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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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遊子と老いぼれ企画屋 ~その7~

 会社から離れた場所にある居酒屋で、あたしとしおりんは古田さんの送別会を開きました。

 満面の笑みを浮かべた古田さんと乾杯をし、軽く世間話をして場も暖まった頃、あたしは思い切って古田さんに会社を辞める理由をお訊きしました。


「ははは……。やはり、それが目的だったのかな?」


 古田さんは苦笑し、手に持ったビールグラスをテーブルにゆっくりと置きました。


「こう言うのも大変失礼なんですが、実は、たぶんこの会の目的は他にもあるのだろうとは思ってました。だって、一か月も在籍しなかったおじさんのために、わざわざ送別の為だけに会を開いてくださるって普通ありえないですからね」


 とっくに送別会の真の狙いを見破られていたあたしとしおりんは、肩をすくめてうつむきました。


「あ、気にしないでください。お二人には在職中に特にやさしくしていただき、口頭でお別れが言いたかったので、こういう場を作っていただいたことにとても感謝しています」

「とんでもないです……」


 送別会を提案したしおりんが、ばつが悪そうな表情で答えました。


「で、私が辞める理由ですが……」


 あたしとしおりんは、思わず顔を上げます。


「申し訳ない。それは、どうしても話したくないんです。一身上の都合ということにしておいてくださいませんか」

「もしかして、新井さんが関係してるんじゃないですか?」


 なんと! しおりんがストレートな質問を古田さんにぶっこみました。

 実はあたしもしおりんと同じ事を思っていました。しかし、確信もないので質問は控えておりました。なのに、しおりんはやってくれました。まさに単刀直入です。なんと男らしい女子なのでしょう。

 しおりんの質問に、笑顔の古田さんが真顔になりました。

 これは、もしかして図星?

 古田さんは顔を少し斜めに向けてちょっと考え込んだ後、グラスのビールを一口喉に流し込みました。


「それはご想像におまかせします。もし、どうしても知りたいというのなら、課長にお訊きください」


 なぜ課長? そんなに言いづらいことなのでしょうか……。ああ、気になりますわ。


「話題を変えませんか? お二人とお話できるのはこれで最後になると思うので、もっと楽しい話がしたいです。グラスが空いてますね。次は何を飲まれます?」


 古田さんはあたしたちから注文を訊くと、店の店員に向かって手を上げました。


 それから――。

 三人の会話は、最近はまっているゲームのことや、ゲームの未来についての話題で盛り上がりました。

 そして、それと比例するように、あたしは酔いも手伝って気持ちが大きくなってゆきました。


「あの~、以前からお訊きしようと思ってたんですが、古田さんは、なぜそのお歳で会社に入られたんですか? それも私たちと同じ平社員として」


 酔いがなせる技でしょうか。大胆にも一番アンタッチャブルと思える質問にあたしは手を出してしまいました。さすがのしおりんも「それ、訊く?」と言わんばかりに目を丸くします。


「かまいませんよ。逆にどうして今まで誰からも訊かれなかったのか不思議でしたよ。たぶん、訊きづらかったんでしょうね。なんか生々しい大人の理由がありそうで」

「訊かせてください!」と心がはやるあたし。

「わかりました。それは、思い起こせば、今から二十年前……」

「その話、長いですか」


 しおりんがすかさず古田さんの定番のボケに反応し、定番の突っ込みで返します。笑う古田さんとしおりん。


「入社した理由はですね、単純に路頭に迷っていたからです」


 げげっ! やっぱり生々しいではないですか!


 その超リアリズムな理由に、あたしは一気に酔いが醒めてしまいました。しおりんも同様に真顔になっています。

 

「あれ? 引いちゃいました? もうこれ以上話すのはやめときますか」


 あたしたちのドン引きの表情とは逆に、古田さんの表情はいたって朗らかです。


「大丈夫ですわ! 聞かせてください」


 あたしは覚悟を決め、まるで被告人の犯罪理由を訊く裁判員のように気を引き締めました。


「実は、昨年まで私が経営していたゲームの下請け会社が倒産しちゃったんです。まぁ、ずっと自転車操業だったのでいつかそのような日が来るだろうと覚悟はしていました。もし過去にヒットゲームにでも恵まれていれば、そのキャッシュフローで生き残ることもできたんでしょうがね」


 同情したあたしとしおりんの眉が八の字になります。


「そうだったのですか……。大変でしたね……。でも、なぜデータウエストに入れたんですか? 普通なら年齢で落とされると思うのですが」

「実は、社長から声をかけられたんです。データウェストの社長の福田さんは、私の古くからの友人だったので」


 えっ!? 古田さんはうちの社長の友人? あたしは思わず緊張してしまいました。いや、別に緊張する必要はなかったのですが、ただなんとなく……。


「私の状況を知った福田さんが、管理職として入社しないかと誘ってくれたんです。いやあ~、あの時は本当に涙が出るほど嬉しかった……」


 その時のことを思い出されたのでしょうか。古田さんの目元に少し光るものが見えました。


「なのに、なぜ普通の社員として入られたんですか?」


 古田さんはちょっとうつむいて照れ臭そうに頭を掻きます。


「やり直したかったんです……。ゲーム作りで一番大切なことを思い出すために」


 言っている意味が分からないあたしとしおりんの口は、まさにポカン状態になりました。


「あの~、仰ってる意味がちょっと理解できません……」

「福田さんにも同じようなことを言われましたよ。おまえは何を考えてるんだ、と。私は福田さんに理解を求めました。自分はゲーム作りで一番大切なものを忘れてしまっている。だからうまくいかなくなった。それを思い出さない限りこの先も同じことを繰り返すだろう。そんな男は管理職の資格はない。だから、一からやり直したいので新人として雇ってくれ、と」


 嘘でしょ? もしかして古田さん、酔っぱらって創作してません? だってそんな青臭い思考の人って、漫画や小説の世界ならまだしも、現実にいるとは考えづらいですわ……。


 あたしの心の針が、虚心と懐疑の目盛りの間を行ったり来たりと揺れ動きます。でも、古田さんが嘘をつかれている感じはしません。それに、実際に新人として入ってきてあたしたちと一緒に同じ仕事をされたという事実も曲げられません。

 揺れ動いていたあたしの心の針は『虚心』――つまり、あるがままに受け入れる目盛りの方で止まりました。


「社長は新人として入ることを許してくれました。もちろん待遇は新人さんと同じです。ただ、人事の方には猛反対されたそうです。絶対現場で問題が生じるからやめてくれと。でも、社長はそれを無理に通してくれました。その代わり、何が起こっても責任は私がとるように、という条件付きで」


 古田さんが入社してずっと抱いていた疑問が、この瞬間すべて晴れました。

 あ~、すっきりした!


「あのう……古田さん」

「なんでしょう」

「さっき言われた、ゲーム作りで一番大切なもの――って、何だったんですか」

「それは、お二人には既にお伝えしたと思います」


 あたしとしおりんはお互いの顔を見合い「あ!」と声をあげました。


――自分が考えたアイデアを、自分自身が子どものように楽しめたら、そのアイデアは評価される――


 あたしたちは、以前、古田さんからいただいたアドバイスのことを思い出しました。


「私も若い頃はその事を信じていました。実際、その気持ちでゲームを創っていました。ところが、会社を立ち上げ経営者になった時から現実主義者になり、マーケティングやユーザーニーズのデータ、そしてヒットゲームの分析を優先するようになってしまいました。正直、ゲームを創る楽しさなんか二の次でした。そのおかげと言っては語弊がありますが、データに基づいた企画プレゼンには説得力があり、いつもクライアントに一発で通すことができました。ところが、何故かなかなかヒットには繋がらない……。それからあとの顛末(てんまつ)は、先ほどお話した通りです」


 プライドを捨て、包み隠さず自分の過去を話してくれた古田さんのその正直さに、あたしは心を動かされました。しおりんも同様なのでしょうか。先ほどから黙ってテーブルを一点を見つめたままです。


「お? もうこんな時間ですか。そろそろうら若きお嬢様方はご帰宅されたほうがよいと思いますよ」


 あたしとしおりんはスマホで時間を確認しました。午後九時前。帰宅するには丁度良い時間です。


「今日はこんな老いぼれのために素晴らしい場を設けてくださって、本当にありがとうございました。お二人といろんなお話ができて楽しかったです」


 古田さんはそう言ってあたしとしおりんに深々と頭を下げられました。その頭頂部には、古田さんに初めて挨拶された時に見た砂漠化地帯がありました。でも、今日のお話を聞いてその砂漠化地帯ができた理由がわかると、何故かそれがとても(いと)おしく感じられてくるのが不思議です。

 嗚呼、愛おしきハゲ……。


 居酒屋から出ると古田さんは再度あたしたちに頭を下げました。残念。ハンチング帽をかぶってらっしゃったので、愛おしきハゲは見えません。


「それではこれで失礼します。お二人のこれからのご活躍を心から祈っております。それではお元気で」

「古田さんもお元気で!」


 あたしは手を振り、しおりんはいつもの親指を立てる(サムズアップ)のポーズをしました。古田さんはそれを笑顔で返し、そして夜の雑踏の中へ消えてゆきました。




 ~つづく~

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