第二九〇話 アチェーゾの英雄譚-20
『……攻撃の、有効性を確認……っ、第一小隊は移動を開始してください』
絞り出すようなハヤブサの声を聞いて、アスカは小さく息を吐いた。
第二小隊は全滅した。搭乗員はおそらく、全員即死だ。
それを招いたのはハヤブサの指揮。
……それでも指揮官は、動じてはいけないからねぇ。
移動しながら撃て。
距離を保ちながら撃て。
第一小隊と連携しながら撃て。
指示すべきことはたくさんあって、しかしハヤブサはそれができなかった。
ハヤブサだけの責任ではないにしろ、立場的に当然気にかけるべき事柄。今頃ハヤブサは、後悔に押し潰されそうになっているに違いない。
とはいえ──優秀な兵士と貴重な機甲戦力を、これ以上失うわけにもいかない。
遂に女王アリの弱点を見つけたと沸く指揮所で、アスカは冷静に無線機を掴み上げた。
「獅子舞、逐次投入。みんな、たとえ女王アリを殺せても、作戦は終わらないからねぇ」
⬛︎⬛︎⬛︎
アクセルペダルに乗せたままの足が動かない。
踏み込む力をなくしたまま、アラセはひっくり返った戦車の残骸を眺めていた。
女王アリには、攻撃が通じることがわかった。
真下に潜り込んで、見上げながら撃てば。
それを実行した、獅子舞よりも大きくて硬い主力戦車は──
中に、乗ってた人は……?
無理やり蓋をしていた過去がフラッシュバックする。
冷たい手の感触が、宙を舞う血飛沫が、断末魔の叫びが。
ただ、見て見ぬふりをしてきただけ。
自分は敵を倒す兵士で、敵に砲口を向け続けるのが唯一の役割だと、それ以外の全てから目を背け続けていただけだ。
「…………ッ!!」
あそこに行くのが怖い。
肘も手首も動かない。足は石のように硬く、首だって回らない。
だってオレは──ただ、勢いで軍に入っただけの女子高生だし──
「第一小隊、消防署の陰から砲撃を加えてください。獅子舞、三個中隊で南側交差点を確保……裏側の山にファントムの進出を確認しています、迎撃を」
隣に座るハヤブサは、冷静に指示を飛ばしていた。
獅子舞のモニター、ヘルメット内側のモニター、手元のタブレット端末まで総動員で。
コイツはすげえな。
指揮官としての覚悟なのか。これが大人の男性なのか。
軋む首をやっと回して、ハヤブサの顔を見つめて、気付く。
ヘルメットの隙間から、光る液体が零れ落ちていることに。
「第一小隊、先ほどの電磁パルス攻撃でデータリンクに異常が出ています。索敵は目視になるので充分に警戒してください……5秒待て」
言って、ハヤブサはヘルメットをむしり取ると、士官服の袖で涙を拭いた。
「…………泣いてんのかよ」
声を掛ければ、ハヤブサはびくりと肩を震わせてこちらを見た。
真っ赤に腫れ上がった瞳。微かに震える唇。
青ざめた顔で、ハヤブサは呟くように言った。
「……怖いしょや」
なんだ──
ガチガチに固まっていた肩の筋肉が、急にほぐれた。微動だにしなかった指が動き、ようやくハンドルから手を離す。
「……オマエも怖ぇか」
「そりゃあ……でも、完璧じゃなくても、"何もできないヤツ"で終わりたくないから」
コイツの過去がそうさせているのか。
病気で学校にも行けず、友達もいない、なにかを成し遂げるなんて経験を一度もできなかったコイツの。
じゃあ、オレには何が──
『軍隊アリだ!!!』
思考に割り込んできたのは、射撃体勢に入った戦車隊からの絶叫。
『野郎、軍隊アリを産みやがった!』
「まずい」
ハヤブサの顔つきが変わる。ヘルメットを被り直しながら怒鳴り声を上げた。
「こんな街中で撃たれたら、街を傷つけないように戦ってきた意味がありません。優先的に軍隊アリを排除!」
その言葉に、身体が勝手に反応した。
アクセルを強く踏み込む。車体が大きく跳ね、一直線に女王アリの元へ駆け出した。
「やらせるかよクソが!!」
プラズマ弾を一発でも撃たれたら、街はあっという間に崩壊する。ただでさえ交戦の爪痕は残ってしまっているのに。
「数は!」
『五体!』
「一体一輌のノルマです、必ず殺してください!」
ハンドルを大きく回して白アリの隙間を抜け、ドリフトしながら女王アリの足元に迫った。
目の前に軍隊アリが五体。
産み落とされた直後のようで、まだ口にはなにも咥えていない。
「今しかねぇッ」
トリガーを絞った。その瞬間、なにかに衝突したかと思うくらいの衝撃が車体を襲う。
7砲身30ミリガトリングガン、その最大レートの火力が、高速で進入したはずの獅子舞にブレーキを掛けた。
同時に、展開していた四三式戦車小隊も発砲。
大地に脚をつけたばかりの軍隊アリが、木っ端微塵に砕け散った。
「アラセ、そのまま前進して素通り! 戦車小隊、攻撃始め!」
「わかった!」
『了解! 徹甲、集中!!』
主力戦車の砲身が猛スピードで持ち上がるのを横目で見ながら、アラセは再びアクセルを踏み込んだ。
タイヤが軋み、女王アリの細くて巨大な脚の僅かな隙間を縫って抜ける。
直後、ドドンと地響き。戦車隊が一斉に放った砲弾は、女王アリの腹に命中したようだ。
「〜〜〜〜〜!」
鳴き声にもとれる異音が、女王アリの中から響く。
「やったか!?」
視線を女王アリに向けた。
だから、反応が遅れた。
山肌から転げ落ちるように、一体の白アリが目の前に姿を現した。
慌ててブレーキを踏むが、明らかに間に合わない。
「やべ──」
真正面からぶつかりそうになり、アラセは咄嗟にハンドルを左に回した。
獅子舞はほんの僅かに向きを変えながら、白アリに激突。
装甲がひしゃげる。
衝撃で右の側頭部を打ちつけた。
身体が浮き上がり、咄嗟に身を丸めた。
車内でハヤブサの細い身体にぶつかる。
装甲板を白アリの脚が突き破り、アラセの右脚を裂いた。
「ッだあああああああ!!!」
アクセルを踏んでいないのに獅子舞が全速で走り出す。内側に折れ曲がった装甲が、アクセルを圧迫したまま固定されていた。
白アリを跳ね飛ばして、獅子舞は制御不能なスピードでその場を離れた。
「アラセ!!」
ハヤブサの絶叫が遠い。
灼けるような激痛が、右足から燃え上がる。
「アラセ頑張って、ハンドル保持! 第一小隊は攻撃続行、女王アリの脚に注意!」
叫びながら、ハヤブサが手を握ってくれた。
「ぐあぁぁぁ……!」
呻きながら、手汗で滑るハンドルを握り込む。
痛い痛い痛い痛い痛い!!!
涙が溢れた。汗が滝のように噴き出して靴の中まで流れ落ちた。
その場で弧を描くように、ひたすら獅子舞を走らせる。運転、なんて頭を使う作業が、できない。
「二号車、真後ろに白アリです! 三号車は前進して、」
『ダメだ、三号車がやられた!』
『退がれ退がれ退が──』
「一号車も全速後退!」
『間に──』
"母"の悲鳴を聞きつけたか、一斉にアリ達が女王アリの足元に集まってきた。あっという間に囲まれた戦車小隊は、次々とアリに喰われ鉄屑と化していく。
「んあ゙ぁぁハヤブサぁ、どうすりゃいい?!」
激痛は痺れに。
痛すぎて右脚の感覚を麻痺させながら、アラセは叫ぶように言った。
獅子舞はまだ走れる、走行に支障はない。
逆に、止められないだけ。
「…………ッ!!」
ハヤブサは一瞬迷った素振りを見せた後、獅子舞の内張を拳で叩いて叫んだ。
「女王を殺しにいく!!!」




