ざる。
「……むむっ」
最初に来るのは燻製肉の香ばしさだ。パリッとした触感と共に鼻に抜けてくる。次に脂。薄切りなのにしっかり肉の旨みがあって、噛むほど塩気がじわっと広がる。そこへ芋のほくほくした甘みが追いかけてきて、溶けたバターの後味が全部まとめて舌の上を包んだ。
「……うっ……」
うまぁ……。
思わずひとりごとが漏れる。
燻された豚の香りと、芋の優しい甘さ。脂っこいのに、手が止まらない。バターが熱で半分溶けていて、木皿の底に黄色い汁が溜まっていた。行儀はあんまりよくないけど、最後はパンで拭って食べたい類のやつだ。
石段に座ってもぐもぐやっていると、広場の反対側で少し騒ぎがあった。
「だからさぁ、ちょっとお茶飲むだけでいいって言ってんじゃん」
「そうそう。減るもんじゃないっすよ」
「え、あ、でも、ぼ、僕……約束が……」
「約束ぅ? そんなの待たせとけばいいじゃん」
「顔かわいいっすねー。そんなおどおどしてると、余計そそるっす」
視線をやる。
若い男が、女二人に挟まれていた。男の方は肩をすぼめて、いかにも困ってますって顔をしている。対する女二人はぐいぐい距離を詰めて、片方なんかもう腰に手を回しかけていた。
ああー、この世界ならではの光景だなぁ……。
また芋を口に運ぶ。――美味い。塩・脂・炭水化物・脂・塩のオーケストラだ。
舌鼓をうっていると、ナンパしていた女の片方と、ふいに目が合う。
「おっ」
獲物を見つけた肉食獣って、ああいう顔をするんだろうか。瞳孔が開いたように鋭い目つきが丸くなる。二人いるうちの背の小さい方だ。長い金髪をざらりと背に流して、痩せてるのに狐みたいな顔つきで目つきが悪い。胸当ての革鎧を雑に着ている。もう片方は赤茶の髪をひとつに結んでいて、胸が大きく丸顔で愛想よく笑ってるぶん、余計にタチが悪そうだった。
「おい、ちょっと待て……あれ見ろよ」
「うお……やべーっす。上玉っす」
二人の視線が、そろってこっちに刺さる。
挟まれていた男は、興味がなくなったように解放された。いや、それはさすがに失礼なんじゃない? まぁでも今のうちに逃げた方がいい。
二人がそのままこっちへ歩いてくる。石段の前まで来て、こちらを見下ろすように立った。近くで見ると、どっちも荒っぽい見た目だ。現代風に言えばヤンキーっぽい。カタクラは治安が悪いんだろうか。金髪の方は睨みつけるみたいな釣り目で、赤茶の方は対照的にたれ目で、距離感がやたら近い。
「こんにちはー」
「……ボク?」
「そう。すっごいいい男じゃん」
もぐ。
ボクは返事の代わりに、口の中の芋を噛んだ。
「ひとり?」
「休憩中だから放っといて」
「うちらとも休憩しない?」
「……遠慮しとく」
「つれないなぁ」
金髪の女が、値踏みするみたいに上から下までこちらを見た。
その視線は露骨だった。顔、首筋、肩、脚。その順に舐めるように下りていく。
「じゃ、休憩終わったら付き合わない?」
「付き合わないかな」
「その皿食べ終わるまで待ってあげるからさ」
「いや、待たなくていいよ」
笑って返して、また一口。
芋がうまい。燻製肉もうまい。
……いや、以前の自分だったら、応じる余地もあるんだけども。もうそういうのはやめにするって決めたし、今日は予定があるからなぁ。魔道具店に行きたいし、冒険者ギルドにも顔を出しておきたい。予定があるときのナンパって鬱陶しいものだな。
赤茶の方がくすくす笑う。
「いや、お兄さん美人っすねー。どっかの劇団とかの男優さんっすか?」
「……」
「なぁ、褒めてるんだから、ちょっとくらい愛想見せてよ」
「……今かなり愛想よくしてるつもりだけど」
「余裕ぶってんねぇ。そういうの、余計ぐっとくるぜ」
最後の一口を口に入れながら、ちらりと逃げ道を確認する。右手に坂。左に広場。少し下れば細い路地が一本。さらにその奥は屋根の高さが近い。逃げるなら左だな。
咀嚼していると、金髪の女が手首を掴んだ。
「なあ。ちょっとでいいから付き合えって」
「……そのちょっとが長いやつでしょ」
「長くしてほしいならそうしてやるぜぇ?」
強引すぎるなこいつ。こりゃ、もう口だけじゃだめだな。
ボクはふっと目線を上げて、二人の向こうを見た。
「衛兵さん――! 助けてー!」
「は?」
「え?」
……おぉ、古典的な方法に引っかかるとは。二人が反射で振り向いた一瞬のうちに掴まれた手首を振りほどく。 そのまま、坂下の路地へ飛び込んだ。
「あ、ちょ、逃げた!」
「えー、待つっす!」
背後で足音が弾ける。
その音が、思っていたよりずっと近い。いや、近づいてくるのが速い。
石畳を蹴る音が軽い。
ちらりと肩越しに見えた金髪の女は、もう路地の入り口を曲がっていた。さっきまで石段の前にいたはずなのに、距離が縮まるのが早すぎる。腰を低くして、一気に獲物へ飛びかかる獣みたいな走り方だ。赤茶の方も胸を揺らしながら、それに遅れずついてくる。
――はやっ。
この世界じゃ、女の方が骨格も筋肉も強く、瞬発力もある。腕力だけじゃない。踏み込みも、跳ぶ力も、追いつく脚も、だいたい男より上だ。
もちろん個人差はある。
でも、少なくとも今うしろから迫ってきてる二人は、その「平均より上」の方らしいな。普段から冒険者稼業で鍛えているボクよりよほど身体能力に優れているようだ。
まぁ、負けている部分は小細工で埋めるとしよう。
狭い路地に入ったところで、腰のポーチから細いワイヤーを抜く。両脇の樽の取っ手と、壁から飛び出した釘に走りながら引っかける。ほんの一瞬だ。そのまま奥へ走り抜ける。
「待てよッ――」
彼らが角を曲がってきた次の瞬間。
「ぎゃーっ」
派手な転ぶ音ひとつと、少し遅れて小さな悲鳴が響いた。
振り向く余裕はないけど、片方はしっかり引っかかったらしい。やったねと口元が緩みかけた。
――が。
「舐めんなよッ」
「っ……」
金髪の女の影が、白壁にぬるりと伸びる。
ワイヤーを飛び越えたのか、転びかけた勢いのまま片手を壁について体勢を戻したのか。さっきまで視界から消えていたのに、もう次の瞬間には追撃の姿勢に入っている。やっばい。追いつかれるなこれ。
「待てっつってんだろ!」
「待つ理由がひとつもないんだけど!」
距離がみるみる縮んでいく。背中に足音が迫ってきて、もう一呼吸で肩に手が届く。
ワイヤーだけじゃ足りなかったか。
走りながらポーチから小さな硬い筒を取り出すと、振り向く暇もなく後ろ手に石畳へ叩きつけた。
ぼふっ、と乾いた音がして、白い煙が一気に広がる。
「っ、げほっ」
「な、なんすかこれ」
「煙幕……!? くそっ、見えねぇ」
視界が白く染まる。
鼻に少し薬臭い刺激。路地いっぱいに広がった煙が、追手とボクの間をきれいに断ち切った。
「あーもったいな……」
小さくぼやきつつ、壁際の木箱を踏み台にする。そこから一気に壁を蹴り、指先で屋根の縁をつかんだ。体を引き上げるとざらついた瓦が掌に触れる。さらにそのまま隣の屋根へ飛ぶ。
煙の向こうから、女たちの怒鳴り声が追ってきた。
「このッ、こそこそ小細工しやがって」
「むせるっす……げほっ、あの顔でやることが地味に汚いっす」
「次会ったら絶対捕まえるかんな!」
「次は引っかかんないっす!……っげほ」
おーこわ。
屋根伝いに二つ越えて、坂の上の細道に降りる。そこからまた折り返しの石段を駆け下りて、人混みに紛れた。荷運びの女、買い物袋を抱えた男、子どもを連れた母親。カタクラの雑多な昼の流れが、そのまま遮蔽物になる。
少し歩調を落としてから、ようやく息を吐いた。
「……ふー、やれやれ」
追ってくる気配はない。
石壁に背を預けて、空を見上げる。雲ひとつない。いい天気だ。心臓はまだ少し早い。……まぁ、なかなかスリルのある体験だった。
やっぱり、色々用意しとくに越したことはないな。
トルコ料理のクンピル美味そうな話を
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