遊子と老いぼれ企画屋 ~その9~
いたいた!
あたしの勘通り、喫煙室に山村さんがいました。ぼんやりした顔で電子タバコをふかしています。どうやら彼以外は誰もいないようです。
さてさて、山村さんは素直に話してくださるでしょうか? もしかしたら意外と口が堅いかもしれません。そうならないためにも一計を案じておく必要がありそうです。
あたしは低スペックの頭をフルに回転させました。そして山村さんに関するあることを思い出し、スマホを取り出してある人物にLINEを送りました。
「おつかれさまです」
あたしの声にビクリとして振り向く山村さん。
「誰かと思えば御手洗さんじゃないですか。どうしたんですか。あなたもタバコやるんですか」
「いえ、たしなみません。長生きしたいので」
苦笑する山村さん。
「実はあたしの友人から、山村さんとお話がしたいので声をかけてくれないか、と頼まれまして」
「僕と話しがしたい? 誰ですか」
「企画課の高城詩織さんです」
「えっ、マジっすか!?」
その名前を聞いた瞬間、山村さんの表情は希望と喜びに満ち溢れたかのような満面の笑みになりました。
実はあたし、知っていたのです――。山村さんが、しおりんにぞっこんなのを。
あたしは、山村さんが素直に話してくれない場合を想定して、ここに来る前にLINEでしおりんに協力を要請したのです。しおりんだったら絶対話をしてくれるはずだと。
ちなみに、しおりんは山村さんのことを何とも思っていません。むしろ、いつも自分のことをジロジロ見るキモい奴と言っています。
「もちろん、かまいませんよ」
「よかった! しおりんも喜ぶと思いますわ」
「しおりん?」
「あ、高城さんのニックネームです」
あたしがしおりんにLINEすると、数分後に彼女が現れました。
「こんにちは、山村さん。高城詩織と申します。お忙しい中、あたい……じゃなくて、私の為にお時間をとっていただいてホントにありがとうございます」
役者やのう。
いつも男らしいしおりんが見せる可愛い子ぶりっこの演技に、あたしは思わず吹き出しそうになりました。
「いえいえ、こちらこそ! しおりんさんとお話ができて僕も嬉しいです」
気安く『しおりん』って呼んでんじゃねーよ。と、思わず心の中で突っ込むお下品なあたし。
「それで、お話とは?」
「実は、以前から山村さんがどれだけ友情に厚い方なのか知りたかったんです」
「は? なぜそんなことを」
「あたし、友達を大切にする人が大好きなので……」
そう言って、しおりんは、思わせぶりな表情をしてうつむきました。
山村さんは、え? それってもしかして答えようによってはチャンスがあるわけ? と言わんばかりに目を丸くして頬をほんのり染めます。
しおりん、その演技、見事ですわ。男の純情が生む勘違いを誘って聞き出そうとするその姑息な技。なんと恐ろしい女なのでしょう。絶対、敵にはまわしたくない人ですわ。
「それで、何を話せばいいんでしょうか」
「新井先輩のことです。山村さんは新井先輩とお友達なんですよね」
「ええ、まあ……」
「実は以前、新井先輩がかなり落ち込まれていたことがあったんですが、あれはどうされたのでしょうか。後輩の私も気が気ではありませんでした」
「落ち込んだ? ああ。古田さんの件ですね。いや、彼は古田さんのことをかなり嫌っていましてね。それが原因でおかしくなったみたいですよ」
「でも、それだけの理由であそこまで落ち込まれるものでしょうか。もっと深い理由があったのではないのかと後輩の私は気になって気になって……」
しおりんが、わざとらしく深刻な顔でうつむきます。役者魂全開です。
「う~ん。深いかどうかは知りませんが、嫌ってる理由は単純でしたよ」
いよいよ核心に近づいたことに興奮したあたしは、それを聞き逃すまいと、おしっ! と心の中で叫んで山村さんに向かって一歩踏み出します。
「古田さんが新井君のお父さんにそっくりだったからです。彼、お父さんの事が大嫌いだったみたいで」
ピンポ~ン! あたしのお父様、大正解!
以前、あたしの父は、新井さんが古田さんを異常に嫌う理由を、古田さんが新井さんの父親に似てるからじゃないのか、と読んでいましたが、あたりだったようです。さすが人間を描き続けてうん十年の大衆文芸作家。だてに人間観察を続けてきたわけではなさそうです。
「そっくりって、顔がですか?」
しおりんが間髪入れずにあたしが訊きたかったことを質問します。
「いえ。声と口調が。新井君は生まれたときにお母さんを亡くしたので、お父さんとの二人暮らしだったそうです。お父さんは完璧主義の理工系大学教授で、幼い新井君が少しでも曖昧なことを言ったらそれを許さず叱っていたそうです。で、その叱り方も大声で怒鳴るのではなく、優しい口調で理詰めに追い込んでゆくので、まるで真綿で首をしめられるみたいで辛かった、と言ってました。たぶん、新井君は古田さんの声を聞く度にその頃のトラウマを思い出し、無意識の内に古田さんを排除しようとしたのかもしれないですね」
聞かなきゃよかった――。
ある程度は予測していた話の展開でしたが、そこまで生々しいと、なんか新井さんに対して妙な同情心がわいてきます。
いやいや、それじゃマズイっしょ。
「あと関係ないけど、お父さんが多忙で不在の時が多く、その寂しさを紛らわすためにテレビゲームにはまったとも言ってました」
しおりんは、あたしに目配せしました。以心伝心。その目は「このあとも続ける?」と言っています。真相がわかり、もうこれ以上話を聞く必要もないと判断したあたしは首を横に振りました。
「ちょっとしゃべりすぎたかな? このことは新井君には黙っててくださいね」
山村さんはお願いするようにしおりんに向かって両手を合わせました。
「もちろんです。ありがとう、山村さん。そこまで詳しく話していただいて。山村さんも新井さんのことを本当に心配してらっしゃったんですね。山村さんが新井さんをとても大切にされているのを感じました」
「いや、そこまでは……」
山村さんは視線を下げ、希望に満ち溢れた笑顔で頭をかきます。たぶんしおりんが言った、友達を大切にする人が大好き、というワードが頭の中でウエディングベルのように鳴り響いているのでしょう。
「それでは、私はこの辺りで失礼させていただきます」
「え? もう終わりですか」
「なにか?」
「あの……。もしよろしかったら、今度、食事にでも行きませんか」
マズイです。しおりんに惚れられたと勘違いした山村さんからデートのお誘いです。このままでは面倒くさい事になりそうです。果たしてしおりんは、このピンチをどう乗り越えてゆくのでしょうか? わくわく……。
「二人っきりでですか?」
「は、はい……」
「私はぜんぜんかまいませんけど、一度、彼氏に相談させてください。彼、けっこう嫉妬深いんですよ」
と、屈託のない笑顔で答えるしおりん。
山村さん顔が一瞬で笑顔から驚きへ、そして絶望へのそれに変化しました。
「はい。わかりました……」
山村さんは消え入りそうな声で答えました。
「ちょっと、やりすぎたかなぁ……」
企画室へ戻る廊下で、小事を気にしない男らしいしおりんが、珍しく自省の念にかられていました。
「責めないで、しおりん。悪いのはあたしだから。全部、あたしのせい。しおりんはあたしの作戦に協力にしてくれただけだから……」
「そう! 悪いのは、ゆっこだからね! とんでもない役をあたいにをやらせて」
「ごめんなさい……」
その割にはノリノリでやってたじゃん――と、思いましたが、それを口に出しては彼女の自責の念が無駄になるのでやめときます。
「でも、まぁ、これはこれで良かったのかもね」
しおりんが背伸びをしながら言いました。
「良かった? 何がですの」
「山村さんのあたいに対する発展性のない恋愛感情を、あたい自信の口からすっぱりと諦めさせてあげることができたから。結果的によかったんじゃない?」
そう言って、しおりんはあたしに向かって親指を立てるポーズをとりました。
とことん男前な女子です。しおりんは。
「あれ? あそこにいるのは……」
突然、しおりんに静止させられたあたしは、彼女が指差す方を見ました。そこには廊下の窓から眼下の景色を眺める新井さんがいました。よく見ると右手の甲で赤くなった目を何度も拭いています。
「しおりん。もしかして、新井さん、泣いてる?」
あたしが小声でつぶやくと、しおりんが新井さんを凝視して、うん、とうなずきます。
あたしたちの気配に気づいたのでしょう。新井さんはハッとした表情であたしたちを見やり、逃げるように走り去ってゆきました。
あたしとしおりんが企画室に戻ると、新人の長友君が待ちわびましたとばかりにあたしたちのもとへ走ってきました。その表情は青ざめ、額にはうっすらと汗がにじんでいます。
「どうした、新人くん。そんなに慌てて」
しおりんが長友君の方をポンと叩きます。
「僕、先輩に対して、なんかマズイことをしでかしたようなんです」
「先輩? 誰のこと?」
「新井さんです」
あたしは先ほど泣いてた新井さんのことを思い出しました。まさか、長友君が新井さんを泣かした? いやいやいやいや。それはないでしょう。
しおりんが続けます。
「何があったの」
「ゲームの作者名を言ったら、突然おかしくなられて……」
「意味がわからないな。もっと詳しく説明してくれる?」
「実は新井さんから、一番好きなゲームのことを訊かれたので、不思議島物語のことをお話したんです。すると、偶然にも新井さんも小学生の頃にそのゲームの大ファンだったということで、二人でそのゲームの話題で盛り上がったんです。なんでも、新井さんは子どもの頃、いつも家でひとりぼっちだったので、あのゲームに救われた、あのゲームは自分の恩人だと仰って懐かしんでおられました」
不思議島物語って古田さんが創ったゲームではありませんか。まさか、新井さんがそれを幼少の頃にプレイしていたとは。なんという運命のいたずらでしょう。
「それから僕は不思議島物語の企画者の名まえを新井さんにお教えしたんです。ご存知なかったようなので。すると、突然、新井さんの表情が一変し、慌てて自分の席へ戻ってネットで何かを調べ始められたんです。そして、しばらく茫然とされた後、肩を落とされてここから出て行かれて……」
あたしは動揺する長友君を落ち着かせようと顔近づけて微笑みました。
「大丈夫。気にしなくていいから。長友くんはなにもマズイことはしてませんわ」
「そ、そうなんですか? じゃあ安心しました……」と言って長友君は安堵のため息を吐くと、緊張から解放されたようにリラックスして自席へ戻って行きました。
しおりんが、あたしを肘でつつきます。
「どういうこと?」
「山村さんが言ってましたよね。新井さんは子どもの頃、さびしさを紛らわすためにテレビゲームにはまってたって。どうやら、不思議島物語というゲームがそれみたいですわ」
「救われたとか、恩人だとか言ってたやつ?」
「ええ。そのゲームの生みの親って知ってます?」
「え? んなもん、知ってるわけないじゃん」
「古田さんよ」
「えっ……?」
しおりんは、唖然とした表情であたしを見つめます。
「ちょっと待って……。じゃあ、つまり、それって、新井さんは自分が子どもの頃の孤独を救ってくれたゲームの生みの親である古田さんに対して、あんな酷い事を――」
しおりんは、それ以上言葉を繋ぎませんでした。
しおりんとあたしは新井さんが泣いていた理由を察することができました。そして、しばらくの間、沈黙を続けました。
~つづく~




