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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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◆第6話 遊子と老いぼれ企画屋 ~その1~

 あたしの名まえは御手洗遊子(みたらいゆうこ)

 はい。変わった名前だと周りからよく言われます。親が言うには姓も名も「神」と関係ある素晴らしいものだそうです。ほんとかどうかは知りませんが。

 育ちは悪くありません。どちらかというと裕福な家庭ですくすくと育ってきた(たぐい)です。

 現在二十四歳で血液型はB型。親のコネで入った中堅のゲーム開発会社『データウェスト』の企画課でプランナーをやらせていただいてます。


 ある日のことです――。

 あたしが小用をすませ、企画室にもどる途中にある喫煙室を通り過ぎようとしたとき、中からボソボソと会話が漏れ聞こえてくるのに気づきました。

 その押し殺した陰気な声から察するに、たぶん前向きではない内容のようです。

 人一倍好奇心が旺盛なあたしは、思わず足を止め、聞き耳をダンボにしました。


「――それに、五十歳にもなってたら、役職かなんかで入ってくるのが普通だろ? それが何で企画課の新人として入ってくるんだよ。変だろ? 不自然だろ? おまえら人事は何考えてんだよ」


 その早口でまくし立てる攻撃的な声の主は、同僚の新井(あらい)さんだとすぐにわかりました。


「だって、社長からそうしろって指示されたから仕方ないっすよ……」


 もうひとりのおっとりした声の主は、どうやら新井さんと仲の良い人事課の山村(やまむら)さんのようです。


「社長が? ったく、社長も何考えてんだか……」

「でも、そんなに不自然ですかね? 五十過ぎたおじさんが新人として入社するのは」

「は~!? 不自然に決まってるだろ! そんな歳になったら、普通は現場から離れ、管理職か経営側で入るはずだろ?」

「確かに……。だったら、よっぽど現場が好きなのかも」

「迷惑なんだよ! そんなおっさんが若い現場に来られると。やりづらくて仕方ないんだよ! そもそも、五十にもなって自分の企画センスが今でもゲーム業界で通用すると思ってるところが、既にセンスがないんだよ。ゲーム企画は若い連中が考えるのがベストなんだ。なぜならゲームのユーザーのほとんどが若者だから。おっさん――いや、老いぼれ企画屋はさっさと若者に現場を譲って去ればいいんだよ」


 どうやら新井さんは昨日企画課に入った新人のおじさまに対して、かなりのご不満があるようです。それにしても、ずいぶんな言いようです。新井さんの心の狭さが垣間見れるようです。


「な! 御手洗(みたらい)。おまえもそう思うだろ?」


 突然、背後から名まえを呼ばれて驚き振り向くと、そこには陰険な表情で立つ新井さんがいました。いつのまに移動したのでしょう? まるでせっかちな忍びの者みたいですわ。


「おまえ、俺たちの話聞いてたよな。うん、絶対聞いてた。おまえ噂話好きだから。で、おまえも嫌だろ? 若い俺たちの現場にあんな老いぼれが来るのは」


(は? 若い俺たち? あたしはそうだとしても、新井さんて三十過ぎてますよね。まさか、まだ自分のことを若いと確信してらっしゃるのでしょうか。なら、ちょっと痛いです……)


「な? 嫌だろ」

「べつに……」


 新井さんの愚痴に全く興味がないあたしは、無視するようにさっさと企画室へ戻りました。背後から「ちっ」という大きな舌打ちが聞こえました。


 企画室には、あたしや新井さんも含めて十人のプランナーが在籍しています。ここにいるのは、下級プランナーばかりで、上級プランナーやディレクターは別の部屋にいらっしゃいます。

 下級プランナーのほとんどが、いつか上級の部屋に移動できることを目標に日々頑張っておられるようですが、あたしはここが居心地が良くて、できるならずっとここにいたいと思っています。だって、上から言われたことだけやっていればよいので楽なんですもの。

 企画室に並ぶ机のほとんどは、各プランナーの趣味嗜好と承認欲求を具現化するかのように、ゲームやアニメに関するフィギュアや小物、ポスター等でデコレーションされています。いかにも『オタクの職場』という雰囲気です。そのような中に、他の追随を許さないひときわ目立つドン・キホーテのようなカオスな机があります。それが、あたしの席です。


 席に戻ったあたしは、スリープしていたパソコンをたたき起こし、企画提案書の続きを書こうとキーボードに両手を置きました。すると、なにやら背後に人の気配が……。


(誰? まさか、新井さん? もしかして先ほど無視したことを根に持って……)


 眉根を寄せ、恐る恐る振り向くと、そこに立っていたのは昨日入られた新人のおじさまでした。そう、新井さんが喫煙室で「老いぼれ」と(ののし)っていたその方です。名前は――たしか、古田(ふるた)さん? だったと思います。


「お忙しいところをすみません。今、よろしいでしょうか」

「は、はい」

「改めてご挨拶に参りました。私、昨日企画課(ここ)に入りました古田と申します。かなり歳くってますが、皆さまのお力になれるように頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って深々と頭を下げた古田さんの頭頂部は、人生の苦労(もしくは不摂生? 遺伝?)を物語るかのようにかなり砂漠化が進んでおられました。あたしはそれを見ながら慌てて椅子から立ち上がり「御手洗(みたらい)と申します。こちらこそよろしくお願いいたします」と挨拶をお返ししました。


「みたらい、さん? もしかして、(おん)手洗(てあらい)と書く御手洗(みたらい)さんですか?

「はい。そうですが……」

「いやあ、そういうお名前の方がいらっしゃると知ってはいましたが、実際お会いするのは初めてです。素敵なお名前ですよね」

「は?」

「御手洗という名前の由来は、神社で参拝者が神仏を拝む前に、水で手や口を洗い清める所からきてるそうですね。俗世間の汚れを落とす神聖な場所が名まえの由来って、素敵だと思います。うらやましいです」


 あたしは自分の耳を疑いました。

 だって、子どもの頃からトイレさん、便所さんとからかわれ、いじめの原因にもなったこの変な名前を素敵という人に出会ったのは初めてだったからです。

 名前のいじめは中学生まで続きました。でも、名前をからかわれる程度だったので、他の悪質ないじめに比べればまだましな方でした。それでも多感な思春期にはけっこうつらいものがありました。ただ、結果的には、そのようないじめに耐えた経験が、今のあたしのタフなメンタルの基礎を作ってくれたので、そういう意味では「御手洗(みたらい)」という名前はあたしにとって素敵な名前だったのかもしれません。


「おくわしいですね」

「長年、企画の仕事をやってると、こういう雑学だけは増えてゆくもので……」


 古田さんはあたしへの挨拶を終えると、他のプランナーひとりひとりにも挨拶をはじめました。それに対してプランナーのほとんどがとまどった表情で挨拶を返しています。まあ、無理もありません。ここのプランナーのほとんどが二十代。自分の親ほど年の差があるおじさまから突然丁重に挨拶されては、どう対応してよいのかわかりませんものね。

 ただ、新井さんだけは別でした。古田さんがあいさつしても振り向きもせず、パソコンに向かったまま無表情で「よろしく」とつぶやいただけでした。


 大人げない――。

 いくら古田さんのことが気に食わないとしても、それって三十ぶっこいた大人のやることでしょうか。あたしは、まるでガキのような新井さんの態度に憤り、思わず力が入った右こぶしで彼の不細工な(つら)に教育的愛の鉄拳をくらわせたくなりました。でも、そんなこと、育ちの良いあたしにできるわけがありません。あくまで妄想の中で留めておくことにしました。



 昼休み――。

 プランナーたちが仲の良い者同士の小さなグループを作って食事へと出かけて行きました。

 あたしは、そんな皆さんを横目で見ながら誰もいなくなった企画室でひとりお弁当をいただきます。これは入社してからの三年間ずっと変わりません。

 入社当時は周りから「ひとりじゃさびしくない? 一緒に食べに行こうよ」と誘われたことが幾度となくありました。でもその度に「おかまいなく」と丁重にお断りしているうちに、いつしか誰からも誘われなくなりました。

 そもそも、あたしには学生時代から仲間と一緒に会話しながら昼食をとるという文化がありません。いじめられて孤立していたからというわけではありません。普通にひとりで食べるのが好きだったんです。だって、ひとりの方が周りの人に気をつかわずに食事に集中でき、ひとつひとつの食べ物(いのち)を愛でながら美味しくいただくことができるんですもの。


「よかったら、これどうぞ」


 突然、目の前に見たこともない大きな梨が現れました。差し出したのは古田さん。足元に『熊本産荒尾梨』と書かれた大きな段ボール箱が置いてあります。


「今頃の季節になると故郷で農業やってる弟が送ってくれるんです。今年の梨は例年になくみずみずしくて甘いぞと自信を持ってました。お口にあえばよいのですが」

「あ、ありがとうございます!」


 子どもの頃から梨に目がないあたしは、思わぬプレゼントに頬がゆるみました。

 古田さんは「よかった」と微笑んだ後、箱の中の梨を企画課全員の机の上に一個づつ置き始めました。

 あたしは手に取った梨を鼻に近づけてみました。とても甘く爽やかな香りがします。軽く服の袖で拭いて、ひとくち(かじ)ってみました。古田さんの弟さんが言ったようにそれはみずみずしく、口元から甘い汁が数滴(こぼれ)れ落ちました。



 昼休みが終わり、企画室に戻って来たプランナーたちは、各々の机の上に置かれた大きな梨に気づき目を丸くしていました。


「古田さんから皆さんへのプレゼントだそうですよ」


 あたしが説明すると、皆はいっせいに古田さんの方を振り向き、軽く頭を下げて小さな声でお礼を言いました。


 (声、小っちゃ! お礼ぐらい大きな声で言いなさいよ)


 あたしは皆の無駄なシャイなハートにイラっとしながら古田さんを見ました。古田さんは、とんでもないとばかり皆に向かって両手のひらを振りながら照れ臭そうに笑っています。

 そんな中、ひとりだけお礼を言わない無礼な方がいました。そうです。新井さんです。新井さんは机の上に置かれた梨を無表情でつかむと、古田さんをちらりと見やり、隣の席のプランナーに「俺、梨、嫌いだからおまえにやるよ」と聞こえよがしに言いました。

 古田さんへの嫌がらせとも思える新井さんの態度に、プランナーたち全員が眉をひそめました。古田さんも自分が新井さんに歓迎されていないことに気づいたのでしょう。その顔からいつの間にか笑みが消えていました。


(まずいわ。誰かが新井さんにガツンと言ってあげないと、このままでは企画室(ここ)の雰囲気が悪くなるわ。でも誰が?)


 あたしはプランナーたち全員を見廻しました。


(無理無理。そうなことができそうな人はひとりもいないわ。だって、皆、シャイなハートの持ち主ばかりですから。じゃあ誰が? あたし? 少なくても皆よりはメンタルがタフと自覚しているあたしが注意すべき? いやいや、それだけはご勘弁。だってあたしのことだから、絶対余計なこと言って藪蛇(やびへび)になることは目に見えてます。じゃあ、どうしましょう……。そっか! チクればいいんだわ。うん、そうしよう。課長にチクろう。そして課長に注意してもらおう。それが一番王道な方法だわ)


 そう思った刹那、企画室のドアが開き、会議で席をあけていた今野課長が戻ってこられました。まるであたしの意思に答えるかのような絶妙なタイミングです。

 課長はドアの前で立ち止まって誰かを探すかのように部屋の中を見廻します。


「いたいた。古田さん! ちょっと隣の小会議室まで来てもらえますか」


 そう言われてゆっくりと立ち上がった古田さんに、新井さんを除いたプランナーたちの視線がそそがれます。


「それと、新井君! 御手洗くん! 君たちも来てもらえるかな」


(えっ、なになに? なぜ、あたしと新井さんも?)


 思わず新井さんの方に目をやると、すごく怪訝な表情で首を四十五度に傾けています。

 あたしは呼ばれた理由の見当もつかないまま、隣の会議室へと向かいました。


 

 ~つづく~

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