大ヒットの秘密 ~その4~
気がつくと、そこは寝袋の中だった。
(朝……か?)
寝袋の中からはい出した俺は、目をこすりながら開発室の中をゆっくりと見回した。そして、夜の出来事を思いだし、しばし呆然と立ち尽くした。
(ついに起こったんだ。怪現象とかいうやつが……。最後は西田が言ってた幽霊とかいう白い物体も現れた。――そうだ、思い出した! そいつにお願いしたんだ。ゲーム開発に支障が出るからもうこれ以上、部下を怖がらせるなって。で、そこまでは覚えているけど、その後の記憶がない……。そもそも、俺、いつの間に寝袋で寝てたんだ?)
ふと、机の上に目を落とした。
そこには、あの白い物体に投げつけたはずのゲーム情報誌があった。
(どういうことだ? 確かに投げつけたはずなのに……。まさか、あの出来事のすべてが夢だったというベタなオチじゃないよな?)
ポポ~ポ! ポポ~ポ!
突然、鳩の鳴き声が聞こえた。
それは、早朝によく聞くキジバトの『ドードー ポーポー』という気に障るやつとは違い、かわいらしい鳴き声だった。
(珍しいな。もしかして、あの鳴き声は――シラコバトか?)
俺は窓に寄り、外の電線やビルの屋上を見回した。しかし、それらしき鳩の姿は見当たらなかった。
ポポ~ポ! ポポ~ポ!
再び同じ鳩の鳴き声が聞こえた。
(ん? 外じゃない。どこだ?)
俺は鳴き声がする方を向いて目を丸くした。開発室の本棚の上に、一羽の小さな白い鳩がとまっていたからだ。
(声の主はあいつか――って、どこから入って来たんだ?)
俺は部屋中の窓を見回した。どれも締まっている。もちろん出入り口のドアも。
(もしかしたら、以前からここにいたのかな?)
俺は天井を見廻し、その鳩が潜んでいたと思われる隙間か、もしくは穴がなかったか調べた。しかし、そのようなものは見当たらなかった。
(そんなもの、あるわけないか。それに、もし潜んでいたとしたら、とっくに誰かが気づいてるし)
再び本棚の上に目をやる。
いない――。
飛んでいったのだろうと思い、部屋中を見廻したが、いない。
机の下に隠れたのかもしれないと思い、部屋中を歩き回って探したが、いない。
白い鳩は忽然と姿を消してしまった――。
午前十時――
始業時間になり、気だるく椅子の背にもたれていた俺の前に、佐藤がニヤニヤしながらやって来た。
「どうでしたか?」
「やっぱり、なにも起こらなかったぞ」
俺は正直に答えなかった。
もし、怪現象に一番否定的だった俺があの体験を話したら、佐藤はもちろんのこと、会社中が大パニックになることは明白だったからだ。
「ほんとうですか?」
佐藤が意外そうな表情をする。
「なんだよ。信じないのかよ。とりあえず、今晩、もう一泊する。それでも何も起こらなかったら、この件はテクノストレスによる幻覚が生んだ集団パニックだったということだろう」
「テクノストレス?」
「ああ。俺たちみたいな仕事に従事する者がかかりやすい、脳の特殊な疲労のことらしい。でも、そう説明したところで、皆、納得しないと思うから、念のためにお祓いもしてもらうよ」
俺は、佐藤に出任せを言った。まぁ、この状況においては『嘘も方便』というやつか。
正直なところ、あの体験が本当だったのか、それとも夢だったのか今でも確信がもてない。
ただ――、ただなんとくなくだが、俺は、この一件は今日で解決するのではないかと感じた。根拠はない。
あの白い鳩を見て、そう感じただけだ。
その日の夜――。
俺は三度、開発室に泊まった。
「お~い! 白い物体さ~ん。今夜は出てこないのか~い?」
深夜三時になっても、一向に何も起ころうとしないことに痺れを切らした俺は、部屋の虚空に向かって大声で叫んだ。
しかし、その後もまったくなにも起こらなかった。
(やはり、昨日の出来事は俺の夢だったのかな……。いやいや! それはないだろう。夢にしてはリアル過ぎる。確かにあの白い物体は存在した。そしてあいつにお願いしたことも鮮明に覚えている。でも……)
朝がしらじらと明け始めた。
外からキジバトの『ドードー ポーポー』という鳴き声が聞こえる。
その鳴き声を聞きながら、昨日、部屋の中へ迷い込み、忽然と消え去った謎の白い鳩のことを思い出した。そして、あることに気づき思わず声をだした。
「まてよ!? もしかして、あの鳩はそういう意味だったのか? じゃあ、あのお願いは……」
次の日の深夜――。
俺は、予定していたお祓いを中止した。
理由はひとつ。あの白い物体を裏切りたくなかったからだ。
あいつは、俺の願いを聞き入れてくれた。その証拠が、あの白い鳩だ。
白い鳩は「平和や友好の象徴」――。
つまり、あの白い物体は、言葉の代わりにその白い鳩を使って答えてくれたのだ。
『約束は守る』――と。
その気持ちに対して、お祓いで返すことは、そいつの好意を踏みにじることになる。
わかっている。たぶん、今の俺の考えを他人が訊いたら、俺の正気を疑うだろう。
金谷部長は幽霊に呪われて頭がおかしくなった、と揶揄されて。
でも、かまわない。俺は、俺の考えを信じている。
あの白い物体は幻覚ではなかった。
だから俺はそいつの存在を認めた。
そして、そいつは、俺の願いを理解し聞き入れ、やつなりの方法で答えてくれた。
だから、お祓いという失礼なことはやめた。
――ただ、それだけのことだ。
それから――
俺は、怪現象に関する社内の噂を払拭させることに成功した。
お祓いをしたからもう怪現象は起こらなくなった、と嘘をついて部下たちを安心させ、怪現象が起こった会社は必ずヒットゲームが出るという都市伝説をうまく利用し、部下たちのモチベーションを上げた。そして、それを信じた一部のスタッフが残業をし、ついに一度も怪現象を体験しなかったことで、それを達成できたのだ。
もちろん、それは、あの白い物体が約束を守ってくれたおかげだ。
そして三か月後――。
開発していたゲームが無事マスターアップを迎えた。それもスケジュールより一週間も早いという弊社史上初の快挙を成し遂げて。それからゲームは一か月後に発売され、嬉しいことに、わが社初の大ヒットゲームとなった。
「怪現象を体験したゲーム会社は必ず大ヒットゲームを出すという都市伝説は、本当だったんですかね?」
佐藤がゲーム情報誌のゲームランキングのページを俺に見せながら言った。
「ああ。そうかもな」
すると、佐藤が驚いたように、その細い目を大きく見開いた。
「あれ? 意外ですね。部長ならてっきり、そんな非科学的なことがあるか! って怒鳴るかと思ってましたよ」
「おいおい。君は俺に怒鳴られたくてそんなこと言ったのか? だったら、ご希望通り怒鳴ってやるけど」
「いやいや、かんべんしてください。でも、感謝してます」
「感謝?」
「あの怪現象の時、部長が三日三晩泊まり込んで、怪現象が幻覚だったということを証明して解決してくれたことです。あれがあったからこそ、皆が部長のことを信頼し、士気が上がって、ヒットゲームが開発できたようなものですから」
俺に対する佐藤の感謝の言葉は、正直言って、居心地が悪かった。
正しくなかったからだ。
怪現象は幻覚じゃなく本物だった――。
幽霊と言われてた謎の白い物体は存在した――。
ゲームがヒットしたのは、俺たちの努力もあるが、あの白い物体の影響もあった――。
せめて誰か一人にでもその真実を伝えたい衝動にかられた俺は、佐藤を手招きし、彼の耳元に口を近づけ内緒話をするように囁いた。
「佐藤。おまえにだけは本当のことを言う。このことは誰にも言うなよ」
佐藤がぎょっとして、再びその細い目を大きく見開いた。
「実はな。怪現象は幻覚じゃなかったんだよ。本物だったんだ。なのに怪現象が起こらなくなったのは、幽霊のおかげなんだ。幽霊が俺との約束を守ってくれたんだよ。ゲームが完成するまで怪現象は起こさないという約束をね」
「はぁ~!?」
佐藤が素っ頓狂な大声を出した。その声に驚いた周りの社員たちが一斉に佐藤と俺の方を向いた。
「部長~。その冗談、はっきり言ってつまんないです! それに、その手の非科学的な冗談は、部長が一番嫌ってたやつじゃないですか。どうしちゃったんですか、部長? まさか、幽霊に呪われて考え方が変わってしまったんじゃないでしょうね?」
佐藤は首を傾げ、苦笑した。
(幽霊に呪われた――か)
俺は佐藤のその一言が気になった。
(確かに、俺はあの白い物体に呪われたのかもしれないな。理由はわからないけど、最近、オカルトとか都市伝説とかの妄想話の類が、依然と比べて抵抗感なく聞けるようになってきたから。以前の俺から見れば、考えられない変化だ)
ポポ~ポ! ポポ~ポ!
どこかで聞いたことのある鳴き声が外から聞こえてきた。
窓の方へ振り向くと、外の電線に白い鳩がとまりこちらを見つめていた。俺は、思わず「あ!」と声をあげ、椅子から立ち上がり窓へ駆け寄った。
白い鳩はしばらく鳴いた後、そこから飛び立った。
俺はその鳩を目で追った。
(白い物体よ。今度また会えたら、いろいろ訊かせてくれ。おまえはいったい何なのか? どういう理由でここに現れたのか? どうしておまえが現れた会社は大ヒットゲームが出せるのか? それと……)
俺は頭の中で次々と湧き上がる質問を止めることができなかった。
白い鳩は、隣のビルの上をクルリと旋回し、そしてすいこまれるように青空に消えて行った。
~『大ヒットの秘密』 おわり~
この物語は実話をもとにしています。
その昔、某有名会社(今はありません)で幽霊騒動があり、スケジュールの支障を心配したディレクターが泊まり込んで虚空の幽霊?に向かって説教し、次の日謎の白鳩が開発室にいたというものです。




