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第二八九話 アチェーゾの英雄譚-19

 

 包帯を解いてヘルメットを被る。

 少し膝を曲げながら寝そべるように席に座り、モニターの電源を入れた。


 

「狭そうっすね、大尉」


 

 ダイチが半笑いで言いながら、タブレット端末を渡してくれた。


 

「アラセお前、あんま荒い運転すんなよ!」

「撃たなくたっていいんだからね!」

「大尉、酔い止め飲みました?」


 

 皆、口々に言いながら獅子舞を── 三七式試製三軸強襲戦車RC型の車体を叩く。


 

「わかってるよッうるせえな!」


 

 隣のシートに収まるアラセが噛み付くように怒鳴った。


 

「……そろそろ作戦開始だ。行くぞ」


 

 タイヨウの張り詰めた声に、一瞬だけ空気が凍る。


 

「……はい、作戦通りに。よろしくお願いします」


 

 ハヤブサは、獅子舞の周りに立つ皆を見回しながら言った。

 

 戦闘服にヘルメット姿の、バターナイフ中隊の全員が、無言のまま深く頷く。

 アラセがハッチを閉めるボタンを押し込んで、ゆっくりと皆の姿が見えなくなった。

 途端に車内の温度が上がり、背中にじわりと汗をかく。

 

 耳鳴りがしそうなほど静寂に包まれた車内で、目の前のディスプレイ群が煌々と眩しい。

 

 衛星画像から、高度十メートルを飛ぶドローン映像まで。風向、気圧、対空・対迫レーダー……その全ての情報を同時に処理するための、多重モニター。

 

 津波のように押し寄せる情報量に、既に頭が痛いし軽く吐き気もする。


 

「大丈夫か、オマエ?」


 

 隣に座るアラセが心配そうに問うた。


 

「大丈夫。でもできれば、早めに終わらせたいな」

「そりゃそうだ。オレも腹減ったし──」

 

『作戦開始します、全車突入開始!!』


 

 不意に、凛とした声が響き渡った。声の主はアスカだった。

 アスカの声に突き動かされるように、多数の獅子舞が音もなく走り出す。

 全車、後部ハッチを取り外した状態で。

 

 敵の攻撃で行動不能になることを見越した、脱出前提の改造。うまく立ち回れば、獅子舞を棺桶にせずに済む。


 

「……行くぞ」


 

 アラセが低く呟き、一拍置いて獅子舞が動き出した。

 

 あっという間に時速70キロ、ほとんど無音のままトンネルに突入。一瞬で暗闇を抜け、市街地へと入った。


 

 心の準備をする時間がなかった……


 

 自分の気持ちを落ち着けたり、皆になんか訓示っぽいことを言ったり、アラセを励ましたり。

 一応指揮官(キーパー)として、そのあたりを考えていたのに。


 

 足りない。

 覚悟も、行動力も。

 

 

 ドドン、と内臓を揺らす砲撃音が左右から響いた。投入された獅子舞と主力戦車(M B T)達の砲撃だ。

 

 市役所へと通じる道は、白アリと黒アリが隙間なく埋め尽くしている。

 残りわずかになった通信阻害ドローンの支援を受け、敵の動きを封じながらの接近戦が始まっていた。

 

 数対数。

 

 獅子舞達が機関砲を乱射してアリ共を薙ぎ払い、排土板(ドーザ)を装備した主力戦車(M B T)がアリの残骸を蹴散らしていく。

 

 流れ弾が民家に直撃し、電柱が倒れ、道端の車が燃え上がった。


 

「…………っ」


 

 アラセが悔しそうに奥歯を噛む。

 ある程度の損害は仕方ないと理解はしているだろうけど──"程度"の差は人によって違う。


 

「アラセ、集中」


 

 短く言いながら、モニターを睨んだ。

 女王アリまで600メートル。


 

「……オマエさぁ、こういう時は、無理すんなとか見なくていいよとか、優しい言葉掛けるモンだろ普通!」


 

 アラセが怒っている。どうやらまた言葉のチョイスを間違えたらしい。


 

「本ッ当、女子の扱い知らねえな!」

「ごめん……」

「もっとオレを特別扱いしろよ!」

「してるつもりだったけど……あっ、手繋ぐ?」

「運転中だぞ?!」

「…………」


 

 難しい。

 短く息を吐きながら、なんとなく居心地が悪くて身をよじった。

 

 少しずつでも、女の子の扱い方を勉強しないと……

 生き延びてもこれからが大変そうだと、作戦とは関係ないことを思った瞬間。

 


 微かだが、女王アリ周辺の気圧モニターに変化が見られた。

 


 ぴくりと肩が動く。

 

 汗がこめかみを流れ落ちた。


 

 ──そろそろ来る。


 

 身をよじった流れで、ハンドルを握りしめるアラセの手に、自分の手を軽く添えた。


 

「……!」

 

「備えて」


 

 驚いてこちらを見たアラセに、低く言った。

 手のひら越しに、汗ばんだ温もりと緊張が伝わってくる。

 狭く暗い車内の空気が、ぴんと張り詰めた。

 

 偵察ドローンのリアルタイム映像が、女王アリの姿を映し出す。



 足元が震えている。その震えはゆっくりと、上へ。


 

電磁パルス(E M P)攻撃の予兆を確認しました。偵察ドローン群、射出開始」


 

 言い終わる前に、女王アリの身体がぶるりと震えた。


 

 

 NO SIGNAL


 

 

 音もなく映像がブラックアウト。パチパチと微かな破裂音が獅子舞の各所から響き、風向モニターと外部カメラの一部も消えた。


 

『電磁パルス来ました!』

『ドローン第二波射出! 獅子舞ドライバー総員退避急げ!』

『駄目です、聞こえていない──』


 

 大本営や指揮所との無線はまだ生きている。


 この獅子舞は、まだ戦える。


 

「アラセ」

「おっけ!」


 

 小さく頷いて、アラセは勢いよくアクセルを踏み抜いた。その衝撃で全身をシートに叩きつけられる。


 

「ぐ──ッ!」


 

 目に映るのは、高速で後方に流れていく建物。道路標識と曲がった電柱。

 動かなくなった獅子舞。

 走っていく迷彩服姿の兵士達。

 

 鎌を振り上げる黒アリの脇を駆け抜けて──


 

「見つけたぞこの野郎オラァ!!」


 

 見上げるほどの、女王アリの巨体が視界を埋め尽くした。


 

「第一小隊、第一目標へ攻撃始め」

『了解、第一小隊攻撃開始!』


 

 四三式戦車の四輌が、女王アリに砲撃を開始した。

 寸分の誤差もなく四輌同時に射撃。よく訓練された百戦錬磨の戦車乗りだ、正確さは類を見ない。

 

 鋭く回転しながら向かっていった砲弾は、女王アリの顔面に到達した瞬間、音もなく吸い込まれて消えた。


 

「……効果なし。第一小隊移動してください。第二小隊、第二目標へ」


 

 やっぱり。EMP攻撃を放った直後であっても、胴体には効果がない。

 

 すぐさま別の戦車小隊が前進。

 重たい車体を全力機動させて女王アリの腹の下まで潜り込むと、こちらも一斉に砲身を持ち上げて──


 

「やべ、逃げろ!」


 

 アラセが叫んだ。

 

 女王アリが動き出す。

 細くて長い脚が、サッカーボールを蹴るように、一輌の四三式戦車を蹴り飛ばした。


 

『──!』

『退避、退避!』

『一発撃たせろ!』


 

 戦車が煙を吐きながら転がるのが、モニターに映った。


 バックし始めたもう一輌が同じように蹴り飛ばされ、勢いよく前進しようと黒煙を噴き上げたもう一輌は踏みつけられた。


 

「退避、急いでください!」


 

 半ば身を乗り出しながらハヤブサは叫んだが、最後の一輌はその場から動かなかった。

 

 ただ黙って、狙いを定めて。

 女王アリの脚が振り下ろされる刹那、発砲。


 

 車体を真っ二つにされながら放った一撃は、女王アリの腹に命中し、初めて紅蓮の炎を噴き上げた。

 

 

ここまでよんでくれて大感謝!

バターナイフヴァリアント、あと数話で…完結、です……!

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