第三話
程なくして練習試合が始まった。
バスケ部の部員達がボールという獲物目がけて、解き放たれた猫のように、体育館のフロアを縦横無尽に駆け巡る。慎と文は、その様子を一つ上の階から傍観していた。
試合をしているチームの片方には円がおり、同じチームには環と、部長の雅の姿もある。あれが大会の選抜メンバーなのだろう。体育館の端からは、彼女たちへの声援が絶え間なく響いていた。
しばらく試合を眺めてから、慎がふと口を開いた。
「バスケにはあんま興味ねーけど、たまにスポーツ観戦するのも楽しいもんだ。な、文」
目を向けると、
「…………」
文は無言で視線を送って返してきた。慎は、文の言わんとすることを読み取る。
「『仕事しろ』ってか? 大丈夫、気にするなって。今まさに、試合観戦と同時に調査実行中だから」
フロアを見渡す。たったそれだけではあるものの、特殊な能力を有する慎にとっては、それは脅迫状の差出人を特定するのに大切な工程だった。
「つっても、どうも犯人っぽい奴は見当たらないんだよな。……お前はどう思う?」
再び文に顔を向ける。文は「さあ」とでも言うように首を横に振った。
「……まったく、ちゃんと喋ってくれよ、文。ほら、俺みたいにさ。――お前の考えてることいちいち読み取るのも面倒なんだから。コミュニケーションって大事だぞ?」
文は黙したままだ。それでも慎は、やはり文の思考をくみ取る。
「『余計なお世話。それにあんたは五月蠅いだけ』……か。……お前最近、俺への態度が酷くなる一方だよな。…………ま、いっか」
慎は、もう諦めたと言いたげに、溜息をついた。
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が舞い降りた。フロアで部活をしている生徒の声だけが、響いてくる。
ふと、何を思い出したのか、「そういえば……」と、慎が口を切った。
「文、お前確か、脅迫状見たときに『おかしい』とか言ってたよな?」
文はやはり、口を開かない。そんなことお構いなしに、慎は続けた。
「あれって、どういう意味だったんだ? お前、なんか感じ取ったんだろ?」
「…………………………悪意が」
慎の問いかけに対し、文はついに口を開いた。
「悪意が……感じられない……」
「は? それって、あの脅迫状にか?」
文は黙って頷く。
「おいおい、じゃあ、犯人は悪気もないのにあんなもんを天音さんに送りつけたとでも言うのか?」
慎は少量の驚愕の色を滲ませながら問いただす。
「……少なくとも……そうなる」
文の答えを聞くと、
「――なるほどな」
何やら勝手に納得した。
推測では、円に嫉妬をしている人物が脅迫状を送りつけたということだった。しかし送り主に悪意がないとなると、自然とその線は消える。
――そうだとしたら、犯人の動機は一体なんだ?
…………。
「……わかんねー」
嘆息する。スゴロクで唐突に振り出しに戻ったような気分だった。
「……ま、嘆いていても仕方ないか。よし、もっかい調査開始だ」
慎は、戻ったスタートからサイコロを投げた。
試合の後半に差し掛かったときだった。
「――ん?」
気づいたのは、慎だった。
「あれは……」
そこで、誰かに肩をつつかれた。隣を見ると、文がこちらをじっと見ていた。
文はその瞳で「どうしたの?」と、訴えかけてくる。
「いや、ちょいと気になることがあってな」
慎は階下に視線を戻す。
その視線の先には、円がいた。
しばらくすると、試合終了の笛が鳴った。
「文、行くぞ」
文は首を傾けた。「どこに?」と言いたげだ。
「天音さんのとこだよ」
慎は文を連れて歩き出した。




