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第二八八話 アチェーゾの英雄譚-18

 

「大尉」


 

 声をかけられて、ハヤブサはゆっくりと目を開けた。

 

 頬に違和感があって、口が開かなかった。

 真っ白なテントの天井、むせ返るような消毒液と血の匂い。少しずつ五感が戻ってくる。


 

「悪いニュースがふたつあります」


 

 隣に立っていたのはサキガケだった。

 目線だけで続けるよう促すと、サキガケは気まずそうに口を開いた。


 

「設備が整っていなくて……すみません、頬の怪我、縫合跡が残るそうです」


 

 寝不足の体に麻酔なんて打ったら死にますよ、いや死なない程度になんとか、いっそ麻酔なしで……と、医官達の悩んでいた声が頭の中で響いた。

 

 もともと整っている訳でもないし、顔に自信もないので、頬の傷なんて特段悪いニュースではない。


 

「もうひとつ……雨が、止みました」


 

 ──それは。


 

 言われてから気付く。テントを叩いているはずの雨音がしない。

 

 アリは水を嫌う。だから作戦は雨天を選んだのに……

 

 目の前が暗くなった。

 敵が活発化してしまう、ただでさえ数が多く厄介だったものが。


 

 ふぅ、と溜息を吐いた瞬間、頬に激痛が走った。

 皮膚が突っ張る感触と、脳天まで突き抜ける鋭い痛み。


 

「ん゙っ……」


 

 思わず呻いた。

 眉間に皺を寄せながらも、アラセの訃報を聞かされなくてよかった、と心から安堵する。

 アラセのことだ、きっとうまいこと生き延びているに違いない。

 

 しかし──他にも悪いニュースは山ほどあるんだろうな、と思う。

 

 隣のテントから聞こえてくる悲鳴や怒声、そしてすすり泣きの声が、まさにそれだ。


 

 何人、死んだ……?


 

 75通りのパターンを考え、敵の動きをシミュレートし、大損害を食らって撤退した場合のルートまで徹底的に準備してきたつもりだった。

 

 そこには、北方軍幹部候補生学校の首席、という矜持(プライド)があったのかもしれない。


 

 たったひとつ、電磁パルス(E M P)攻撃を予測していなかったなんて。


 

 「起きたのかッ?!」


 

 ドタドタと足音を響かせて、アラセがテント内に駆け込んできた。

 

 雨のせいか、髪がいつもよりも外側に跳ねている。

 緑色の毛先がぴょこぴょこ揺れて、ハヤブサは思わず小さく笑って──激痛に眉をひそめた。


 

「ここどこかわかるか? 山越えた所まで戻った、ここなら電磁波攻撃が効かねえらしいからな」

 

「……ひゅぅ」


 

 声が出ない。口元を動かせば死ぬほど痛いのに、麻酔のせいで舌が痺れている。


 

「……へぇぁ」

 

「あぁ、ヒテンとリュウセイが軽傷、ミドリ姐さんは腕折った。オレとダイチは無事、サキもタイヨウさんも生きてる」

 

「……ぁゃ」

 

「オレ達は特殊部隊のおっさんに誘導してもらって助かったよ。あれもオマエが先に配置しといてくれたんだろ?」

 

「……ひょょ」

 

「謝んな、あんなもん予測できる訳ねえだろ。オマエは次の作戦考えることに集中しやがれ」

 

「なんで会話できてるんですか?!」


 

 我慢しきれなかった様子で、サキガケが突っ込んだ。

 アラセは不思議そうな顔でサキガケを見つめ返したし、通りすがった医官は吹き出した。


 

「え、わかんねえ?」

「わかんねえです!」


 

 いつも通りの会話だ──平和でよかった。

 言い合う二人を横目に、ハヤブサはもう一度、瞳を閉じた。





 ⬛︎⬛︎⬛︎


 



 朝焼けの中、田畑に並ぶ戦車群は、作戦前と比べると半減していた。

 ハヤブサと並び立って、アラセは少し高台になった場所から、仲間をたくさん失った鋼鉄の獣達を見下ろしている。


 

「EMPってのを喰らわなければ、獅子舞だって戦えんだろ」

「そう」


 

 顔面に包帯を巻きつけたハヤブサが短く答える。


 

「でもEMP防護モデルは、今の戦力だと四三式主力戦車(M B T)の最新ロット……生き残ってるのは8輌だけ」


 

 僅か二個小隊。

 アラセは唇を噛み締めた。握った拳、その爪が食い込んで痛い。


 

「クソ……」


 

 役に立たない。

 

 獅子舞が、ではなく。自分が。

 

 あちこち怪我をして、心まで傷を負って、それでもたどり着いた生まれ故郷。


 

 次の作戦には、参加できない。


 

 ドンドンと微かに爆音が聞こえてきた。山の向こうへは、昨夜から砲弾が撃ち込まれている。

 少しでもファントムや軍隊アリを刈り取るためのピンポイント砲撃。

 


 陽が昇りきった頃、二度目の作戦が始まる。

 


 白い息を揺蕩わせながら戦車群を睨みつけていると、後ろから情報士官が近づいてきて、ハヤブサになにか耳打ちした。


 

 ──そろそろ始まるのか。


 

 獅子舞に乗れない自分を置いて、コイツはまた前線に行く。


 

「……アラセ」


 

 士官が去ると、ハヤブサの手の甲が腕に触れた。


 

「ん?」


 

 アラセが見上げたのと、ハヤブサが少し屈んで手を握ってきたのは同時だった。


 

「な゙っ……! ん、だよ……」


 

 思わず顔が赤くなった。

 ハヤブサから手を繋いできたのは初めてな気がする。冷たくて細くて骨ばって、すごく大きい。

 安心しそうになりながらも、今は恥ずかしさが勝つ。


 

「まだ近くにさっきの人……」


 

 言いかけて、やめた。


 ハヤブサの指が震えている。


 ゆっくりハヤブサを見上げると、包帯の隙間からこわばった表情が見えた。


 ──コイツにも、怖いものはあるんだ。

 これから最前線に行くから。


 繋いだ手から伝わる緊張感に、自分の胸もざわめきだす。


 

「…………行こ」


 

 硬い声でハヤブサが告げ、手を引いた。


 

「え、どこに?」

 

「この前乗った試作戦車、EMP防護されてるって」


 

 試製なんとかかんとか、名前は覚えていない二人乗りの獅子舞。

 

 あれが……防護されてる……


 

「てことは、乗れんのか?」

「うん」


 

 ハヤブサが振り返って、鋭い視線でアラセを射抜いた。

 

 覚悟。

 その二文字を瞳に宿らせて。

 ドクン、と心臓が跳ねた。




 

「三七式試製三軸強襲戦車RC型──ふたりで乗って、女王アリを殺そう」

 

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