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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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大ヒットの秘密 ~その3~

「おはようございます、部長」


誰かが話しかける声で俺は目が覚めた。「んあ?」という間抜けな声を出して椅子の背から体を起こすと、目の前に佐藤がのっそりと立っていた。

 思わず壁時計を見る。午前九時半。まだ始業時間までは三十分ある。どうやら佐藤はいつもより早く出社したようだ。たぶん、怪現象のことが気になったのだろう。


「どうでしたか、部長。なにか起こりましたか」


 佐藤は何かを期待しているかのように目を輝かせていた。

 俺は即答せず、大きなあくびをしながら背伸びをし、再び椅子の背にもたれた。


「なにも起こらなかったよ」

「え?」

「幽霊も出なければ、電話も宙に舞わなかった。おおよそ怪現象と思われることは一つも起こらなかったぞ」

「ほんとうですか」


 佐藤が露骨に落胆した表情を見せる。


「おいおい、なんだよ、その顔は。君は怪現象が起こってほしいのか? それとも、起こってほしくないのか」

「も、もちろん起こってほしくないですよ。でも……」

「でも? でも、なんだよ」

「なぜ部長のときだけ、何もおこらなかったんでしょうね……。そうだ! もしかしたら、部長には霊感がなかったんじゃないですか?」

「霊感? なんだそりゃ」

「怪現象を体験できる能力のことです。なんでも世の中にはそれがある人とない人がいるそうで……」

「おまえなぁ……」


 むかついた――。

 俺が真剣かつ論理的に怪現象の正体を暴こうとしているのに、そのような根拠のない妄想的理屈で俺の行動を結論づけようとする佐藤の無神経さに無性に腹がたった。いつもの俺なら「ふざけるな!」と怒声のひとつもあびせただろうが、寝不足のせいもあってかそんな気力がわかなかった。

 まあ、佐藤に悪気がないのもわかっていたが……。


「おはようございま~す!」


 始業時間が近づき、次々と社員が出社してきた。

 皆、自席の椅子が蹴られたように少し移動していることに気づき、怪訝な表情を見せていた。


 始業時間になり、各セクションの進捗状況を確認した後、部下に気づかれないようにネットで怪現象を科学的に解明するサイトを探しまくった。しかし、それっぽいサイトを見つけても、そのほとんどが妄想全開の、おおよそ科学的とは言えないトンデモ系のものばかりで、そのたびに俺はため息をついた。


(お、これはちょっと興味深いかも……)


『テクノストレスと幻覚』


 俺はそのタイトルに目が止まった。それはある脳科学者が日常生活の徒然つれづれを書き綴ったブログ記事のひとつだった。

 さっそく目を通す。

 前書きには、『この記事はあくまで創造に過ぎません。科学的根拠はないので、あしからず(笑)』――と書かれてあった。


(創造に過ぎなくても、素人の妄想よりは参考になるだろう。なにせ、仮にも脳科学者だし)


 その内容はこうだった――。


『終日椅子に座ってPCを見つめながらやる作業は、人間の歴史からみても新しく、かつ不自然な行為です。

 しかし、それは魅惑的でもあります。

 なぜなら、脳内で発生する思考や概念が目の前で形になってゆく仮想世界バーチャルとのやりとりは、つい時間がたつのを忘れさせてしまうほど人を夢中にさせるからです。ただ、それは知らず知らずのうちに脳の過度な疲弊やストレスを招くことにもつながります。

 脳の疲弊やストレスは、脳のエラー、つまり勘違いや幻覚などを生みやすく、さらに現実と仮想世界を行ったり来たりする作業を繰り返すことで、その境目が曖昧になり、脳で想像したことを現実のものとして容易たやすく認識してしまう危険性があるかもしれません。

 そう言えば、噂によると、映像やゲーム系の仕事でPCを使う技術者の中には、心霊現象などの不可思議な体験している者が多いと聞きます。(あくまで噂ですが……(笑)) 仮にそれが本当だとしたら、その原因はたぶん上記の理由によるものなのかもしれません。特にそれらの職種はイメージでものを考えることが多いので、幻覚の精度もかなり高いのかもしれません。もし、それを複数の人たちが同時体験したら、その幻覚は現実として認識されてしまうかもしれませんね――』


 読み終えた俺は、ううむと唸った。


(確かに科学的根拠はなさそうだけど、可能性としてはありえるかもしれない)


 俺は、社内で怪現象が多発している件を聞いたときに、一番最初に頭に浮かんだのは社員の過労による幻覚と集団パニックだった。だから、その脳科学者のブログ内容には、それが創造だとしても、共感できる。


(やはり、原因は過労の可能性が高いな。それも脳の。確かに、今回はスケジュールを重視し過ぎて、部下の負担はいつも以上だったかもしれないし……)


 俺はPCの画面から目を外し、開発室で作業に黙々と励む部下たちを眺めた。


(さて、そうと分かれば対策を考えねば。スケジュールを守りつつ、かつ、部下たちを疲れさせないような策を……)


 そう思いながら、再び目を机の上に戻した俺は、思わず「え?」と声をあげた。


(なんでここにあるんだ?)


 机の端に、本棚に戻したはずの、あのゲーム情報誌があったのだ。


(変だな……。もしかして、さっき佐藤が置いたのかな?)


 解せない俺は、雑誌を手に取って佐藤の席にまで行き、そのことを訊いた。しかし、返事は「僕じゃありません」だった。

 次にその足で俺は本棚に向かった。そして雑誌を戻した場所を確認した。


(ない……。どういうことだ? 確かにここに戻したはずなのに……)


 背中に冷たいものが流れるのを感じた。しかしそれは、今の不可思議な事実からではなく、自分の記憶力に対する不信感からくるものだった。


(やばいな……。頭がぼけてる。俺もかなり疲れているのかな……)


 自席に戻った俺は椅子の背に力なくもたれ、目を閉じて大きなため息をついた。



 その日の夜――。

 俺は再び開発室に泊まり込んだ。

 既に怪現象の原因はわかってきたので、もうその必要もないだろうとは思ったが、とりあえず、部下を安心させるために、連泊しても怪現象は起こらなかったという既成事実を作りたかったのだ。


 昨夜と同じようにゲームのテストプレイをしながら時間をつぶす。


(ふ~ん……。なかなか、おもしろくなってきてるじゃないか。皆、がんばってるな)


 今回のゲームはよくできていた。今までのゲームはテストプレイ中にいろいろと気になることが多く、プレイしながらイライラすることが多かったが、今回のはそれが少ない。俺は時間がたつのも忘れ、テスプレイに夢中になった。

 面白いゲームをプレイすると時間がたつのはあっという間だ。ふと我に返って壁時計に目をやると、すでに午前三時近くになっていた。


(そろそろ寝るか。昨日はあまり寝てなかったから、今日はここらへんで終わりにしよう)


 俺はテストプレイをやめ、PCの電源を落とし、昨日の昼に購入した寝袋を机の下から取り出して床に広げた。


 プルルル! プルルル!


 電話の呼び出し音が鳴った。


「またかよ」


 俺は電話を無視して寝袋の中にもぐり込んだ。そのうち諦めて切れるだろうと。しかし、いっこうに呼び出し音が止む気配がない。


「しつこいな!」


 俺は寝袋から飛び出し、机の上の電話の受話器をとろうとした。

 すると、信じられないことが起こった。

 とろうとした受話器が突然飛び上がり、そのままユラユラと宙に舞ったのだ。

 俺は、にわかにその事が理解できず、しばらくそれを口をあんぐりと開けて見続けた。


(なんだ、こりゃ……)


 我に返った俺は、思わずそれを手で叩き落とした。

 すると今度は部下たちの机にあった全ての電話の受話器がいっせいに宙を舞った。

 俺はその光景に驚愕し、目を見開いた。


(落ち着け。これは幻覚だ。俺は疲れてる……)

 

 俺は目を閉じて心の中で念仏のように「幻覚だ、幻覚だ……」と何度もつぶやきながら、動揺する気持ちを静めようとした。

 

 そして数分後――。

 少し気持ちが落ち着いたところで、ゆっくりと目を開けた。

 そこには宙を舞う受話器はひとつもなく、どの受話器も何事もなかったように本体に収まっていた。

 俺はへなへなと腰を床に落とし、ふう~と大きく息を吐いて掌で頭を数回叩いた。


「やばいぞ……。俺の脳は想像以上に疲れてる……」


 と、うなだれた、その時――

 開発室の照明が突然消え、真っ暗になった。


(おいおい、今度は停電かよ!?)


 とっさに窓の外を見る。隣のビルに明かりがついている窓が見えた。


(変だな。このビルだけが停電なのか?)


 手探りで机の上に置いたスマホを探した。スマホの懐中電灯機能を使おうと思ったのだ。


(なんだ、あれは……)


 闇の中に白い物体が浮かんでいるのに気付いた。それはモヤモヤとした、まるで煙のような物体だった。見ようによっては人の形にも見える。

 どうせ、これも幻覚だろうと思った俺は、再び目を閉じ心を落ち着けた。そして、ゆっくりと目を開けた。

 しかし、その白い物体はまだ同じ場所に浮かんでいた。

 思わず目を閉じ、両手で両頬をピシャピシャと激しく叩いて目を開けたが、白い物体はまだ浮かんでいた。


(幻覚じゃない……。あきらかにそこに存在している。もしかして、あれが西田が言ってた幽霊とかいうやつか? ――おもしろい。正体を暴いてやる!)


 それが幻覚ではなく現実のものだと確信した瞬間、持ち前の好奇心が掻き立てられ興奮してゆくのを感じた。

 普通の人間なら、この段階で悲鳴をあげて逃げてゆくのだろう。だが、俺は、基本的にそういうものを恐れる感性が子供の頃からずっぽりと抜け落ちていた。だから、恐怖心よりも好奇心の方が先だってしまうのだ。

 俺は机の上のスマホを手探りで取りあげ、懐中電灯機能をオンにしようとした。


「あれ? つかない。電源が入らないぞ」


 俺がそうつぶやくと、白い物体は急に室内をユラユラとさまよいだした。まるで、自分の存在を誇示するかのように。

 それを見た俺は、なぜか無性に腹が立ってきて思わず手に持ったスマホを投げつけようとした。でも、もったいないので思い止まり、変わりに机の隅にあったゲーム雑誌を投げつけた。

 白い物体はそれをユラリと交わした。まるで楽しんでるかのように。


「ふざけやがって……。おまえ、いったい何なんだ!?」


 室内に響き渡る大声でその物体に怒鳴りつけると、それは俺のもとにユラユラと近づいて来た。


(なんだよ。妙なことしやがったら、こいつでぶっ飛ばしてやるぞ)


 俺は椅子を手に持ち、いつでもそいつを攻撃できる体制をとった。


 白い物体は俺の目の前まで近づいてきた。よく見ると、その白い煙のようなモヤモヤは人の顔のような形になっていった。それも、子供の――。


「何がやりたいんだ。俺を怖がらせようとしてんのか? 勘違いするなよ。世の中にはな、おまえのようなものをやたら怖がる連中が多いが、残念ながら俺はそんな連中とは違うんだよ。俺は、おまえを幽霊とかいう曖昧あいまいな存在にして納得することができないんだよ。どうだ、ありがたいだろ。おまえの存在をきちんと認めようとする人間と出会えて。だから、言いたいことがあるんなら、はっきり言え! こんなくだらないことばかりやって、ここの社員を怖がらせてるんじゃねーよ!」


 俺の啖呵たんかに反応したのだろうか? その白い物体の中に見える子供の顔のような形が、怒ったように見えた。そして、それは、さらに目の前まで近づいてきた。


(呪われるかもしれませんよ――)


 ふと、佐藤が言った言葉が頭をよぎった。そして、柄にもなく動揺した。たしかに相手はわけのわからない存在だ。俺の創造を超えたこともやりかねない。もし佐藤が言うように呪われて、俺に万が一のことが起こったら……


(やばい! スケジュール管理をする者がいなくなる)


 俺はその危険性リスクだけは避けたかった。

 あんなに面白くなってきているゲームを、今更、俺のせいで台無しにしたくない。ここは短気を抑え、一歩引いて、その白い物体に対して真摯に俺の素直な気持ちを伝えたほうが賢明だろう。

 俺はそう考えなおし、白い物体に向かって姿勢を正した。


「すまん……。今のは言い過ぎだった。素直に謝る。そして、俺はもうこれ以上、おまえが何者なのか、何がしたいのか、そして、どういう理由で夜な夜なここに現れるのか、詮索しない」


 白い物体の中に見える子供の顔のような形が、怒りのそれから真顔になったように見えた。


「ただ――、おまえにひとつだけお願いがある。もう、これ以上、部下たちを怖がらせるのをやめてくれないか? 今、俺たちには一年以上かけて開発しているゲームがある。厳しいスケジュールの中、一人でも多くの人たちに楽しんでもらえるものになるよう、全力をつくして頑張っている。でも、最近、おまえの存在が部下たちに動揺を与えている。その動揺はゲーム自体にも影響を与えかねない。俺は、今のゲームをできるだけベストな形で世に出したい。頑張ってきた部下たちの努力も無駄にしたくない。だから、お願いだ。ゲームが完成するまで、しばらく行動を控えてくれないか。この通りだ……」


 俺は白い物体に対して深く頭を下げた。


 すると、突然、目の前が真っ白になり、俺はそのまま意識を失った。



 ~つづく~

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