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13/18

2-etc

etcは番外編ということで

三人称視点です


「『ユーニちゃん』、ですか?」


 受付の女が、首をかしげた。

 カウンターに肘をつき、エリハルは身を乗り出した。


「せや。黒髪で、紫の瞳の——めっちゃ美人の男の子。知らんか?」

「うーん……聞いたことないですねぇ」

「ほんまに? カタクラの娼館におるはずやねんけど」

「この辺って言われましても、カタクラの男娼のお店だけで数えきれないくらいありますからね」


 エリハルは奥歯を噛んだ。ここで五軒目だ。


「うちにもいい子いますよ? ほら、あの窓際の子なんか——」

「あー……いや、ええわ。邪魔したな」


 手をひらひらと振って、エリハルは店を出た。

 扉が閉まった瞬間、溜息がこぼれた。


「……ここでもおらんのか」



 ◇



 通りに出ると、夕暮れの陽が斜めに差していた。

 カタクラの風俗通り。道の両側にずらりと並ぶ店からは色とりどりの照明が漏れ、甘い香と安っぽい香水の匂いが混じり合っている。飾り窓の向こうから男が手を振っている。煙管を咥えた別の男が、気だるげに通りすがりの女に流し目を送る。客引きの女が声を張り上げ、酔った女たちが腕を組んで千鳥足で歩いていく。

 「カタクラの娼館なんて限られとる」と高をくくっていた過去の自分を殴りたい。


 エリハルは人混みに紛れて歩きながら、こめかみを指で押さえた。

 ——あのユーニって名前、本名っぽかったな……。

 源氏名とは、男娼が商売をする上での偽名だ。だが、商売っ気の無いあの子のことだ。きっと本名だったのだろうとエリハルは推察する。


「店で源氏名やったら、『ユーニ』で聞いても出てこんのは当たり前か。店の名前も場所も聞いてへん。聞いたのは名前と、あと——」


 あの夜の記憶が、不意によみがえった。

 白い肌。紫の瞳。触れられた指の感触。


「——はぁ」


 立ち止まった。

 腹の奥がじわりと熱い。


「……なんかムラムラしてきたわ」


 このままうろうろ歩いてたって始まらない。もう何軒回ったか数える気力もない。ユーニちゃんは見つからない。見つからないが——腹の中の火種は、歩くほどにくすぶっていく。

 一つの店が目に留まった。店先に並ぶ男娼の似顔絵が描かれている。この世界に写真はない。代わりに画家が描いたポートレートで男娼を選び、指名する仕組みだ。

 どの絵も美しく描かれている。憂いを帯びた瞳、なめらかな肌、華奢な肩のライン。もちろん「盛り」が入っているのは承知の上だ。

 通りの角にある店の前で、足が止まった。一枚の似顔絵が飾られている。


 繊細な筆致で描かれた端正な顔。黒髪に、紫がかった瞳。左目の下に黒子ほくろ

 エリハルの心臓が跳ねた。――この似顔絵、ユーニによく似ている。

 ――いや、焦るな。自身に言い聞かせる。

 髪型が違う。雰囲気も違う。絵画自体にも年季が入っていて、最近描かれたものではなさそうだ。

 でも——あの子、カタクラは初めてやって言ってた。化粧をして、髪をちょっといじったら、こうなるかもしれへん。ユーニに見えなくもない。見えなくもないやろ。うん。見える。見えるわ。


 エリハルは額縁の絵を眺めながら、腕を組んだ。

 ——似顔絵で指名、か。

 この手管てくだは昔からある、色町で使われるあからさまな罠だった。実際に来るのが絵と同じ顔である保証なんてどこにもない。金を払って、当たり外れを引かされるだけ。たばかり放題・騙し放題。詐欺の見本市みたいなものだ。


「……なるほどね……なるほどなるほど」


 しかし、エリハルは魔物に挑む時のように、揺るがなかった。


 金さえあれば酒と風俗とギャンブルに全て使う。それがエリハルという女だ。外れたら外れたで、また次がある。それだけのこと。


 エリハルの歩みに迷いはなかった。

 店に入り、受付のカウンターに立つ。受付は若い女で、やけにテンションが高かった。


「いらっしゃいませー! ご予約済みですかぁ?」

「いや、予約はしとらんのやけど、――この一番美人の子——レオちゃん、空いとるかな?」

「はい! 空いてますよ!」


 表に飾ってあった似顔絵を指差す。受付の目がぱっと輝いた。……なんか、やけに嬉しそうだ。


「お客さん、お目が高い! この子ね、うちの秘蔵っ子なんですよ。ただちょっと、上級者向けっすけど。腕に覚えがある感じですかぁ?」

「上級者向け? ほーん。……おう、任しとき」


 エリハルは腕を組み、胸を張った。そう——彼女はS級冒険者。王国最強の槍使い。大陸最凶の竜を単騎でほふり、怪物の群れを薙ぎ倒し、数えきれない修羅場を潜り抜けてきた女。その自信と経験が、頭のてっぺんから爪先まで全身にあふれている。今夜の相手が男娼一人。負ける道理がなかった。

 受付はにかっと笑って、人差し指と中指の間から親指をにゅっと突き出した。卑猥ひわいなジェスチャーだ。


「そうっすか! じゃあ楽しんできてくださいね!」


 エリハルも笑って、同じジェスチャーを返した。ノリのいい店だ。


 店に入ってから耳の後ろが妙にチリチリする。

 経験。勘。状況。S級冒険者としてつちかったすべてのセンサーが、警報を鳴らしている。受付の笑顔のどこかに、客に向けるものとは違う色が混じっている気がする。

 だが、エリハルの足は止まらなかった。


「――の悪い賭けは、嫌いじゃないんや――」


 エリハルは壁に向かって呟くと、廊下の奥へ歩いていった。



 ◇


 

 階段を上り、個室に通される。

 赤みを帯びた照明が壁を染め、甘い香の煙が天井近くを漂っている。ベッドは広く、シーツは安物だが清潔で、枕元には花が一輪。壁際の棚には小瓶がいくつか並んでいる。中身はたぶん油だ。

 悪くない雰囲気。及第点。


 エリハルはベッドの端に腰かけ、膝を組んだ。余裕の姿勢だ。


 ――さて、蛇が出るか龍が出るか。


 扉が開いた。

 男が入ってきた。


「…………」


 エリハルの笑みは変わらなかった。

 

 その男は、ユーニとは似ても似つかなかった。

 あの柔和な顔つきとは似てもにつかぬ、ふてぶてしい顔つき。頬のあたりに青々とした剃り跡が残っていて、剃り残しもある。肩幅はエリハルより広い。黒髪でもなければ、紫の瞳でもない。左目の下に黒子なんて影も形もなかった。あの似顔絵と脳内で重ね合わせようとしたが、1ミリも重ならなかった。


「……なるほどね」


 ——まぁ、ええわ。わかってたわかってた。――想像の範囲内ですわ。現実っちゅうのは大体こんなもん……。それに男と女のってのは外見だけで決まるもんでもない。愛想がよければ外見そとみの悪さもご愛嬌あいきょうってなもんで……。

 軽く息を吐いて、男に向き直った。笑顔を作る。


「よろしゅう」


 男はどかっと椅子に座ると、ちらっとこちらを見た。返事はなかった。代わりに聞こえたのは——


「チッ」


 舌打ちだ。ぶつぶつと何かを言っている。聞き取れたのは「くそが」の3文字だけだった。


 ——ふんふん。なるほどね。なるほどなるほど……。


 エリハルは『まいったねこりゃ』と言わんばかりに肩をすくめて天を仰いだ。天井の隅に蜘蛛の巣が張っているのが見えた。


「賭けの結果は……、うちの『負け』ってことかいな……」


エリハルの喉音まで「やっぱナシで」「チェンジ」の言葉が出かかる。だが、S級冒険者のプライドが、いや、自称"遊び人"のプライドがそれを許さなかった。


「……ま」


 エリハルは立ち上がった。


「こっから巻き返すのが、うちなんよな」


シュバッッッ


 上着の紐に手をかけ、鋭い音と共に衣服を下着と共に一瞬で脱ぎ去り全裸になる。下着が宙に舞い、鍛え上げられた肌が赤い照明に照らされる。あくまで攻めの姿勢を崩そうとはしない。


「見せたろやないかい……うちの生き様ってやつを……!」



 ◇



 扉を開けた。

 廊下を歩く足取りが重い。受付のカウンターが見えてくる。


「お疲れ様っすー!」


 受付の女が、満面の笑みで声をかけてきた。行きとまったく同じテンション。まったく同じ声量。


「どうでした? 楽しめました?」


 エリハルは受付に一瞥をくれると、無言で指の間から親指をにゅっと突き出した。

 卑猥なジェスチャー。行きに笑顔でやり取りしたあのサイン。

 

 受付の笑顔が崩れ、真顔になる。


 エリハルは何も言わず、そのまま店を出た。


 受付の女は、ただその背中を見送っていた。



 ◇



 夕焼けが、通りを赤く染めていた。

 エリハルは一人で歩いていた。


 重たい足取りで、風俗通りを抜けていく。すれ違う客引きの声が、遠くに聞こえる。店先に並ぶ似顔絵の美男子たちが、額の中から微笑んでいる。


 ふと、頬に冷たいものが伝った。

 手で拭う。指先が濡れていた。


「……あれ?」


 見上げた空は晴れていた。雨ではない。


「なんや、この水……」


 もう一度、頬を拭った。また濡れていた。目の奥から、じわじわと滲み出してくる。


「……へっ、なんや、」


 足が止まった。


「涙かいな……」


 エリハルは袖で乱暴に目を擦り、鼻をすすった。


「……帰ろ」


 ——カタクラの風俗通りに、夜の帳が下りる。

 飾り窓に明かりが灯り、客引きの声が一段と賑やかになり、笑い声と嬌声がどこからともなく聞こえてくる。

共感したらおっさん確定な文章読んでくれてありがとうございます!


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