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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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遊子と老いぼれ企画屋 ~その10~

『制作委員会から、第一案でゆきたいという回答が来ました』


 パソコン画面に課長からのメッセージが届きました。

 制作委員会に再提出したのは二案で、第一案は新井案に古田さんの演出を合体させたもの。第二案は新井案に新井さんの演出を合体させたものでした。

 制作員委員会は一週間の協議の後、第一案が無難と判断し承認してくださいました。これで、このプロジェクトは本格的に始動します。


 無難かぁ……。


 IT系企業が発想できない今までにない新しいものを――と、あれほど意気込んでいたのに、結局、そういう安全地帯に着地してしまった制作委員会に、正直、がっかりしました。

 まぁ、でもそれが現実というものでしょう――。

 なんだかんだ言っても、あたしたちは資本をもとに商品を作るビジネスをやっているわけで、芸術行為やボランティアをやっているわけではないのですから。

 と、思いつつも、あたしの心の中に、それに対して「ケッ!」と唾棄するもうひとりのお下品なあたしがいたのは否定できませんでしたが。


 あたしって、もしかしたらこの仕事に向いてないのかしら?


 企画が承認されたすぐ後、あたしと新井さんは課長から呼び出されました。プロジェクトの開発体制に関する打ち合わせをするためです。

 その席で、あたしはある異変に気づきました。


 新井さんが、別人みたい……。


 そうなんです。あんなに我が強く、他人の意見に反論ばかりしていたいびつな性格の新井さんが、まるで別人のように大人しくなっていたのです。課長の提案には素直にうなずき、なんと、あたしの意見さえも笑顔で納得する有様です。課長も彼のその豹変ぶりに、すこし戸惑っておられたようです。


「どうした、新井君。今日はずいぶんポジティブじゃないか。もしかして、自分の企画が承認されたから気持ちを改めたのかな?」


 課長。たぶんそれは違うと思います。もし、それが理由だったら新井さんはもっと出しゃばってこの場を仕切っていたでしょう。


 新井さんが豹変した本当の理由――。それは、彼の強烈な自戒からくるものだと、あたしは思います。


 幼少の頃、自分の孤独を救ってくれた恩人とも言える不思議島物語というゲーム。思い出に刻まれた素晴らしいゲーム。その感謝すべきゲームの生みの親の古田さんに、新井さんは結果的に恩を仇で返す行為をしていたのです。


 知らなかったから仕方なかった――。


 そんな言い訳はたぶん新井さん自身も認めたくないでしょう。そんな言い訳をしたところで古田さんに対して行った行為が帳消しになるわけがないのですから。


「じゃあ、新井君、ディレクターとしてよろしく頼むぞ! ぜひ、プロジェクトを成功させて実績をあげてくれ」


 会議が終わり、廊下に出たあたしは新井さんから話しかけられました。


「古田さん、今、なにやってんのか知ってる?」

「知りませんわ。あら、気になるんですか? あんなに嫌っていたのに」


 あたしはわざとそのように答えました。


「いや、そんなことねーよ……」


 いつもと違って声に元気がありません。新井さんはあたしに背を向けて先に企画室へ戻ろうとしました。


「新井さん」


 あたしの声に、新井さんの足が止まります。


「アプリ開発、がんばってくださいね! そして絶対ヒットさせてください。古田さんもそれを心から望んでらっしゃると思いますわ」


 新井さんは何も答えず、肩を落として歩いて行きました。



 三か月後の某日――。

 完成したドラチュウのポータルアプリが、スマホで一斉に公開されました。

 制作委員会側もデータウェスト側も、そのアプリの出来栄えの良さに大ヒット間違いなしと自信満々です。さて、気になるところはそのダウンロード数と収益率ですが――。

 ありゃりゃ、予想に反して芳しくありません。どうやら、同じ日に公開されたエヴァンダムのリニューアル版に人気をごっそりと奪われてしまったようです。

 次の日、早速、制作委員会とデータウエストの緊急会議が開かれました。


「エヴァは大人向け。ドラチュウは子ども向け。違うカテゴリーだから影響はないと思ったんですがねぇ」


 超人気アプリのエヴァンダムと同じ日にあえて公開することを決断をした宮田開発部長が、あたしたちの前で言い訳をしました。それに対して制作委員会の電博堂の軽部(かるべ)さんが資料を片手に説明します。


「弊社のITチームで分析してみたのですが、やはりドラチュウのユーザーがエヴァンダムの方へ流れてしまったようです。それで、その理由をSNSのアンケートで調べてみたのですが、そのほとんどが意外な答えでして……」


 意外というワードにひっかかった全員が軽部さんの次の言葉を待ちます。


「面白いから――がその理由の一位でした」


 全員が一斉にスマホを手に取りエヴァンダムのアプリを開きました。そして、それを見た全員の目が丸くなりました。今野課長が第一声をあげます。


「これ、没になった御手洗君のアイデアにそっくりじゃないか……」


 あたしもそれを見て驚愕しました。瓜二つとは言えませんが、あたしが提案したアイデアのコンセプトにかなり似たものでした。それは、従来のポータルアプリのセオリーを無視した、まるでテレビゲームのような斬新で独創的なものでした。

 早速、触ってました。

 宇宙空間内を動き回るロボットたち。それをタッチするといきなり「情報が欲しければ俺を倒して行け!」と挑発して簡単な闘いを仕掛けてくる登場人物。あ~これこれ! この楽しさ! あたしが考えていた面白さがまさにそこにはありました。

 宮田部長が首を捻ります。


「しかし、これではポータルの意味をなさないじゃないか。なのに何故?」

「ユーザーへの情報はSNSやPCのポータルサイトで十分だと気付いたからではないでしょうか」


 部長の疑問に答えたのは、なんと新井さんでした。その口調には依然のような傲慢さはなく、逆に声を押し殺すように謙虚でした。


「それで、これ以上同じ方向性でアプリを発展させていっても無駄だと気づき、あえて逆の方向――つまり、ゲーム的な方向へシフトしたんじゃないかと私は思いました」


 なるほど。あたしは新井さんの意見に素直に納得しました。しかし、その他の参加者全員は新井さんの意見に複雑な表情を浮かべています。

 新井さんはさらに続けます。


「残念ながらエヴァンダムチームの方に先を越されたと思います。変に無難なところに着地せず、あえて今までにない新しいことに本気で挑戦したという点で。それって、本来ならゲーム屋の仕事だったんですがね。いやはや情けない。IT系の開発チームもなかなかあなどれませんね」


 いいんですか? 新井さん。そんなこと言って。それってちょっと無責任な意見にも聞こえますよ。ディレクターのあなたがそういう発言するのはマズイんじゃないのですか? でも、あたしは、正直言ってその意見にとても同意できますわ。

 案の定、宮田部長が新井君に対して声を荒げました。


「もういいよ、新井くん。ディレクターなのにまるで他人事だな。とりあえず、エヴァンダムのアイデアがうちの没企画と酷似しているのは事実だから、その件に関してはすぐに調べてくれ。場合によっては法的な措置も考えている。課長も頼むぞ」


 新井君と課長はうつむいて「はい」と小声で答えました。

 当然ながら、その日の会議が今までになく重く暗い雰囲気で終えたのは、言うまでもありません。



 一週間後――。


 廊下を歩いていると、窓から外の景色を眺めている新井君と出くわしました。


「おつかれさま!」

「あれ、湯深監督だったみたいだな」

「なんのことですか?」

「エヴァンダムのアプリが君のアイデアとそっくりだった件だよ。制作委員会から連絡があった」

「え? それって監督がエヴァンダムのアプリ開発チームに漏らしたということ?」

「いや、漏らしたというより、エヴァンダムのアニメ監督にうっかりしゃべったらしい。なんでも、湯深さんとエヴァの監督は親友らしいからね。で、今度はエヴァの監督がうっかりアプリ開発チームにしゃべったそうだ」

「まぁ……。うっかり屋さんばかりですのね、アニメ業界って」

「御手洗、おまえ、今なんの仕事やってんだっけ?」

「あいかわらず暇ですわ。課長がいうところのアイドリング状態っていうやつですわ」


 新井さんがフッと鼻で笑います。なんか感じ悪いですわ。あたしの眉根が寄ります。


「ごめん。この笑い方、小さい頃からの癖なんだ。治すように努力するよ」


 あらまぁ、どうしたんでしょう? 妙に素直過ぎてちょっと気持ち悪いです。


「なぁ、御手洗……」

「はい?」

「古田さんから受けたアドバイス、今でも覚えてるか?」

「もちろんですわ」

「良かったら俺にも教えてくれないか」

「いいですけど、なぜ?」

「これからの参考にしたいんだ」


 新井さんの目はいつになく輝いていました。まるで、何かを決意したかのように……。


「えっと……自分が考えたアイデアを、自分自身が子どものように楽しめたら、そのアイデアは評価される――という感じでしたわ」

「自分自身が子どものように楽しめたら、か……。だよな。その通りだと思う。いいアドバイスだ」


 新井さんは窓から見える青空を見上げ、ニコリと微笑みました。その顔は今まで一度も見たことがないとても優しい笑顔でした。




 それから数日後――。


「ゆっこ! 知ってる?」


 あたしが出社するや否や、しおりんが慌てた様子であたしのもとへ走ってきました。


「どうしたの?」

「新井さん、会社辞めちゃったよ」

「辞めた? 辞めるんじゃなくて、もう辞めちゃったの? どうして?」


 あたしは思わず新井さんの席へ視線を飛ばしました。机の上はパソコンだけを残して彼の私物全てがなくなっていました。


「あたいもさっき知ったから理由は分からないけど、噂ではポータルアプリの失敗の責任をとって辞めたんじゃないかって」


 あたしは、その噂はにわかに信じられませんでした。だって、先日廊下で見た新井さんの笑顔に、責任をとって辞めるような思いつめたものを微塵も感じなかったからです。


 もしかしたら、新井さんもやり直したかったのかも――。


 あたしは、ふと、古田さんが仰ってたデータウェストに入社した理由を思い出しました。――ゲーム作りで一番大切なことを思い出すためにやり直したかったから――。もしかしたら、それと同じような事を新井さんも考えていたのかもしれません。もし、そうなら、新井さんが思い出したかった大切なこととは何だったのでしょう?

 それは、もしかしたら、不思議島物語というゲームを心から楽しんでいた子ども頃の自分自信だったのではないでしょうか。

 

 ただ、これはあくまであたしの想像に過ぎず、的外れかもしれません。

 作家である父親の譲りの創造力、いや、妄想力がなせるわざとご理解ください……。




 ~つづく~

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