大ヒットの秘密 ~その2~
「部長、残業ですか。おつかれさまです」
午後八時。最後まで残っていた社員の一人が帰り際に俺に声をかけた。
「ああ、ちょっと用があってね」
どうやらその社員は、俺が怪現象の正体を暴くために泊まり込むことを知らなかったらしい。「それでは、お先に失礼します」と事務的な会釈をし、タイムカードをきって出て行った。
「零時まで、あと四時間か――」
俺は独り言のように壁時計を見ながらつぶやいた。そして、机の上のPCから開発中のゲームにアクセスしてテストプレイを始めた。
しばらくすると小腹がすいてきたので、机の引き出しの中に常備していたカップラーメンを取り出し、開発室から出て給湯室へと向かう。
照明が消された廊下の闇の中に、緑色に光る誘導灯に描かれた白い人型マークが、みょうに浮き上がって見えた。
お湯を入れたカップラーメンを持って自席に戻り、ラーメンができあがるまでの時間つぶしに机の上に置いていた未読のゲーム情報誌を手に取る。
(おやおや。こりゃまたタイミングのいい特集だな……)
その表紙には『真夏の大特集! ゲーム業界で起こった怪現象!?』というコピーが大きく書かれたあった。
俺はフンと鼻で笑いながら記事のページを開いた。そこには各有名ゲーム開発会社で起こった怪現象が証言形式でまことしやかに書かれてあった。
とりあえず、すべてに目を通してみる。
予想通り、その内容は俺にとってどれもくだらないものばかりで、好奇心をそそるものはひとつもなかった。
ただ、この特集を担当したライターの締めの一文を除いて――。
『今回の特集はいかかでしたか? どの会社にもいろんな不思議な出来事があるもんですねえ。それで、ちょっと気付いたのですが、大ヒットゲームを出したゲーム会社って、必ずと言っていいほど怪現象を体験しているみたいですね。(まぁ、ただの結果論かもしれませんが(笑)) そのことが私には一番不思議に感じられました。』
俺は、そのライターの気付きに興味を持った。
――大ヒットゲームを出したゲーム会社は、必ずと言っていいほど怪現象を体験をしている――
確かにそのライターも書いていたように、それは結果論かもしれないし、怪現象を体験してもヒットゲームが一本もないゲーム会社だってあるはずだ。しかし、少なくても俺が知っている大ヒットゲームを出したゲーム会社は、ほぼ100%の確率で怪現象を体験をしていた。
(それって、逆に言えば、怪現象を体験した会社は大ヒットゲームを出せるということか?)
もちろん俺は大ヒットが霊とかの力によるものだとは思わない。
もし、そのような力が存在するとしたら、たぶんそれは、まだ未解明な人間の集団心理によるもので、その力が開発現場に影響し、ヒットにつながるようなゲーム内容に導かせるのではないのか? 怪現象はその時の集団心理が幻覚という形で表面化しただけに過ぎないのではないか?
俺は頭の中で転がってゆく推論をしばし楽しんだ。
結果、ぶよぶよに伸び切ったカップラーメンを食べるはめになってしまったが――。
壁時計の針が午前零時に近づいた。
そろそろ怪現象が始まってもおかしくない時間だ。俺はゲームのテストプレイしながらその時を待った。
零時を過ぎた――。
特に何も起こらない。
一時を過ぎた――。
まだ何も起こらない。
三時を過ぎた――。
起こる気配が感じられない。
いらついた俺は眠くなった目をこすりながら、開発室の虚空に向かって叫んだ。
「おい、なにやってんだ! やるんだったら早くやりやがれ! それとも俺に怖気ついたのか!?」
――と、叫んだあと、ハッとした。
(あれ? 俺は何に向かって叫んだんだ? 今のって、ある意味、幽霊を認めたことにならないか?)
我ながら情けない……。どうやら、眠気で頭がぼけて冷静さを失ったようだ。――と、思ったその時、開発室の隅の方でバサッという音が聞こえた。
(おっ? ついに始まったか?)
俺はそれを確認すべく、わくわくしながら音がした場所まで歩いた。
「なんだ。こいつか……」
目を落とした床に一冊の雑誌が落ちていた。そのすぐ横には資料用の本棚があった。どうやら、そこからすべり落ちたようだ。
「がっかりさせやがって」
雑誌を拾い上げようとして表紙を見た俺は、その手を止めた。
『真夏の大特集! ゲーム業界で起こった怪現象!?』
(さっき俺が読んでいたのと同じ雑誌じゃないか。誰かが資料用に買ってたのかな……)
俺は雑誌を本棚に戻し自席に戻った。
(あれ?)
机の上を見てあることに気づいた。さっき読んだゲーム情報誌がなくなっていたのだ。落っこちたのかと思って机の周りを探してみたが見当たらない。
(おかしいな……。どこに行ったんだ)
俺は先ほどの本棚に目をやった。
(ほほお、なるほど。あそこに落ちてた雑誌は、実はここにあった雑誌が瞬間移動したものだったのか……。 って、んなことあるわけねーだろ!)
俺はすぐに開発室内に並ぶすべての机の下や周りを調べ始めた。
こういう不可解な事が起こった場合、西田や佐藤のような小心者はすぐに超常現象とか霊の仕業とか妄想して震え上がるのかもしれない。しかし、俺はそんな思考停止なことはしない。まず頭によぎったのは、誰かがこの部屋に隠れて質の悪いいたずらをしている可能性だった。
「おいっ、出てこいっ! 誰かいるんだろ!? いったいどういうつもりだ!」
俺の大きな怒声が、静まり返った深夜の開発室に響き渡った。
返事はない――。
(くそっ! どこへ隠れやがった)
俺はもう一度部屋中を歩き回って犯人を捜した。威嚇するようにわざと机や椅子を激しく蹴りながら。
しかし、犯人が隠れている気配はなかった。
(もしかして、逃げられたか?)
すぐさま部屋の外へ出ようとドアまで走った。ところがドアは内側からロックされていた。俺が給湯室からここに戻ってきたときにロックしたままの状態だった。
(ということは、犯人はここから逃げてないということか……)
俺はもう一度開発室内をゆっくりと見回した。そして、ため息をひとつつき、犯人捜しをあきらめた。
自席に戻って椅子の背に力なくもたれる。
(ここに俺以外の誰もいないとしたら、あの雑誌を移動させたのはいったい誰だ? もちろん霊とかじゃなく……。 ――ん? 俺か? 俺があの雑誌を本棚に持っていって、それが床に落ちたというわけか? おいおい、俺はそんなことをした記憶はないぞ。でも……もしかしたら……、こんな深夜まで起きてたのは久々だったから、睡魔で頭がぼけて無意識でやったことを忘れてしまったということもありうる……。でもなぁ……。俺に限ってそんなことがあるかなぁ……)
壁時計を見た。
時計の針は午前四時をまわっていた。窓から見える空の色が、いつしか黒から濃紺に変わっていた。
プルルル! プルルル!
突然、静まりかえった開発室に電話の着信音が鳴り響いた。俺は椅子の背からびくりと体を起こす。
(こんな時間に電話? まさか、これが佐藤が言ってた――)
俺は机の上に置かれた電話にゆっくりと手を伸ばした。受話器が宙に舞うことを期待しながら。
しかし、受話器は舞わなかった。
仕方なく受話器を取り、耳にあてる。
「はい。新宿ソフトウェアですが……」
(え~? なにそれ~? 山ちゃんとこじゃないの~?)
受話器から聞こえてきたのは、泥酔してると思しき若い男の声だった
「いえ。こちらは新宿ソフトウェアですが、どちらへおかけですか?」
(あ~ごめん、ごめん! まちがえちゃった~! アハハハ~)
男は頭の悪そうな下品な笑い声をあげながら電話を切った。
「ふざけんな! バカ野郎!」
待ちわびた怪現象への期待が、酔っぱらい男の間違い電話という結果で終わったことに苛ついた俺は、怒声を受話器に思い切りあびせた。そして、椅子の背にふんぞりかえり目を閉じた。
(何が怪現象だ。結局、幽霊も出なければ、電話も宙に舞い上がらなかったじゃないか。雑誌の瞬間移動にしても、あれは俺の勘違いとしか考えられない。やはりすべては部下たちの幻覚、勘違いの類だったんだ。ったく、ばかばかしい。――でも、たった一晩で結論付けても部下たちは納得しないだろう。とりあえず、あと二、三泊はしてみるか。そして、それでも何も起こらなかったら、次は人間の集団心理の方から原因をさぐってみよう……)
外から夜明けを告げる雀の鳴き声が聞こえてきた。
俺はそれを聞きながら、いつしか深い眠りについていった。
~つづく~




