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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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遊子と老いぼれ企画屋 ~その4~

古田(ふるた)さん、ちょっとお話があるんですが……」

「えっ、私に? なんでしょう」


 制作委員会との会議の後、あることが気になって仕事に行き詰ったあたしは、五十歳を超えた大先輩で同僚の古田さんからアドバイスをいただこうと、声をおかけしました。


「わかりました。じゃあ、他のプランナーさんの邪魔にならないように、隣の会議室でお話をうかがいましょうか」


 誰もいない会議室に移動したあたしと古田さんは、テーブルを挟んで向かい合います。


「それで、お話しとは」

「実は、湯深(ゆぶか)監督の発言に対して古田さんのご意見が聞ければと……」

「監督の発言? どういうところですか」

「監督はあたしたちが納得できるおもしろいアプリになれば良いと仰ったんですが、本当にそれでよいものかと。なぜなら、今回のポータルアプリのプロジェクトは監督だけのものじゃなく制作委員会各社のものでもあるじゃないですか。いくら一番偉い監督がそう言ったとしても、やはり各社も納得できるアイデアを考えるべきではないかと思ったんです。そう思ったら、アイデアが出なくなって……。それで、古田さんはそれに関してどう思ってらっしゃるのかと――」

「監督の仰った通りでよいと思います」


 うわっ早っ! 即答! もっと熟考されて答えられると油断していたあたしは面食らいました。


「で、でも、古田さん。なんだかんだ言っても、この企画の最大目標は収益を上げることじゃないですか。それを置いといて面白いアイデアだけを考えても制作委員会各社が納得するはずがないと思います。もしそうなったら、このプロジェクト自体が進まなくなってしまい、宮田部長が期待されている新規事業の可能性も消えてしまうのでは……」


 古田さんはあたしの意見を真剣な眼差しで聞いたあと、うつむいて、ふうと軽く息を吐きました。


「御手洗さん。ちょっと質問してよろしいですか?」

「え? ど、どうぞ」

「御手洗さんは、あのポータルアプリのアイデアをいったい誰のために考えようとされてるんですか」


 えっ? 誰のため? な、なんて基本的かつベタな質問なのでしょう。そんな質問されたのはゲーム専門学校の企画の授業以来です。


「もちろん、このポータルアプリを楽しんでもらうユーザーのためと、あとクライアントである制作委員会やそれを請け負う我が社のためですが……」

「欲張りすぎです」

「は?」

「それら全ての為のアイデアを出そうなんて、無理ですよ」

「無理……」


 ちょっと意外でした。仕事に対して何事にもポジティブそうな大先輩の古田さんの口から、まさか無理の二文字が出てくるとは予想だにしてなかったからです。


「御手洗さんは、今までたくさんの企画やゲームアイデアを考えてこられましたよね」

「はあ。一応、三年近くもここでやらせてもらってるので……」

「ちょっと失礼な言い方で申し訳ないのですが、その中には評価の高かった企画やアイデアもありましたよね」

「えっ? まあ、それなりに……」

「じゃあ、なぜ、それらは評価が高かったのかとお思いですか」

「う~ん、それは……。面白かったから――だと思います」

「ははは……。たしかにそうですけど、私が訊きたかったのは、なぜ面白いものになったのかというその理由です」

「ああ、そういう意味ですか……。それはですね――」

「ゲームの女神さまからのお告げで(ひらめ)いたから――というのは、なしですよ」


 げげっ! まさに、そのように答えようとマジで考えていたあたしはビビりました。


「すみません。わかりません……」

「いえいえ、謝ることはないですよ。たぶんその理由はですね、その時の御手洗さんは、ただ一人のためだけに考えていたからだと思うのです」

「ただ一人のため? 誰でしょうか」

「御手洗遊子さん――あなた自身です」

「はぁ~?」


 あたしは古田さんの詩的(ポエミー)な答えが理解できず、思わず素っ頓狂な声をあげてしまいました。


「あれ? ちょっと分かりづらかったかな……。じゃあ、言い方を変えます。つまりですね、周りの余計なことを気にせず、御手洗さん自身が純粋に面白いと思ったアイデアを、御手洗さん自身がまるで子どものように楽しめたから、ということです」


――あたしが考えたアイデアを、あたし自身が子どものように楽しめたから――


「でも、なぜそのことが評価に繋がるんですか?」

「子どもは純粋に面白いものしか興味がないからです。大人の作為なんか通用しません。だから、子どものように楽しめた面白さは周りの人間にも素直に通じるんです」


 う~ん。わかったような、わからないような……。

 残念ながら、あたしは古田さんのアドバイスを理解することができませんでした。


「ありがとうございました。参考になりました」


 若輩者(じゃくはいもの)のあたしの頭脳ではこれ以上古田さんのアドバイスは理解できないだろうと思い、誠に勝手ながらこの場を終わりにさせていただこうと思いました。すると、あたしの少し困惑した表情に気づかれたのでしょうか。古田さんが申し訳なさそうな顔でこう仰いました。


「ごめんなさい。かえって混乱させてしまったようですね。どうも歳をくうと話が抽象的になって……」

「いえいえ! そんなことはないです。おかげさまで少し気が楽になりました」


 あたしは古田さんに礼を言い、椅子からたち立ち上がって会議室から出ようとしました。すると、古田さんがあたしを呼び止めます。


「御手洗さん。あれだけあなたにあれこれ言っておきながら、最後にこう言うアドバイスで締めるのもどうかなと思いましたが、やはり言わせてください」


 え? いったい何を言うんだろう。ちょっとドキドキ……。


「御手洗さんはあまり周りのことは気にせず、いつもの御手洗さんらしくマイペースでやってゆけばそれで良いと思います」


 ええっ? そういう締めですか。ちょっと期待外れ……。

 でも、結局、そのアドバイスがあたしにとってはベストなのかもしれません。ありがとう、古田さん。気を使っていただいて……。


 あたしはそう思いながら、古田さんに頭を下げました。




「おい、御手洗。あの老いぼれと何話してたんだよ」


 自席に戻り作業をしていると背後から不愉快な声が聞こえました。ああ、鬱陶しい! 新井さんです。あたしは振り向く気にもなれず、そのままパソコンを見続けます。


「新井さんには関係ないじゃないですか。それと、もう、古田さんのことを老いぼれと言うのはやめてくださいませんか。そもそもドラチュウのプロジェクトから首の皮一枚で降ろされなかったのは古田さんのおかげなのに、その恩人に向かってそういう言い方するって、新井さんの人格を疑いますよ」


 新井さんはそれには何も答えず、代わりに「ふん」と鼻を鳴らしました。


「あの、何か用ですか? 背後霊のようにずっとそこに立たれていると、気になって仕事に集中できないんですが」

「忠告に来たんだよ」

「は?」


 思いもよらぬ言葉に、あたしは不覚にも新井さんの方を振り向いてしまいました。


「なんですか、忠告って」


 新井さんは古田さんの方をチラリと見やり、声のボリュームを三つほど下げました。


「おまえ、さっき、あの老いぼ……古田さんからアドバイスを受けてたんだよな」

「えっ!? 盗み聞き聞きしてたんですか? まじキモっ!」

「ち、ちげーよ! 俺も馬鹿じゃないから、それぐらいのことは予想できるよ」

「なら、わざわざ確認しに来なくてもいいのに。暇ですね」

「気を付けたほうがいいぞ。あの世代のアドバイスは」

「なにが言いたいんです?」

「どうせ、精神論的なことを言われたんだろ。周りのことは気にするな。自分が一番楽しいと思えるものを考えろ、とか」


 あれ? なぜわかったんだろ。


「それのどこが悪いんですか」

「お、図星か。じゃあ、やめといたほうがいいぞ、そんなやり方。古田さんが若い頃のゲーム業界だったらまだしも、今の高度で複雑化した業界では、マーケティングやユーザーニーズもきちんと分析して考えとかないと、ただアイデアが面白いだけでは通じねーぞ」


 なんだ。そんなことか――。

 忠告というから、よっぽどのことを言うのかと期待したのに。拍子抜けですわ。


「それぐらいのことは新井さんに言われなくてもわかりますよ」

「そっか。じゃあ、余計な忠告だったな」


 新井さんは再び古田さんの方をチラリと見やり、なぜか満足したような表情で自席へ戻ろうとしました。


「ちょっと待ってください」

「なんだよ」

「新井さんにもアドバイスして欲しい事があります」

「おっ? 珍しいな。お前が俺にアドバイスを求めるとは。任せろ。なんでも答えてやるぞ」

「なぜ、湯深(ゆぶか)監督は、あたしたちが納得できるおもしろいアプリになれば良いと仰ったんでしょうか。まるで古田さんのアドバイスと同じようでしたわ」


 新井さんが細い目を丸くしました。


「さ、さあね……。監督も古田さんと近いおっさん世代だから、そういう精神論的なやりかたが好きなんだろ」

「へんだなぁ……」

「なにが」

「新井さんは、そんな精神論的なやり方では今の時代に通用しないって言いましたよね。でも、なぜか湯深監督は今でも大ヒットアニメを次から次へ作ってるじゃないですか。なんか矛盾してませんか?」


 新井さんはギョッとした顔をしてあたしの問いにすぐに答えず、しばらく考え込みました。


「矛盾なんかしてねーよ……」

「え?」

「監督もマーケティングやユーザーニーズの重要さは十分わかってるはずさ。それを前提であんな精神論風なことを言っただけさ。古田さんが言ってることとは根本的にちげーよ」

「そうかなぁ……。あたしにはそんな風には見えなかったけど」

「じゃーな!」


 新井さんはまるであたしとの会話を断ち切るかのように、さっさと自席へ戻って行きました。


 とりあえず、キモい背後霊がいなくなってホッとしたあたしはアイデア出しを再開します。でも、背後霊の野郎が余計な忠告をしやがったせいでうまくはかどりません。


 あ~ぜんぜんだめ……。仕方ない。こういう時は――


 と、思うが早いか、あたしは作業中のパワポをいったん閉じてパソコンにヘッドフォンをつなぎました。そしてブラウザで動画サイトを開き、公式にアップされているドラチュウのアニメ動画をひとつひとつチェックしてゆきました。


 面白いなぁ……。どうすればこんな面白いアニメが作れるんだろう。


 あたしはアニメの面白さを分析しようと、気づいたことをノートにメモしようとしました。でも、すぐにやめました。まずアニメに集中できないし、そんなことをしたところで、論理的に考えることが苦手なあたしにはあまり役にたたないような気がしたからです。


 あたしは素直にアニメを楽しむことにしました。



 ~つづく~

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