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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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遊子と老いぼれ企画屋 ~その5~

「ゆっこ、また頭が爆発してるよ。どう? 調子は」


 背後で声がしました。しおりんです。


「だめ! つらい! スランプで~す!」

「おやおや? 珍しい。タフなメンタルのゆっこさんから弱音が聞けるとは。どうしたの?」


 あたしは掻きむしったボアボアの金髪を手櫛で整えました。


「なんか、頭の中がごちゃごちゃしちゃって、ぜんぜんアイデアが出てこないの」

「ふ~ん……。ドラチュウの仕事だから肩に力が入り過ぎてんじゃないの? いつものようにお気楽にやればいいのに」

「そうしたいんだけど、今回の仕事はそうもいかなくて……」

「ん? 何観てんの」


 しおりんが、あたしの横顔にくっつけるようにパソコン画面をのぞき込みます。


「ドラチュウかぁ。これ面白いよね。私も大好き。これ観てるとさ、なんか子どもの頃のように無邪気な気持ちになれるんだよなぁ」

湯深(ゆぶか)監督に会ったよ」

「えっ! マジ?」

「うん。先週の会議で」

「どんな感じだった!?」

「う~ん、普通のおじさまかな。ちょっとオタクっぽかったけど」


 そのあと、あたしは会議での監督の発言をしおりんに伝えました。


「へぇ、監督がそんなこと言ったんだ。ぜんぶこちらにまかせるって。凄く信頼されてるみたいで凄いじゃん。でも、逆に凄いプレッシャーだね」

「でしょ? あたしの気持ち、わかってもらえて?」

「わかったわかった。ゆっこが弱音を吐くのも仕方ないね」

「ねえ、なにかアドバイスしてよ」

「アドバイス? 御冗談を。あたいなんかにできるわけないじゃない。だったら、あの大先輩に訊けば?」


 しありんが首を振った先には、パソコンに向かって黙々と仕事をする古田さんの姿がありました。


「もう訊きましたわ」

「なんだ。じゃあ、そのアドバイスにしたがえばいいじゃん。あたいも先日、仕事に行き詰まってアドバイスしてもらったんだけど、効果あったよ」

「ほんと? もしかして古田さん、こんなこと仰ってなかった? 自分が考えたアイデアを、自分自身が子どものように楽しめたら、そのアイデアは評価される――みたいな」

「うん、そうそう。そんな感じのこと言ってた。それで、それを信じて余計なことを考えずに、自分が好きなように……てゆーか、ほとんど自己満なアイデアを出したら、あら不思議。ディレクターに、これ面白いじゃん、って評価してもらったよ」

「うそ。自己満なアイデアが?」


 にわかには信じがたい話ですが、しおりんがあたしに嘘をつくはずがありません。ならば、あたしもやってみようかな。少なくても新井さんの(やっす)い忠告よりはトライする価値がありそうです。


「ありがとう、しおりん。あたしもやってみるよ」

「うん。その方がいいよ。ゆっこはあまり小難しいことは考えず、いつものようにマイペースでお気楽にやってったほうが、ゆっこらしくていいよ」


 ん? なんか古田さんと同じようなこと言ってるし……。あたしって、周りからそんな風に見られてるのかな? うん。たぶん見られてるのでしょう。


 しありんはいつものようにビシッと親指を立てる(サムズアップ)ポーズをとって自席に戻って行きました。ところで、あのポーズ、どこで覚えたのかしら?




 今野課長にアイデアを発表する日がやってきました。途中、制作委員会との急な会議が入ったので一週間締め切りが延びての発表です。

 小会議室ではテーブルを挟んで課長に向かい合うかたちで、新井さん、あたし、古田さんの順で席についています。


「じゃあ、アイデアを聞かせてもらえるかな」


 課長はテーブルに両肘を置いて手を組み、笑顔であたしたちを見廻しました。かなり期待されてる雰囲気です。


 一番最初に手を上げて発表したのは新井さんでした。


「湯深監督が仰ったように、面白さのみを追求するのもいいとは思います。でも、ポータルの本来の目的は求める情報の検索のし易さ、つまりその機能です。私はそこは外さず、それに面白さを追加するかたちでアイデアを考えてみました」


 そう言いながら新井さんはそのイメージイラストをテーブルに広げました。

 あれ? どこかで見たことがあるような……。


「なんか、エヴァンダムっぽいね」


 あたしより早く課長がつっこみました。すると新井さんは早口で説明を継ぎます。


「見た目はそうかもしれませんが、触るとぜんぜん違います。まずバナーのスクロールをエヴァンダムよりもっと気持ちよくし、タップした時の反応ももっと派手なアニメにさせ、小さな子が触って楽しいものになるように考えています。これをご覧ください」


 新井さんはコピーされた別紙の資料を皆に配りました。それにはバナーのアニメの例がたくさん描かれてありました。


 なんか、楽しそう……。


 あたしは素直にそう思いました。新井さんのいびつな性格からは想像できない夢のある内容です。それ以外は特に尖がった斬新なところはありません。でも、エヴァンダムの良いところを素直に踏襲し、さらにそれにアレンジを加えて膨らませた手堅いアイデアです。これなら制作委員会各社も納得されるかもしれません。

 ただ、湯深監督がどう思われるかは知りませんが……。


「面白いね。じゃあ、次は……」


 あたしより一瞬早く古田さんが手を上げました。

 しまった先を越された! あたしがトリになった。やだやだ。だって、一番最後の発表って不利なんですもん。過剰に期待されて評価が厳しくなる危険性があるから。――あ! でも、心配しなくても誰も期待してないか……。


 古田さんのアイデアが描かれたイメージイラストを見てあたしは驚きました。

 そこにはポータルアプリでよく見るスタイリッシュなバナーはひとつもなく、代わりにドラチュウに登場するキャラたちのアイコンが並んでいるだけでした。


「このキャラたちがバナーの代わりです。タップすると各キャラが必殺技のアニメをします。たぶんテレビアニメが好きなファンはこの方が楽しいんじゃないかなと思いまして」


 課長もポータルアプリのセオリーを無視したそのアイデアに目を丸くしました。


「でも、それじゃあ、わかりづらくないですかね。それに――」


 いつも通り反論しようとした新井さんを、課長が手で止めました。


「新井君。評論はいいから。今日の会議の趣旨はそれじゃないよ」

「あ、はい……」


 注意され大人しくなった新井さんを見やり、あたしは椅子から腰を浮かして古田さんの資料を覗き込みました。

 

 なんか、子どもっぽい……。おじさんが考えたアイデアには見えないわ。


 古田さんはあたしにしてくれたアドバイスのようなやりかたでアイデアを考えられたのでしょうか。その資料のイメージからは、五十歳過ぎた熟練ゲーム企画屋の手堅さはなく、むしろ、今までのポータルアプリとは真逆なものを目指そうという意思さえも感じられました。


「いやはや、驚いたな。古田さんからこんな無邪気なアイデアが出てくるとは……」


 そう言って苦笑する課長のその顔は、明らかにとまどっていました。


 最後にあたしの発表です――。


「なるほど、その手できたか! いやあ~これは楽しそうだ」


 あたしがアイデアのイメージイラストをテーブルに置くや否や、古田さんが称賛の声をあげました。逆に課長と新井さんは、まさに『目が点』な表情です。


 あたしが考えたアイデアはこのようなものでした――。

 画面にはポータルアプリのようなバナーはありません。キャラのグラフィックがバナーの代わりになります。ここまでは古田さんのものと似てます。しかし、違うのはそれからです。

 キャラたちは二次元ロールプレイングゲームのマップような森の広場の中で動き回っています。そのキャラをタップしたら各情報画面へ遷移するのですが、ポイントはそのキャラをタップするのが容易ではないというところです。タップしようとすると逃げ回ったり、いきなりユーザーに攻撃してきたりするのです。

 つまり――情報はキャラを倒し捕まえたご褒美。そう簡単に教えてあげないよ――、という設定なのです。

 どうです? ポータルアプリのセオリーを完全に無視したアイデアで呆れたでしょ? 自己満でしょ? でも、あたし的にはこのアイデアが楽しくて仕方ないのです。あたしはこういうポータルアプリをやってみたい……。


「ふざけんな……」


 新井さんが眉根を寄せて小声でつぶやきました。

 課長も口に出さねども、その苦笑した表情で新井さんと似た感想を持っていることがわかります。


「ふざけるな? それは言い過ぎですよ、新井さん。少なくても私にはとても斬新なアイデアに思えました。そもそも自由なアイデアの発表の場で、発表者に対してふざけるなという発言は、いかがなものでしょうか」


 驚きました! あの大人しかった古田さんが強い口調で新井さんに反論したからです。すると、新井さんも負けじと人を小馬鹿にするような目つきで反論します。


「古田さん。あなたもこの業界長いんでしたらおわかりじゃないんですか? 自由なアイデアを出してよいと言われても、ものには限度というものがあると。それがわかるのが私たちはプロじゃないのですか? 逆に、それも分からずに貴重な会議の時間を無駄にして発表する人間の方が、いかがなものかと私には思えますが」

「いえ、そうは思いません! それは詭弁です! アイデアに限度というものはないし、プロだから限度を持つべきという新井さんの主張は、今までの私の長年の業界人生の中で一度も聞いたことがありません。新井さん。いくら自分が理解できない、もしくは理解したくないからといって、そのような詭弁を弄してまで人のアイデアを否定してだめですよ!」


 いつもの古田さんと違う――。


 そこにはいつもの温厚な古田さんの表情はなく、長年この業界で生き抜いてきた五十を過ぎた怒れる職人の顔がありました。その気迫に押された新井さんは、まるで厳格な父親に叱られた子どものように、シュンと大人しくなってしまいました。正直、あたしもちょっと怖かったです……。


「まあ、まあ、古田さん、そこまで仰らなくても……」


 課長が慌てて古田さんをパタパタと両手で制止し、その場を収めようとします。


「す、すみません……。年甲斐もなく熱くなってしまいました」


 古田さんが新井さんに向かって頭を下げました。新井さんはなにも言わずただうつむいてます。よく見ると――、えっ、マジ? 目に光るものが見えます。

 もしかして、この状況ってあたしのせい? あたしがあのアイデアを出したせい? あたしは、よくわからない自責の念にかられ、心苦しくなってしまいました。


「え~、三人しかいない割には多様性に富んだアイデアが出て、なかなかよかったんじゃないかと思います。皆さん、おつかれさまでした」


 気まずい雰囲気に耐えられなくなったのでしょうか。急に課長が今日の会議のまとめにかかろうとします。


「この後、あたしたちはどうすればいいんですか」

「とりあえず制作委員会の反応も知りたいので、みなさんのアイデアをこのまま送ろうと思います。みなさん、今のアイデアを簡単な仕様レベルまでまとめた資料を作っといてもらえますか」


 課長のその指示の後、会議は気まずい雰囲気を残したまま終了しました――。


 古田さんはまた課長に呼び止められ、会議室に残られました。


「おまえ、ずいぶんあのおっさんに好かれてるじゃねーか」


 会議室から出た新井さんが、いきなりあたしに絡んできました。


「何が言いたいんですか」

「だって、おまえのむちゃくちゃなアイデアをあんなにムキになって擁護するって、それ以上考えられないだろ?」

「やめてくださいませんか。そんな下衆な発想は」

「そうかな?」

「ふ~ん……。そっか! よっぽど悔しかったんですね」

「な、なにがだよ」

「古田さんに注意されたことが」

「なんだよ、それ! ぜんぜん悔しかねーよ」

「あら? その割にはうつむいてメソメソしてたじゃないですか」

「な、なんだと……」


 信じられない!

 なんと激高した新井さんが、いきなりあたしの胸ぐらにつかみかかってきたのです。



 ~つづく~

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