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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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遊子と老いぼれ企画屋 ~その3~

 あたしはアイデア出しの参考のために、スマホで今一番人気があるアニメのポータルアプリを調べることにしました。人気があるということは、それなりに理由があるはずだからです。


「ああ、やっぱりこれか」


 ランキング一位は、『エヴァンダム』という社会現象にもなった超人気ロボットアニメのそれでした。

 なるほど。人気ポータルアプリの第一条件は、まずアニメ自体が大人気であるということのようです――。てゆーか、あたりまえじゃん!


 トップ画面は、『最新ニュース』『動画配信』『関連アプリ』『関連グッズ』等の項目がわかりやすく分類され、そこから素早く詳細な情報画面へ遷移(せんい)できるようになっています。

 アイコンやバナー類のデザインもエヴァンダムの世界観に忠実なメカニカルなもので、今風の表現で言えば「かっけー!」です。アイコンもタップするとアニメし、それも「かっけー!」動きです。

 ぶっちゃけ、よくできています。情報の入り口(ポータル)画面としてはデザイン、機能とも文句なしです。IT業者もなかなかやってくださいます。


――IT業者も発想できない、今までにない新しいポータルアプリを考えてほしい――


 あたしは今野課長から言われた指示を思い起こしました。


(これ以上のものを考えろって、いったいどうすればいいの。わかんな~い!)


 あたしは途方にくれて思わず金色に染めた長い髪をぐしゃぐしゃに掻きむしりまいました。


「どうしたの、ゆっこ? 頭、爆発してるよ」


 背後から声がしました。

 声の主は、ここのプランナーたちの中で唯一気が合う同僚の、しおりん、こと、高城詩織(たかぎしおり)でした。

 しおりんは、あたしより二つ年上で、そのボーイッシュな風貌と小事にこだわらないさっぱりとした性格が魅力的な女性です。


 あたしは乱れた髪を手櫛で整えながら、しおりんに今の仕事内容を説明しました。


「あれ? ゆっこもやってたんだ。それ」

「え? 知ってたの」

「うん。あいつが訊かれもしないのに、べらべらと周りにしゃべってたから。それも自慢げに」


 しおりんが首を振った先を見ると、あの方がいました。新井さんです。


「自慢げにしゃべってたって、ほんと?」

「うん」


 どういうことでしょう。あれほどドラチュウの仕事には興味がないと言ってたくせに。


「多分、浮かれてんじゃないの? ドラチュウはビッグタイトルだから、もし自分のアイデアでプロジェクトを成功させたら、企画室(ここ)から上級部屋へレベルアップできるからね」


 ほほお。つまり、ドラチュウは好きじゃないし興味もないけど、出世できるチャンスなら話は別ということでしょうか。なるほど。新井さんの考えそうなことです。


「ゆっこ。絶対あんな奴に負けないでね。あたい、応援してるから!」


 しおりんは、ビシッと親指を立てる(サムズアップ)ポーズをとって自席に戻って行きました。

 あたしは再びスマホのエヴァンダムのアプリに目を落としました。


(ん? ちょっと待って。もし、あたしのアイデアが通ってプロジェクトが成功したら、あたしも出世しちゃうのかな? そうしたら仕事の量や責任が増えるのかな? もしそうなら、それはちょっと嫌だなあ……。あたし、企画室(ここ)でのんびりと仕事してるのがいいんですけど……。でも、大好きなドラチュウの仕事はあたしのアイデアで成功させてみたいし……)


 嗚呼、揺れ動くゲーム屋の乙女心。あたしの頭の中で葛藤のキャッチボールが始まります。まあ、でも、よく考えれば、それは虎の狸のなんとやら。そん時はそん時で、そん時のあたしにまかせれば良いのです。

 それはそれとして――。

 あたしはプレーリードッグのように上半身をひょいと伸ばして新井さんと古田さんの方を見ました。二人ともパソコンに向かって黙々と作業をしています。その時、あたしのパソコン画面からポ~ンという着信音がなり、同時にメッセンジャーの小さなウインドウが現れました。クリックして開くと、送信者は課長でした。


『新井くん、御手洗くん、古田さんへ

今野です。

急ですが、今週の金曜日の午後三時から、ドラチュウ制作委員会の方々とミーティングをすることになりました。

内容はお互いの顔合わせと、ポータルアプリに関する意見交換です。

ちなみにドラチュウのアニメ監督もいらっしゃるそうです。

各自、質問、意見などがあれば事前に用意しといてください』


(えっ!? アニメ監督って湯深(ゆぶか)監督のこと? それって、もしかして監督に会えるということ?)


 あたしは興奮のあまり「うおっ!」と吠えてのけぞってしまいました。隣のプランナーが何事かとあたしをチラ見します。

 湯深監督はドラチュウの他にも数々の大ヒットアニメを手掛けられている、日本のみならず世界的にも有名なアニメ監督です。あたしも大ファンです。まさか、その方にお会いできるとは! 

 このメッセンジャーは古田さんも新井さんも見てるはず。反応が気になって、あたしは再び上半身を伸ばして二人を見ました。

 ところが、二人とも何事もなかったように先ほどと変わらず黙々と作業を続けていました。アニメ監督にはあまり興味がないのかな? 



 金曜日 午後三時 大会議室――


 ドラチュウ制作委員会の方々と、あたしたちデータウェストのメンバーがテーブルを挟んで向かい合って席についています。

 制作委員会からは、東京テレビ(テレビ局)、電博(でんぱく)堂(広告代理店)、スタジオギブロ(アニメ制作会社)、ビッグプラネット(グッズ制作会社)各社の代表一人ずつと、湯深監督の合計五人が。データウェスト側からは、宮田開発部長と今野企画課長、そして新井さん、古田さん、あたしの五人が出席しました。

 初顔合わせということで全員が緊張の面持ちでしたが、ひとりだけ、ニヤニヤしながらずっとスマホをいじってる方がいらっしゃいました。そう、そのお方があたしの憧れの人、湯深監督でした。

 黒縁眼鏡に無精ひげ。黒いハンチング帽にTシャツとGパン。その風貌はだれがどう見ても、秋葉でうろついている冴えないオタクのおっさんそのものです。そのダサい服装センスは湯深氏天性のものなのか? それとも氏の高名を隠さんがための世を忍ぶ仮のものなのか? あたしには知る由もありません。


 会議は電博堂の軽部(かるべ)さんの司会で始まりました。まず、出席者全員に自己紹介を促し、次に本会議の目的を説明されます。よどみのないてきぱきとした司会ぶりです。

 それにしても軽部さんは明るいお方です。むしろ明るいを通り越してそのお名前のように軽いです。データウェストの開発部にはこのような明るい人種は皆無です。見たことありません。広告代理店の方って、その特殊な環境で仕事をされるがゆえに、ああいう人種に進化されるのでしょうか? あたしはまるで新種の生物を発見したダーウィンのような気分で軽部さんを観察しました。


「それでは今から、ドラチュウポータルアプリに関するお考えやご意見をフランクに交換し合いたいと思います。どうぞ、皆さま、ご遠慮なく発言していただければ幸いです」


 以下、あたしがノーパソでメモった各社からの意見です――。


*東京テレビ

 新着情報は弊社のエヴァンダムサイトを優先させ、動画配信のシステムに関しては別途ご相談させてほしい。

*電博堂

 ポータルアプリが日本で成功したら、海外版も考えたい。特にヨーロッパと東南アジア。

*スタジオギブロ

 世界観は壊さないように。オリジナルのグラフィックが必要な場合は弊社で作成させてほしい。

*ビッグプラネット

 グッズの決算システムに関しては弊社サイトとの兼ね合いから、別途ご相談させてほしい。


*制作委員会に共通した意見

 とにかく他の人気ポータルアプリとは差別化された新しいコンテンツにしたい。それにより、ドラチュウの世界観をさらに広げ、新たなるネットビジネスへと発展させたい。


*データウェスト(主に部長と課長)

 ポータルアプリ制作をIT系ではなく、あえてゲーム開発会社にまかせることのメリットとデメリットは意識してほしい。


 そして最後に両者から共通して出たのは――このアプリでどれくらいの収益があげられるか?――という意見でした。

 そう、なんだかんだ言っても、最終的に一番重要なポイントは『収益』です。趣味や慈善事業をやるのではないので、真っ当な意見だと思います。はい。


「企画原案者であられる湯深監督からは何かございませんか?」


 電博堂の軽部さんが、ずっとスマホをいじって何も発言しなかった湯深監督にに訊きました。その腫れ物に触るような遠慮気味な口調は、この場のヒエラルキーを感じさせます。

 監督はハッと我に返るようにスマホから目を離し、照れ臭そうに頭を掻きました。


「あ、意見ですか。そ、そうですねぇ……」


 その声はテレビやネット動画などで拝聴する声と全く同じでした。きゃっ! (なま)の湯深監督の声だ! あたし中のミーハー魂がキュンキュンと震えます。

 ドラチュウの生みの親でもある監督はどういうクリエイティブな意見を持っているのだろう。あたしのみならず参加者全員の目も期待にキラキラと輝きます。

 監督はうつむいてしばらく考え込んだあと、おもむろに口を開きました。


「私からは特にありません。とにかくおもしろいアプリになれば、それで良いと思います。データウェスト様におまかせします」


 なんと! なんと普通な意見なのでしょう!

 聞きようによっては、なげやりな意見にも聞こえます。参加者全員は「あはは……」と、気の抜けた愛想笑いで答えるしかありません。


「監督! 監督はドラチュウの世界観を大切にしていらっしゃる原作者でもいらっしゃいますので、何もないことはないと思うのですが。本当にアプリに対してなにかご希望とか、アイデアとかはないのでしょうか?」


 突然、新井さんが監督に対して疑問を呈するとも聞こえかねない意見を放ちました。場の空気がピリッと緊張し、宮田部長と今野課長の眉根が寄ります。

 そりゃそうでしょ。うちの部長や課長のみならず、制作委員会の方々全員が大人の世界のヒエラルキーを遵守し、監督に対して並々ならぬ気を使ってらっしゃるのですから。

 そんな御前会議のような場でそれを無視し、堂々と発言してしまう新井さんの積極性というか、情熱というか、鈍感さというか、ただ目立ちたいだけというか、その態度にあたしは唖然としました。


「すみません、監督。弊社の者が失礼な言い方をいたしまして……」


 宮田部長が新井さんを睨み、監督に向かって頭を下げました。やっと場の空気を理解した新井さんも、肩をすくめて「失礼しました……」と謝りうなだれました。


「いえいえいえ、やめてください! なぜ謝られるんです? むしろ積極的で素晴らしいじゃないですか。ぜんぜんウェルカムですよ。私にとっても勉強になりますし……。それで、今のご意見に対してですが――」


 監督は「う~ん」と唸りながら再び腕を組んで考え込みました。


「もうしわけないです。やはり答えは同じです。とにかく、データウェストさまが納得できるおもしろいアプリになれば良いと思っています。だから、私はあえて余計なことは言いたくないです。それがベストだと思っています」


 監督はそう答えた後、自分の腕時計を指さしながら電博堂の軽部さんに目配せしました。軽部さんが腕時計を見て、あ、やば! とつぶやきます。


「もうしわけありません。監督が次の現場へ移動しなければならない時間になりましたので、そろそろ本日の会議はおひらきにしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


 それに対して参加者全員が首を縦に振り、今日の会議は終了となりました。

 会議室からぞろぞろと退場する制作委員会の方々――。そんな中、会議室から出ようとした監督がドアの手前で一度立ち止まり、あたしたちの方を振り返りました。


「おもしろいアプリを期待してますよ」


 そう言って監督はニコリと笑い、軽く手を振って出て行かれました。


 あたしにとって夢のようなひと時がおわりました――。


 さて、その夢のようなひと時がシビアな現実に引き戻されたのは、この後でした。

 会議室に残ったメンバー全員での反省会の始まりです。当然ながらその中心人物となったのは新井さんです。彼の無礼な態度に恥をかかされた宮田部長の怒りは収まらず、新井さんへの叱責だけではなく、今野課長までもがその管理能力を問われるというありさまです。

 嗚呼、まきぞえをくらった課長がかわいそう……。

 あたしと、そして会議中終始無言だった古田さんは、その様子を傍観するしかありませんでした。


「今野くん。新井くんにはこのプロジェクトから降りてもらえ。これからもあんな調子でやられると、せっかくの新規事業のチャンスが水の泡だ」


 なんと、宮田部長が今野課長に向かってそう指示しました。

 がくりとうなだれる新井さん。自業自得、身から出た錆かもしれませんが、ちょっと気の毒な感じもしなくはないです。


「いや、部長。なにもそこまでしなくても。新井君はプロジェクトのことを思って積極的に発言しただけですし、反省もしてますし、それに湯深監督も気にされてないようなので……」


 今野課長が必死になって新井さんをかばいます。


「部長。私からもお願いします。新井さんはこのプロジェクトに必要な人です。彼を降ろさないでください」


(えっ!? うそ! 今の古田さん?)


 あたしは我が耳を疑いました。あの古田さんが新井さんを擁護したからです。あんなに自分のことを忌み嫌い、老いぼれと馬鹿にしていた新井さんをですよ。

 あたしは部長に頭をさげる古田さんの姿を見て、年の功が生む人間の大きさみたいなものを感じました。

 新井さんもその古田さんの思いやりに感動し、涙のひとつも流しているだろうと、そのうつむいた顔を見てみました。


 ところが、意外というか、やっぱりねぇというか、その顔はいつも通りの無表情でした。



 ~つづく~

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