第48話 酷いマッチポンプの正義の味方
「ん?」
翌日の朝。
ギギラは違和感を覚えながら目を開ける。
耳を澄ませば、ざわざわと人の声が聞こえるのだ。
いつもは自分とバランの声だけが響く独房。
こんな事は今まであり得なかった。
「なぁんか妙な感じだよな」
「バラン君」
「今日の朝方からこんな感じなんだよ。急に人気が増えたって感じでよ」
バランの声を聞きながら寝ぼけた頭を回転させる。
そのさなかでギギラは気づく。
ざわざわと聞こえる人の声は怒りに満ちている。
普通の雑談をしているにしては空気が悪いように感じだのだ。
ここ数日の連戦。
昨日の対戦相手は死刑囚ではなく、ギギラと因縁のある相手が出張ってきた点。
そしてジェーエルのあの発言とこの状況。
ギギラは心の中で確信するだろう。
昨日感じた嫌な予感は的中しているのだろうと。
そんな事を思案していると、突然トビラがガシャンと大きな音を立てた。
いつもであればジェーエルが無表情な顔で朝食を持ってくる事だろう。
しかし、今日顔を見せたのは殺気で満ちた顔をした知らない女だった。
「ケッ」
女はそれだけ言うと、汚い残飯の入った皿を投げ捨てる。
それは幾分と久しぶりに食べる死刑囚用の朝ごはんだった。
「うげぇ。久しぶりに見たら凄いな。ジェーエルのやつがご飯持ってきてくれるのってありがたかったんだな」
「まぁギギラ達は死刑囚だし、この料理が妥当なところはあるからね」
「んでどうするんだよ。これ食うの?」
「当り前でしょ。どうせ今日もこの後殺し合いだよ??食べないと体動かないしさ」
ギギラはそう言うと、おもむろにバランをつかんだ。
彼は少し嫌な予感がしつつも、そっとギギラに問いかけた。
「あの~ギギラさん??どうして今俺をつかんだんです?」
「このまま食べる訳ないじゃん。バラン君火と水出して」
「あぁ……やっぱりこうなるのかよ」
バランがトホホと声を出す前に、その先端は残飯に突っ込まれていった。
ギギラはバランをうまく使って残飯をこねくり回し、見た目がだいぶマシになった残飯を作り上げるのだった。
◇
ギギラの予想は的中。
今日も死刑囚同士の殺し合いが始まるそうだ。
ギギラはもはや慣れた道を歩き、コロシアムへ足を運ぶ。
そこでギギラを迎えたのは、またもや人の喧噪。
怒りに満ちた人々の、訴えの声だった。
『どうりで強いと思ったんだ』
『お前、責任取ってもらうからな』
『そうだ!!そうだ!!お前はここで死刑囚を皆殺しにしろ!!』
この熱狂ははっきり言って異常だ。
そう思ったギギラは目にしたのは。
「は?」
コロシアムの真ん中で貼り付けにされている女性の姿。
この監獄のNo2であるはずのジェーエルが、囚人たちと同じみすぼらしい服を着て貼り付けにされている。
『皆様の怒りはごもっともです。私達も知らなかった。裏切られていた。直接皆さんに被害を与えていないとしても、このような罪は到底許されるべきではない!!』
いつも試合で声を上げている司会者が叫ぶ。
ジェーエルは裏切り物だと。
死刑囚であるギギラ・クレシアに食を恵み、情報を与えていたと。
『我々はジェーエルが死刑囚の殺し合いを使ったギャンブルをしていた事を確認しています。今朝の新聞にその証拠が乗っている事でしょう!!』
『ギギラ・クレシア使って八百長しようとしてたって事かよ』
『いいご身分だなおい!!』
「そう言えば……初めてあの女とあった時」
そんな事を言っていたような気がする。
ギギラはそう思い返した。
確かに1,2,回ほどはギャンブルの話をしていたのだ。
記憶にも残らないほど少ない、たったの1,2回だけ。
『そこまで金が必要か?!』
『こんな仕事してる癖にギャンブル中毒者とか勘弁してくれよ』
『お前のせいで俺は負けて借金こさえたんだぞ!!』
ジェーエルがギャンブルの為に法を破る人間では無いことはあの女嫌いのギギラであっても察せられる。
なんなら、あれはギャンブルに興味の無い類の人間だろうとも思い至っているだろう。
ギギラは彼女に持っているのは、感情の無い仕事人間と言うぐらいだ。
『私、ジェーエル様がギギラ・クレシアに美味しそうな食べ物を渡している所を見たんです。あの時はこれもお仕事の一つだと思っていたんですが』
ギギラが混乱する頭を押さえていると、むかつく高音の女声が響いた。
視線を向けると、貼り付けにされているジェーエルの隣に軍服を着た女が立っている。
新人とか言ってギギラにちょこっと顔を出した程度の女だったはずだ。
その女がなんで仲間であるはずのジェーエルをあんな目に合わせている?
なんでただただ仕事をしていただけのジェーエルが罪に問われている?
そんな疑問がギギラの脳内を掛け、そして答えが稲妻のようにひらめいた。
「なるほど……マッチポンプで死刑囚をつくたって事」
なんでそんな事をする必要があるのか。
マジで意味が分からないとため息をついたその時。
『これが彼女の罪、これが彼女が死刑囚になった理由です』
司会者の男が声高らかに叫んだ。
『皆さん、許してはおけないでしょう??今までの死刑囚の誰よりも許せないでしょう』
司会者の声は、まるでコロシアムに集まった民衆の心を扇動するように、熱く熱く言葉を発する。
『であれば、その怒りを。ついでに日常で感じる不安や怒りも彼女に当てつけましょう!!彼女は裏切者なれど神の信徒。皆さんの怒りを受け取り、代行者として果たす異能がまだその身体には残っている』
その声を聞いた民衆が一斉に声を上げる。
怨嗟を、怒りを、薄暗い願いを、一斉に大声で上げ始めた。
『ギギラ・クレシアを殺せ!!!』
『このコロシアムに収監されている死刑囚を全員殺せ!!!!』
『今後現れる悪いやつは全員殺せ!!!!!!』
『平穏を脅かす存在は全員殺せ!!!!』
『お前は俺達の奴隷のように、不安因子を抹殺し続けろ!!!!!』
『私の代わりに動き続ける都合の良い殺戮兵器となって死すべき人間を殺せ!!!!』
明らかにいきすぎている言葉の数々。
良くない熱に浮かされている言葉の数々。
『そうでもしなければ、お前の罪は償えない』
その暴言たちは赤い糸となって、ジェーエルの体に突き刺さった。
「【役割神託:操り人形】」
ジェーエルがぼそりと叫ぶ。
赤い色を纏った死刑囚は自分を貼り付けにしていたものを破壊し、コロシアムに降りる。
その顔は赤い色によって表情筋を引き上げられており、無表情であるはずの彼女の顔は歪な笑顔を浮かべていた。
「昨日ぶりですね。ギギラ・クレシア」
「なんというか。正義を謳ってるわりに君の組織もだいぶ終わってるね」
「そうでしょうか?」
「こんなマッチポンプまでして、皆の意識が君への悪意へ染まるように扇動して、さすがのギギラもドン引きだよ?」
気が付けば、ジェーエルの後ろに青いエネルギーの塊があった。
その塊は人の形をとり、笑顔を浮かべながらジェーエルの耳を塞いでいる。
【耳無し】だったか。
彼女達が信仰するかの神は、この状況に大層ご満悦の様だ。
「最終的に平穏が訪れるのならその過程は問わない。私達はそういう神の元に集まった信徒ですので」
「あっそ」
興味なさげにギギラはゲートを開く。
そこから取り出したのは、いつものようにバランと……そしてもう一つ。
「彼氏No69【不全能の短剣杖バラン】」
「彼氏No44、【嫉妬狂いの風穿弓ベイリル】」
嫉妬によって威力を増す、風の矢を放つ大弓を取り出した。
「それじゃぁ、始めようか」
「ええ。私とあなたの殺し合いを」
そうして二人の戦いの火ぶたは落とされた。




