第51話 彼氏No44【嫉妬狂いの風穿弓ベイリル】
『あぁ……またやっちまった』
あれは数年前の事。
吹き荒れる嵐の中、一人の青年がうめき声をあげていた。
『ちゃんと知ってたはずなのに。ギギラには他に彼氏がいる事も、彼女は全員を愛しようとしていることも』
青年の腕の中には切り傷まみれのギギラが倒れている。
『俺はいつもこうだ……大切なものを見つけると暴走して……いつも傷つけて……最後には見捨てられる』
『大丈夫だよ……ベイリル君。ギギラは生きてるから』
血まみれのギギラが起き上がる。
出血のせいか、虚になった目を灯し、ベッタリとギギラは抱きついた。
『ギギラは、いろんな男の人と付き合ってなお君に告白するし、ベイリル君は愛が大きいけど、その分相手を傷つける……面白いカップルだね』
『面白いって、本気で言ってるのか』
『ギギラは本気だよ』
ぬくい流血を纏った手で青年の背中をゆする。
『ギギラはさ、きっとベイリル君をいっぱい嫉妬させちゃうと思う』
『……』
『でもね、ギギラは絶対ベイリル君の手を離さないよ』
深く、グロく、溶かすようにギギラは青年の心を掌握する。
そうしてかの青年は44番目の彼氏となった。
ギギラはベイリルの心を開き、彼を武器にしたこの日を忘れない。
◇
「さぁ行くよ。ベイリルくん」
ギギラが取り出したのは【嫉妬狂いの風穿弓ベイリル】.
コロシアム内でも幾度となく使用した大弓。
その能力は実にシンプル。
大弓が嫉妬すればするほど火力が上がる。
「断言するよ。この戦いのMVPはベイリルくんだってさ」
ギギラが弓を引く。
彼女の言葉に答えるように、弓となった44番目の彼氏は荒れ狂うように光った。
その瞬間、ギギラを中心として大きな嵐が形成される。
「な、なんだそれ?!」
「明らかに今まで見てきた彼の出力を大きく上回っていますね」
ベイリルの攻撃を何度も見たことがあるバランやジェーエルもその光景を見て身構えた。
ギギラを囲う嵐はどんどんとその勢いを増す。
誰も近づかせないように。
中にいるギギラを取られないように。
嵐の中には小さなかまいたちが飛び交っていた。
姿勢を正して狙いを定めているギギラの体にも容赦なくかまいたちが襲いかかる。
「大丈夫。弓を構える姿勢は崩さないよ」
そんな中でギギラだけが冷静に、いつもと変わらぬ姿勢で佇んでいる。
「ごめんねベイリル君。こんな酷な事頼んでさ」
今回の戦いにおいて、ベイリルが行ったのは徹底してみる事だけであった。
戦闘開始時、バランと一緒に出されるも【禁術殺しの禁術】によってダウン。
その後も腰に収納され、竜人となったギギラの戦いを見せられた。
愛した女が目の前で戦っている。
かつてない強敵を前に足掻いている。
他の男の力を借り、必死に笑顔を浮かべている。
そんな状況をずっと魅せられているのに、自分には何もできない状況がずっと続いていた。
嫉妬深い彼氏にとって、この光景は拷問と言わずに何と言おうか?
これを魅せられて嫉妬しない人間など何処に居るだろうか?
「大丈夫だよ。ベイリル君とあの時した約束は果たす」
あぁ、ギギラ!!
他の男なんて見ないでくれ!!
俺を見てくれ!!
俺を頼って!!
俺だけを頼ってくれ!!
ギギラを囲う風はまるでそう訴えかけている様で。
「君がどんなに嫉妬で狂っても、ギギラは決してその手を離さない」
ギギラはそんな嵐に愛の告白をしながら弓を引き続ける。
「ありがとう。ベイリル君のおかげで今日は勝ったよ」
◇
「なるほど、今までの戦いはそのための」
ジェーエルは赤い色で壁を作りながら思考を回す。
ギギラが放とうとしている一撃は、おそらく今までで一番威力の高いものだ。
生半可な覚悟で迎撃すれば死ぬだろう。
だからこそ、ジェーエルは守りを固めた。
「ここで私が負ければいつもと同じ……ここを乗り越えるのが私の課題ですね」
いつも展開している糸のバリアを二重にも三重にも編んでいく。
「状況は依然不利ですが、巻き返せる可能性は0ではないですね」
三重、四重に重ねた糸のバリアは余程のことでは壊れない。
事実上、このコロシアムを覆っている結界より硬いのだ。
一度ここを凌いで大勢の立て直しを。
そう考えていた時のことだった。
ジェーエルの視界は一気に切り替わり、青い空が見えていた。
余りにも急すぎる視界の変化に、遅れて思考がやってくる。
自分の体が宙を舞っているのだと。
ギギラ・クレシアが放った風の矢の衝撃で打ち上げられているのだ。
「コロシアムの結界すら越えるバリアを……一撃で」
その事実をジェーエルは理解した。
そして、彼女はギギラが次に打ってくる策を推測する。
今までの戦闘データを見れば分かる事だ。
ギギラ・クレシアはこんな絶好の隙を見逃さない。
「トドメは任せるよバラン君」
「おうよ」
その答え合わせと言わんばかりにのやり取りが聞こえる。
ギギラ・クレシアが左手でバランを持ち、膨大な魔力を一点に集めていた。
「限界超えろ!!【|万能の杖は破壊の短剣へ《モードロック・オルタゾット》】!!」
バランが虹色の魔力に包まれる。
それを見たジェーエルは以前の戦闘から逆算し、自分のしなければいけないことを導き出す。
あの形態のバランには、全魔力を相手に逆流させる技がある。
つまり、一回でも体を刺されたらチェックメイトだ。
自分が操っていた糸はつい先ほど全滅させられた。
新しい糸を作って防御に移るまで15秒。
この距離をギギラ・クレシアが詰めるには最低でも30秒は掛かるだろう。
であれば間に合う。
最低限の糸を出し、攻撃の軌道をそらし、その隙に致命の一撃を加えて状況を一変させる。
「今は時間を稼ぎます」
「そんな悠長な事させると思う?」
呆れたように言い返すギギラが走り出す。
同時にワームホールを開きながら。
「彼氏No25ー」
その瞬間、ジェーエルの逆算が崩れた。
No25 ……コロシアムでギギラが使っていない武器の一つ。
ジェーエルがその能力を考察する前にー
「【直線覇王の雷撃靴ハック】!!」
足に雷を纏ったギギラがジェーエルの胸を突き刺していた。
「スピード特化の武器ですか」
「そ。ハック君は直線の移動なら光と同じ速度で走れるよ」
ギギラはそう語りながらも、左手の力を緩めない。
ぐりぐりと刃をジェーエルの体に差し込みながら、バランの纏う虹の魔力を逆流させた。
「|死罪の剣は足掻き続ける《デットエンド・ストラグル》」
次の瞬間、虹の魔力がジェーエルの体内で大きく爆ぜたのだった。




