第四話
「お疲れさん」
慎はフロアから一人で出てきた円に、声をかけて近づいていった。
「あれ? もう見学はいいんですか?」
「ああ。収入はあった。ただ、これ以上は見てるだけじゃ何もわからねー」
普通は、練習風景を見てるだけで何かわかるものでもないのだが。
「そうですか」
円は笑顔で返した。
「ところで――」
慎はそこで、本題を切り出す。
「天音さん。あんた、足でも怪我してるのか?」
円の笑顔が、微妙に崩れた。
「……どうしてですか?」
「さっきの試合で、後半になるにつれて天音さんの動きが極端に悪くなっていったように見えてな。――まるで、自分の足を庇うように」
「……よく見てますね」
「探偵だからな」
円は一瞬口を閉ざしたが、数刻の間を置いてから再度笑みを浮かべ、返答した。
「大丈夫です。ちょっとした筋肉痛ですから。最近忙しくて疲れが出てるんですよ、きっと」
「……そうか。ならいいんだが」
釈然としない回答だった。しかし慎は、それ以上の詮索はしなかった。
する必要が、なかった。
「それでは私、ちょっと部室に行ってきます。忘れ物をしてしまったので」
円は半ば逃げるように体育館を後にする。その場には探偵二人が残された。
少し経って、なんの脈絡もなく「なあ、文」と、慎が口を開く。
「どうやら、もう少しで事件の顛末がわかりそうだ」
そのように、告げた。
「……そう……」
驚いたことに、文が言葉で反応を示した。
「そうだ。だが、まだはっきりとはしてない。なんつーかこう――外郭がつかめたって感じだ。……もう一つ、何か要因があれば解決するんだが――」
突然、甲高い悲鳴が二人の耳に飛び込んできた。
「!? なんだ!?」
それは体育館の外に設置された、運動部の部室の方から聞こえてきた。――円が向かった場所だ。
「文!」
慎が言うより早く、文は既に走り出していた。一足遅れて、慎も走り出す。
部室まではそんなに距離もなく、『女子バスケ部』のプレートが貼られたドアにはすぐに到着した。
「天音さん!」
慎は勢いよくドアを開いた。そこには、ロッカーの前で尻餅をついている円の姿があった。
慎と文は、間髪入れずに円に駆け寄った。
「どうしたんだ!?」
「……あの……! これ!」
円はロッカーの中を指差す。その先には――
「うゎっ!」
――人形が置いてあった。無論、ただの人形ではない。
確か市松人形とでもいったか、童女の和製人形。異様なのはその風体だった。
目は漆黒に染まっていて、髪はぼさぼさ。また、その身についた服は傷だらけで、部位によっては無残に破り捨てられていた。
そして破られてはだけた胸元には、赤黒い字で、乱雑に『呪』と書かれていた。
『呪』。呪いだ。
「趣味が悪ぃにも程があるだろ。……ったく。確かにこりゃ、悲鳴も上げたくなるわな」
慎が平静を装って悪態をつく。その後で文が、なんの躊躇もなく人形を手に取った。普段から感情を表に出さない文は、こんな場面でも冷静さを欠いていないようだ。
それを見て、円も多少は落ち着きを取り戻した。
「大丈夫か? 天音さん」
「――はい。すみません。少し驚いてしまって」
驚くのも無理はない。この人形は、それ程に不気味であった。
「とりあえず、ここを出るぞ。さっきの悲鳴を聞いた奴はまだいるだろうし、ここに来られたら面倒だ」
「わ、わかりました」
三人は、颯爽と女子バスケ部の部室から去っていった。




