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第二八五話 アチェーゾの英雄譚-15

 

 のどかな景色だった。

 山と田畑が広がり、雨模様でも緑がよく映える。

 

 ここが戦場じゃなければ、いいところなんだろうな、と。

 大隊規模の機甲戦力が、一斉に市内へ雪崩れ込むのを横目で見ながら、ハヤブサは小さく息を吐いた。


 

 手元のタブレット端末の地図は、もはや使い物にならなかった。

 敵を示す赤、友軍を示す白。それぞれのマークが入り乱れて、もはや道路も見えない。


 

「女王アリは市役所の裏です、まずはそちらを叩きにいきます」


 

 そう一言告げただけで、無線機から音割れするほどの了解の合唱が響いた。


 

 引き連れてきた部隊の半分は高速道路を降り、国鉄の線路と並行して走る一般道へ。

 左右に展開していた敵へ機関砲を浴びせながら、速度を落とさずに突っ込んでいく。


 

「通信阻害ドローンの高度をあと4メートル下げてください、偵察ドローンは34番から40番までを発進」


 

 上空も酷い有様だ。大部分を撃ち落としたとはいえ、まだ羽アリは残っていた。上げても上げても偵察ドローンが落とされる。


 

 それでも、人的被害は今のところ少ない。


 

 小さく頷きながら空を見上げたのと、激しい振動が高速道路を襲ったのは同時だった。


 

「うわ──」


 

 タイヨウが転がる。

 マグカップが宙を舞い、サキガケが絶叫しながら空を飛んだ。

 

 防弾ガラスに頭を打ちながら、ハヤブサは敵の攻撃を瞬時に理解していた。


 

「橋脚か……! 衝撃に備えて、下に落ち──」


 

 言い終わる前に、高機動防護車は地面に叩きつけられた。

 天井まで飛び上がったマグカップが割れながら落ちてきて、ハヤブサの頬を裂く。


 高速道路の橋脚を撃ち抜いたのはファントムだった。

 すぐにどこかの部隊が反撃してくれたようだが、乗っていた高機動防護車は完全にエンジンが止まった。

 

 車体の傾きから見て、車軸(シャフト)もやられている──動けない。


 

「クソ……」

「いってて……」


 

 皆が言いながら前を向いて、硬直した。


 

 目の前にファントムがいた。


 

 皇国陸軍と同じ、緑と茶色の迷彩。漢字と数字の混じった識別番号は、南方軍所属のもの。

 

 ぴたりと主砲の照準を合わせた見慣れた獅子舞、乗っているのは敵。


 

「──ッ」



 

 回避は間に合わない砲口の角度的に車体下部のエンジンを狙っているしかし主砲ならもう撃っているはず射程的にここまで接近する必要がないリスクを冒して接近したとも考えにくいであれば敵の残っている武装は、

 

 12.7ミリだけ。


 

「アラセ!!」


 

 反射的に叫んだ。

 ファントムの主砲、そのすぐ下にある同軸12.7ミリの銃身が光る。


 

 刹那、視界に割り込んでくるもう一輌の獅子舞。


 

 アラセの駆る獅子舞が、ファントムの放った12.7ミリ弾を全身に浴びながら、高機動防護車の盾になった。


 

『おっらああああ!!』


 

 爆音、衝撃、砂塵──炎。


 

 ほぼゼロ距離で放った主砲弾が、ファントムを炎噴き出す鉄屑に変えるまで、2秒とかからなかった。


 

『無事か!?』

「はい」


 

 首まで流れる血を拭いながら、ハヤブサは答えた。


 

「そちらは」

『外部カメラ撃たれた! 右斜め前と右下が見えねえ!』

「この車も駄目です、予備に乗り換えましょう。あと数分で来るはずです」


 

 言いながらタブレットを持ち、高機動防護車を降りる。ぼたぼたっと頬の傷から血が滴って地面に広がった。

 

 地図がぐちゃぐちゃだからと目を離したのが失敗だった。ここまで接近されているとは予想外──


 

「みなさん、怪我ないですか?」


 

 サキガケが声を張り上げた。両肩から赤色とオレンジ色の大きな救急医療(E M S)バッグを掛けている。


 

「大丈夫です」

「よかっ……いや大尉、しっかり怪我してるしっ?!」


 

 どうやら怪我をしたのは自分だけのようだ。

 ドライバーもタイヨウとサキガケも奇跡的に無傷で、呆れた顔をしながらサキガケが止血パッドを押し当ててきた。


 

「ありがとうございます……移動が先です、1-2(ワンツー)1-3(ワンスリー)で周辺警戒、1-4(ワンフォー)1-5(ワンファイブ)は前面警戒、人員は降車し1-1(ワンワン)後方で待機」


 

 これも想定通りだ。

 作戦開始からぴったり5分経過した時点で、獅子舞を載せた大型トレーラー(セミトレ)と高機動防護車を複数台、安全地帯から発進させている。

 

 損害は思ったより少ない。

 

 順調、今のところは。


 

「…………ふぅ」


 

 キレた猫の絶叫と評される、独特のモーター音を響かせながら、何輌もの獅子舞が自分たちを追い抜いていく。

 

 この計算なら、最初の部隊が女王アリを目視するのは、23秒後。そこから再度砲撃を叩き込むのに3分。特殊作戦団の到着まで6分40秒。


 

「このまま、うまくいけば……」

「喋らないで、めちゃくちゃ切れてます」


 

 サキガケがさらに強く止血パッドを押し付けてきた。

 言われてから、なるほど頬がひどく痛い。


 

「あぁ、そんなにですか」

「キレてるのはアラセちゃんもですよ」


 

 いつの間にか、盾にした獅子舞からアラセが這い出てきていた。

 刺し殺されそうなほどの鋭い視線で、ハヤブサを睨みつけている。


 

「……これは不可抗力で、」

「うるせえタコ野郎、何度怪我すりゃ気が済むんだオメェ?!」


 

 弁明は瞬殺。アラセが身を乗り出して、士官服の胸ぐらを掴んだ。


 

「アラセちゃん血ぃ付くよ」

「いいよ!」

「よくないよ!!」


 

 サキガケが割って入り、アラセは獣のように唸りながらその場にしゃがみ込む。


 

「大体オマエ、車から身ぃ乗り出したりしてよぉ……」

「あの方が敵を引きつけれるかと……頭上げて欲しかったから」

「本ッ当、オレの言うこと聞かねえな!」

「それはアラセも……」

 

発見(コンタクト)!!!』


 

 不意に、誰かの絶叫が耳を刺した。


 

『女王アリ、目視で確認! 攻撃開始ッ!!』


 

 その言葉に、思わず顔を見合わせた。

 アラセの瞳が更に細くなる。


 

「……車輌班、予備の獅子舞は?」

『もう着きます、大尉!』


 

 振り向けば、高機動防護車と獅子舞がトンネルを出てきたところだった。


 

「了解、確認しました。各員、十分距離を取りながら女王アリに砲弾を叩き込んでください。バターナイフ(俺 た ち)もすぐ行きます」


 

 足先に力を込めた。

 気を抜くとふらつきそうだ。頬からの出血も止まらない。

 

 でも、こんな中途半端なところで立ち止まっていられない。


 

「乗ったらブッ飛ばしていいな?」

「もちろん、俺たちもすぐに追います」


 

 ハヤブサが頷けば、アラセも小さく頷いた。


 

 頭上から羽アリとドローンが揉み合いながら落ちてくる。どこかで、ファントムか獅子舞かわからない車体が炎を上げて吹き飛んだ。

 

 決戦は、これから。

 

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