2-5
動かない。息してるかな。
大剣に突っ伏したまま、ティリスは微動だにしなかった。馬車の揺れに合わせて髪が少し揺れるだけ。……ちょっとやりすぎたかもしれない。ボクは少し間を置いて、「ごめん。言いすぎた」と声を掛けようとした。その矢先。
「だってしょうがないじゃないですかーー!」
ティリスが顔を上げた。怒ってるのか泣きそうなのかわからない。声だけが馬車の中に響く。
「私のせいじゃないんです……! だって、だって……」
言葉が続かない。堰を切ったように感情が溢れ出そうになっている。
「……ティリス」
「実家は、代々続く騎士の家で……」
彼女がぽつり、ぽつりと話し始めた。ボクは何も言わず、聞く姿勢を取った。
「うちの一族は……刃の切れ味を確かめるためなら、理由なんて要りませんでした。魔物の死体じゃ足りず、死体を買い取り、時には山賊を攫う。『よく斬れるか』が何より大事な家で……地元では子どもを脅す怪談の題材でした」
なんだそりゃ。
「物心ついた頃から叩き込まれたのは、剣の振り方と、生き物の上手な切り方だけでした。同世代の子が恋だの遊びだのに夢中になってる時期、私だけ巻き藁をぶった切るのに青春を費やしてたんです……」
ティリスの声が掠れた。
「初めて、友達ができかけた時がありました。男の子で、優しくて……その子が家に遊びに来てくれたんです。そしたら姉が……」
彼女の目が虚を向く。
「その子の頭の上にリンゴを乗せて、曲芸切りでリンゴを切ったんです。そのあと…………、その子、泣きながら逃げて……翌日から会ってくれなくなりました」
……おぉ。
「昔から山賊が出ると……うちの一族が討伐を任されていました。三日で根こそぎにしました。母はそれを“収穫祭”と呼んでました。『今年は豊作だったね』って。……山賊が多い年は、家が賑やかになるんです」
「農家かな?」
「はい、肥料が増えるので」
ボクは息を呑んだ。ティリスは俯いたまま、淡々と続ける。
「それが、うちでは『普通』だったんです。近所の子供たちは、うちの前を走って通り過ぎてました。友達なんて、誰もできなかった。剣士としては優秀だって褒められました。でも、人間としては何も知らないまま、大きくなっただけなんです」
彼女の拳が、膝の上で握りしめられている。
「私だってもっと人並みの恋だって……恋人だって欲しかったですよ……!!」
声が割れた。ティリスが顔を覆った。肩が小刻みに震えている。泣いている。ずっと我慢していた本音が、一気に噴き出している。処女なのも、恋人がいないのも、恥ずかしいからじゃない。機会がなかった。選べなかった。その悔しさと寂しさが、馬車の中に溢れていた。
ボクは向かいの席から立ち上がり、ティリスの隣に腰を下ろした。馬車が揺れて、肩がぶつかる。ティリスの肩に、そっと手を置いた。
彼女はびくっとした。でも、抵抗はしなかった。そのまま、ボクの胸に顔を埋めた。俯いて、しゃくりあげながら、泣き続けている。
「……大変だったね」
ティリスの背中を、ゆっくりさする。彼女の泣き声が、少しずつ落ち着いていく。馬車の音と、彼女の息遣いだけが聞こえる。
しばらくして、ティリスが少し落ち着いてきた。まだ俯いたまま、ボクの胸元に顔を埋めている。髪が頬に触れて、くすぐったい。
「……大丈夫」
ボクは軽い調子で言った。
「ティリスはいい子だから、ちゃんと素敵な恋人できるよ。……ちゃんとお風呂に入るのを忘れたらいけないけどね」
胸元で、くすっと小さな声がした。
「それでもダメだったら、男娼のボクがいるじゃない。処女なんか、すぐに卒業できるよ」
さらっと冗談めかして言ってから気づいた。しまった、セクハラだなこの発言は……
沈黙。
彼女が固まっている。動かない。体が、なんかすごく熱くなってきた。頬に触れている彼女の肌が、火のように熱い。耳の先まで真っ赤になっているのが、こっちからでもわかる。俯いたままだから表情は見えない。
やっちゃった……。
泣き止んだのか、怒っているのか、判断がつかない。
「……ティリス?」
返事がない。様子を窺うように、少し身を引いた。
その瞬間、気づいた。
ティリスは俯いていない。視線が、はっきりと下を向いている。その先は――ボクの股間だ。
パンツ越しのシルエットを目が離せないように、じっと見つめている。ガン見しとる。
……。
――このムッツリが。
ティリスが、ゆっくりと顔を上げた。
顔がぐしゃぐしゃだ。泣いたせいで目元は赤く腫れてるし、鼻水も垂れそうになってる。情けない顔のまま、ちらっとこっちを見上げるんだけど、口が何か言いたそうにもごもご動いてる。でも、情けなさと恥ずかしさで、うまく言葉にできない。どうにかして誤魔化そうと、また下を向いてしまう。
仕方がない。ここまで煽ったんだ。最後まで面倒見るか。
からかうだけで終わらせるのは、さすがに性格が悪い。
「あ……そういえば、もうすぐ宿場町につきそうだね」
「……」
ボクは押し黙る彼女の耳元に口を近づけて、少し声を落として言った。
「今日の宿、二人部屋にする?」
ティリスの目が、ぱちりと見開かれた。口が開いたまま、固まっている。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
ブックマーク・☆を押すと作者の生存率が上がります。
面白いと思っていただければ下の☆☆☆☆☆からお願いします。<(_ _)>




