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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
31/34

遊子と老いぼれ企画屋 ~その8~

 古田さんが退職してから三週間後――。

 作業中のパソコンに課長からのメッセージが届きました。


『新井君、御手洗さんへ


 今野です。

 先日送ったドラチュウのアイデアに対する制作委員会側から返事がきました。取り急ぎ、要点だけまとめておきます。

 あと、この結果に対するミーティングをしたいので、今日の午後三時に隣の会議室に集合してください。


◆新井案

 とくに斬新さはないが、人気ポータルアプリの要素を分析しアレンジを加えた手堅いものになっている。初めてのユーザーもとっつきやすいだろう。特に電博堂はワールドワイドに展開しやすいフォーマットなので高評価。

 湯深監督は特に感想なし。


◆古田案

 バナーをキャラに返るというアイデアと演出は面白い。ただ、それだけではインパクトに欠ける。ちょっと中途半端な感じがする。

 湯深監督はエヴァンダムのポータルアプリより面白そうとの感想。


◆御手洗案

 斬新だが、いささか冒険し過ぎでは? あとポータルアプリのセオリーから離れすぎてユーザーが混乱し、実用的なものにならないのではと思われる。

 湯深監督は非常に独創的で面白いと好評。


◆総評

 提出されたアイデアの中では新井案が一番現実的か? それに古田案の演出要素が合体するともっと面白くなりそう。


――以上』


「実用的なものにならない……」


 それがあたしのアイデアに対する率直な評価でした。

 まぁ、そんなものでしょう。ポータルとしての機能性を無視し、あたし自身が面白いと感じればいいと思って考えた自己満的なアイデアです。ある程度の酷評はくるだろうと予想はしていました。

 てゆーか、そんなことはどうでもよいのです! なんと、あの憧れの湯深監督から、非常に独創的で面白い、という感想をいただけたんですから。あの世界の湯深監督にですよ。なんという幸甚(こうじん)の至り! なんという光栄の極み! 嗚呼、まさに天にも昇る心地! もうそれだけで、あたしは今回の仕事の目的は果たしたと満足し、燃え尽きてしまいました。

 ふと、あたしは新井さんの方を見ました。その表情はいつになくニヤニヤと緩んでいます。たぶん自分のアイデアが好評だったことに気を良くしたのでしょう。分かりやすい人です。

 そうそう。新井さんが会社を辞めるとか辞めないとかの件ですが、結局、彼は退職を見送りました。どっちでもいいけど、なんとも人騒がせな方ですわ。


 さて、古田さんがいなくなった席ですが、そこには先日入社ばかりの新人くんが緊張した面持ちで所在無さげに座っています。まだ誰からも親しげに話しかけてもらってないのでしょうか? 勝手にそう思ったあたしは、その不憫な彼をリラックスさせてあげようと思いました。

 いかが? あたしって優しいお姉さまでしょ?


「おつかれさま、新人くん!」

「あっ? お、おつかれさまです!」


 突然あたしに話しかけらた新人くんは、驚きと緊張とが混ざった変な表情で椅子からビヨンと飛び上がり直立不動になりました。まぁ! ロボットみたい。なんて初々しくてかわいいのでしょう。


「そんなに緊張しないでください。あたしまで緊張しちゃいますので。さあ、座って、座って」

「は、はい……」


 新人くんは額に汗をにじませながら、そのままゆっくりと椅子に座ります。

 わたしは新人くんに定番な質問を投げかけました。名前は? 年齢は? 出身地は? 出身校は? この会社を志望した動機は? ここではどんなゲームを企画したいの? 個人的に一番好きなゲームは? ――等、あたしって就活の面接官かよと、自分で突っ込みながら。


 新人くんの名前は長友和弘くん。二十歳。福岡から上京し、東京のゲーム専門学校を主席で卒業。志望動機は、将来性がある御社に貢献したかったから、というお手本通りの答え。今までにない斬新なゲームを企画したいという、新井さんが聞いたら小一時間説教されそうな目標を持ち、そして、個人的に一番好きなゲームは『不思議島物語』だそうです。


「不思議島物語? 聞いたことないないわ……。どんなゲーム?」

「大昔のゲームです。スーファミ用の。あまり売れなかったマイナーなゲームです。中学生の頃、中古でプレイしたのですが、これが面白くて。僕は隠れた名作だと思っています」


 その後、長友君は、そのゲームの素晴らしさを夢中になって語ってくれました。それも早口で。さっきまでの緊張ガチガチな新人くんはどこに行ったんか~い? と、思わず突っ込みたくなるほどの周りを気にしない雄弁ぶりです。どうやらその様子から察するに、彼は筋金入りのゲームおたくのようです。


 彼が熱心に語ったゲームが気になったあたしは、自席に戻るやネットで調べてみました。


 あったわ、不思議島物語――。

 ふ~ん。これってフェニックス社のゲームだったんだ。知らなかった。あれ? この名前は……。


 あたしはそのゲームの制作スタッフ一覧を見て、あることに気づきました。


 企画・ゲームデザイン・ディレクション/古田和夫


 古田? まさか……


 あたしは袖机の中に入れておいた名刺フォルダーを取り出し、以前、古田さんからいただいた名刺を探しました。


 あった。古田……和夫。同じだ。古田さんって不思議島物語の作者だったのかな。それともただの同姓同名?

 今度は『古田和夫 不思議島物語』のワードで検索してみました。すると、それにヒットした画像が出てきました。それは不思議島物語のソフトをもって微笑む古田さんの姿でした。ここにいらっしゃった時よりも若く髪の毛もふさふさです。


 やっぱり、そうだったんだ。


 あたしはあることを長友君に伝えようと思いました。実は三週間前まで君の席には不思議島物語の作者さんが座ってたんだよ、と。

 でも、やめときました――。

 それって、長友君を驚喜させる以上にがっかりさせてしまうことにならないか? と思ったからです。くそっ、三週間早くここに入社できてれば古田さんに会えたのに……。なんて彼が奥歯が折れるほど悔しがる姿が目に浮かぶのです。素敵な思い出はそのままそっとしておいてあげるのが彼の為でしょう。


 午後三時――。

 会議室に、課長とあたしと新井さんの三人が集まりました。

 課長が新井さんの資料のコピーをめくりながら「さてと……」とつぶやきます。


「既に、私のメッセージを読んでくれたと思うけど、結論から言えば、今回のドラチュウのポータルアプリは新井君の案で進めてゆくことにしました」


 新井さんがどや顔で、うなずきます。


「ただ、制作委員会側の、新井君の案に古田さんの演出案を合体させるともっと面白くなりそう、という意見にも応えてあげたいので、新井君はそれを踏まえてアイデアをアレンジしてもらえないかな」


 晴れていた新井さんの顔が急に曇りました。


「課長、それ、どうしても古田さんの演出じゃなければだめですか。古田さんのを参考にした僕なりの演出でアレンジするのはだめですか」

「先方は古田さんの演出が気に入ってたみたいだからなぁ……」

「大丈夫ですよ。古田さんのよりもっと面白いものを考えますから。絶対、先方に気に入ってもらえると思いますよ。その自信もあります」


 課長は困った表情で腕を組み、う~んと唸りながらしばし考え込みます。


「じゃあこうしよう。とりあえず先方が希望したように、まず最初に古田さんの演出を合体させたものを作ってくれ。そしてそれを見てもらった後に、君のバージョンを見せよう。そして、両者を比較してもらって、どちらがいいか先方に決めてもらおう。これならどうだ?」


 新井さんは、気の進まなそうな表情で「わかりました」と小声で答えました。


「じゃあ、新井君、よろしくたのむぞ。それでは今日の会議はこれで終わりしようと思うが、そちらからは何かある?」

「とくにありません」と新井さん。

「あの~、課長。ちょっとお話したいことがあるので、この後ちょっとだけお時間をもらえませんか」


 あたしはどうしても課長に訊きたいことがあり、そう願い出ました。


「この後に? 今じゃだめなの?」

「ええ……。ちょっと」


 あたしはそう言いながら新井さんを横目でちらりと見ました。新井さんはあたしのことが気になるのか、目を泳がせて落ち着かない様子です。



「で、話とは?」


 会議室に残った課長は、まるで進路相談にのる教師のように姿勢を正し、真剣な眼差しであたしを見つめます。


「実は、先日、古田さんの送別会をした時に、退職理由をご本人にお訊きしました。しかし何故か自分の口からは話されず、課長か新井さんから訊いてくれと仰いました。その件に関してなんかご存じありませんか?」

「えっ……」


 課長の表情が一変しました。まるで取調室で刑事から尋問される犯人のようにその顔が強張ります。その表情を見て、あたしは古田さんの退職理由がかなり訳ありだと感じました。


「新井くんには訊いてないのか」

「訊いてません。訊いても彼は正直に話さないだろうと思ったからです」

「そうか……」


 課長は強張った顔を緩めます。


「確かに古田さんの口からは言いづらいだろうな……。わかった、話そう。実は新井君が会社を辞めるという噂を聞きつけた古田さんが、私にこう願い出たんだ。――新井くんが辞めたがる原因はこの自分だ。自分の存在が彼を混乱させ仕事にも影響を与えていた。このままでは前途ある若者が去り、老い先短い老いぼれが残るという望ましくない状況になる。だから自分を辞めさせてくれ。そうすれば彼はここに残ってくれるだろう――とね」


 え、マジ? 古田さんって新井くんのために辞められたの? あんな奴のために? 信じられません……。


「でも、さすがに私はそれを拒んだよ。だって、古田さんは社長が周りの反対を押し切って入れた特別扱いの社員だから、そんな理由で彼は辞めますって、社長には言えないからね。すると古田さんはそれに対して、大丈夫です。このことは自分から社長に伝えますから、と言ってくれたんだ」

「社長は、古田さんの退職を認めてくれたんですね……」

「ほんとにおまえは変わり者だな、と言って苦笑してたそうだ」

「新井さんは、そのことを知ってたんですか」

「いや。古田さんに口止めされたので知らない。ただ古田さんが辞めることを伝えただけだ。すると、古田さんの読み通り、新井君は退職することをやめたよ」


 これでわかりました。古田さんがあたしたちに退職理由を仰ってくれなかった理由が――。

 そりゃ言いづらいですよね。言い方によっては、古田さんが新井さんのために辞めてゆく正義の人でみたいにかっこよく聞こえますから。


「ありがとうございました。古田さんの退職理由を聞かせていただいて。それと、もうひとつ――」

「まだあるのかね」

「課長はご存じでしたか? 新井さんがあれほど古田さんを嫌っていた理由を」

「ああ、それか。もちろん訊いてみたよ。でも話してくれなかった。とにかくやりづらくて嫌だというだけで」

「それって、ただの我がままだとは思わなかったんですか」

「正直、思ったよ。でも、今はそういうメンタル的なことを上司が指摘するとパワハラになるからねぇ……。もし、どうしても知りたかったら、本人か、もしくは彼と仲の良い人事の山村君にでも訊いてみたらどうだ」


 新井さんは絶対しゃべってくれないな。じゃあ、あとは山村さんか。彼なら何か知ってそう。


 あたしは会議室から出ると、山村さんがいる確率の高い喫煙室の方へと向かいました。




 ~つづく~

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