第二八六話 アチェーゾの英雄譚-16
「こちら1-5……女王アリを目視」
リュウセイは呟くように言った。自分の声が微かに震えている。
崩落した高速道路を下りて、市街地を駆けてわずか数分。
市役所の裏に寝そべる女王アリは、大きかった。最初は山の一部だと思ったくらいだ。
的が大きすぎて測距などする必要もなかった。既に装填済みの徹甲弾を、考えるより先に撃ち込んだ。
放たれた砲弾はまっすぐ飛んでいき、女王アリの身体に飲み込まれた。
「…………」
飲み込まれた?
当たった、という手応えがない。相手はまるでやわらかなビーズクッションのように、砲弾を包んで飲み込んだ。
「……軟弾頭対榴」
次弾装填。貫通させるタイプではなく、相手に密着してから爆発する炸薬弾。
トリガーを絞る。車体が揺れ、砲弾が放たれ──同じように、女王アリはそれを飲み込んだ。
⬛︎⬛︎⬛︎
「1-4、指揮官、攻撃通じないよ?!」
ヒテンは叫びながら、ありったけの30ミリ弾を叩き込んだ。
女王アリは気だるげに微かに身を震わせただけで、ダメージを負っているようには見えない。
鳥肌が立った。
姫アリだって大きかった、トーキョーもハマオカ原発のときも。
女王アリはその数倍、ちょっとした競技場くらいのサイズがある。
こんな奴が、宇宙から……
30ミリが弾切れ。300発を叩き込んでなお、女王アリは悠然としていた。
周りの獅子舞や主力戦車が何発も戦車砲を撃っているが、効いている様子はない。
「どうすんだよこれぇ!!」
頭上を旋回していた羽アリが、対空射撃で落とされた。
くるくると回転しながら、その羽アリは女王アリの真上に落ち、その存在を飲み込まれた。
⬛︎⬛︎⬛︎
「1-3、角度変えて撃ってみますッ」
ダイチは他の部隊と並んで、女王アリの正面へと砲撃した。顔、と思われる部位に何発叩き込んでも、爆発すら起きない。
各車乱れ撃ちだ。主砲、副武装、装備した全ての火砲を向けている。部隊間の連携ももはやなかった。
それでも──
「んだよコイツ!?」
確実に命中している。SF映画のような未知のバリアを張っているわけでもない。
ただ砲弾が、体内に取り込まれて終わるだけ。
ダイチは一度、砲撃をやめてじっくりと女王アリを見た。その間にも何十発という砲弾が叩き込まれるが、女王アリは小さく震えただけ。
一般的に弱点と呼ばれる部位が存在しない。
黒アリは眉間の間に攻撃すれば小銃弾でも倒せるし、姫アリだって顔面に砲撃して倒したのだ。
しかし女王に、それは通用しない。
トン単位の砲弾と炸薬を眉間に叩き込まれても、その巨躯は身じろぐだけ。
「もっと近づいてみる、脚を狙おう!」
ダイチは叫んで、アクセルを踏み込んだ。
⬛︎⬛︎⬛︎
「1-2了解、移動するわ!」
そう言って、ミドリもアクセルを踏む。
ここは通信阻害ドローンの影響下だ、アリに近づいても通信環境が保たれる。
「移動手段があるはずよ」
もしかしたらそこが突破点になるかもしれない。
ミドリはハンドルを強く握りしめ、市役所へと続く道を進んだ。
左右にアリの残骸が転がっている。
顔面を砕かれた黒アリに体当たりして道幅を広げ、ひっくり返った白アリの脚を踏み潰した。
市役所の周囲にも獅子舞が既に展開していて、あちこちで砲撃を加えていた。そのどれも、効いている様子はない。
「脚……あれかしら……?」
でっぷりと太った体躯の下に、細い脚のようなものが見えた。細いといっても体躯と比べたら細いだけで、鉄骨を束ねたくらいの太さはある。
ミドリは12.7ミリ弾で脚を狙い、そのまま主砲を放った。
しかし、砲弾の全ては同じように、脚に命中した途端に飲み込まれた。爆炎も、着弾の煙や衝撃もない。
チッ、と舌打ちをした瞬間、目の前を勢いよく一輌の獅子舞が駆け抜けた。
⬛︎⬛︎⬛︎
「1-1突っ込むぞ!!」
ほとんど絶叫しながら、アラセはアクセルを目一杯踏み込んだ。補助動力のガスタービンエンジンまで使った最大速度で、女王アリに突撃する。
その脚や腹に30ミリ弾を叩き込んだが、手応えがない。
「ッだぁこの野郎!!」
そのままの勢いで、獅子舞を無理やりターンさせる。濡れたアスファルトでタイヤが滑り、市役所の駐車場を通り過ぎて山肌に軽くぶつかった。
「指揮官どうする、全ッ然効かねえ!」
闇雲に撃っても意味がない。怒鳴りながら次弾装填。
苛立ちながら女王アリを睨みつけた瞬間、アリの腹から黒アリが落ちてくるのが見えた。
一体、また一体と、腹の奥からアリが落ちてくる。
「な……ッ?!」
『アリを産んでるぞ!』
『黒アリ多数!!』
無線が一気に騒がしくなった。
全員、この異常な光景を目撃している。
コイツ、セキガハラの──!!
アリの工場と評した存在。もしかしたらそれが女王アリかも、と調査対象にしていたのは正解だったようだ。
「だからこんなにたくさんアリ共が……!」
低く呟きながら女王アリを見上げた。
その脚が、微かに震えている。
先程までは微動だにしなかった脚が。
女王アリの震えはあっという間に全身に達し、最後に一度ぶるりと大きく全身を震わせたあと──
獅子舞の全システムが沈黙した。
「…………えっ、は……?」
外部カメラの映像も、火器管制システムの画面も、警告灯も車内灯すらも消えた暗闇。
騒がしかった無線が沈黙し、外からは砲撃の音の一つも聞こえない。
ただ、パラパラと雨粒が装甲を叩く、微かな物音だけが耳に届いた。
その音はゆっくりと、心音に侵食される。
バクン、バクン、バクン──
自分の荒い息と心臓の音に支配された車内で、アラセは身動きもとれずにハンドルを握りしめた。
バターナイフヴァリアント最終章もいよいよ中盤!
ラスボス<女王アリ>の反撃パート、はじまるよ!
引き続き応援よろしくおねがいしまあす!!




