第46話 万能の杖は破壊の短剣へ
「うんうん。大体分かったよバラン君」
虹色に輝くバランを握ってギギラは頷く。
彼女はバランが精神世界で行った修行を見ることは出来ない。
故に、彼が新しく見出したこの形態が厳密にどんなものなのか知ることは出来ない。
それに、今のバランは喋ることが出来ない。
なので、彼の口からこの形態の真価を説明されることは出来ない。
でも、そんなことは彼女にとって関係はないのだ。
ギギラ・クレシアは愛した男を武器に変えて保管する死刑囚。
故に、言葉を介さなくともその武器の考えていることなど簡単に理解できる。
それはきっと、歪んでいながらも純粋な彼女の愛ゆえに。
「それじゃあ行こうか」
地面を強く蹴り、ギギラが前に出る。
アルチナはその動きに合わせて魔弾を放つ。
「何が新しい力よ。バラン如きの力で私を超えられる訳があるわけないでしょうに!!」
アルチナの声に込められたのは悲痛な願い。
格下に見ていた相手に揺るがされたプライドの悲鳴だった。
「制圧する魔弾群」
アルチナの背後には無数の魔法陣。
そこから飛び出す魔弾の群れ。
人の身長ほどはありそうな大きさの魔弾が様々な属性を持ってして群れをなし、ギギラ・クレシアという個人へ襲いかかっている。
しかし、それを見てもギギラは引かない。
そして怯えない。
ギギラの目に映るのは今から自分が殺す獲物の顔。
迫る魔弾などなんの問題も無いと言いたげな涼しい顔で、彼女はバランを振った。
「死罪の剣は猛進する」
バランは杖だ。
されど、その先端にはナイフ程度の刃物が付いている。
その刃物が虹の魔力を纏い、魔弾を切る。
アルチナが放った魔弾の軍勢は、そのナイフ程度の刃で一掃されてしまった。
「うそ」
目の前の光景をアルチナは受け入れられない。
それ故に、あろうことか戦場でアルチナは呆然としてしまう。
「ありえない。ありえない。私の作ったモーゼアロンがバランなんかに押されるなんて!!」
アルチナが握るモーゼアロンは賢い杖だ。
主人が目の前の現実を受け入れられず、固まっている今も懸命に魔弾を放ち続けている。
「そうよ。今のバランにはリーチが無いじゃない。このまま魔弾を打ちづつけばいづれ勝てるわ。なんなら後ろに逃げながらー」
「ギギラはね、武器におんぶにだっこな君とは違うんだよ」
切られ続ける魔弾はもはや弾幕として機能していなかった。
ギギラはサクサクと魔弾を切り、直線距離を走ってアルチナに近づく。
「ギギラはいい女だからさ、彼氏の欠点は静かに補うんだよ。その上で、カッコ良く魅せるんだ」
気がつけばギギラは目と鼻の先。
「それにクロスレンジは得意なんだよね」
『オートガード起動』
モーゼアロンが自動的に張ったバリアにバランが刺さる。
虹の魔力を纏ったバランは甲高い音を鳴らしながら、少しづつバリアを削っていく。
「これじゃいつバリアが破られても」
「おかしくないねぇ!!それじゃぁどうするのさ!!」
「ッ」
アルチナは舌打ちをしながらバックステップ。
周囲に大きな風を起こし、空へと舞い上がる。
「バランのその形態も長くは持たないはずよね。アイツのスタミナが切れるまで、私はここで時間を稼ぐ」
カラカラと乾く喉でアルチナは去勢を張った。
「今のバランのリーチじゃ一生追いつかないわね!!あ〜あ。唯一の勝ち筋が無くなって可哀想に」
「バカだねぇ。そんな安っぽい解決策でギギラ達に勝てるとでも?」
空を飛び、精一杯の罵倒を浴びせる彼女に対し、ギギラはそう吐き捨てた。
「ギギラはここに来てからずっとバラン君と戦った。ずっとサポートしてもらってたんだよ?」
ギギラは一切の迷いなく、次の攻撃行動に移る。
「今更こんな事でギギラ達は止まらないんだよ」
バランを強く握り、力一杯に投げる。
今までの戦闘でも幾度となく使ってきたバランの投擲。
今までの経験があるのだ、ギギラはここで狙いを外すというヘマはしない。
バランは的確にアルチナへ向かって飛びー
『オートガード起動』
見事に命中。
「モーゼアロンが張ったバリアに……突き刺さってる」
今まで幾度となくアルチナを助けたそのバリアにはヒビが入り、刃の先端は深く刺さり込んでいた。
「それじゃ、仕上げだね」
ギギラがそう言って右手をバランの方へ向ける。
すると、彼が纏っていた虹色の魔力が荒ぶり始めた。
「これだけの力を持った魔力、纏うだけなんて勿体無いよバラン君」
「まって、待ちなさいよアンタ。一体何するつもり?!」
「この魔力を全部君に流す」
「へ?」
「刺した場所から大量の魔力が流れるんだよ。きっとバラン君も喜ぶ必殺技になる」
「こんな量の魔力を流されたら人が死ぬわよ!!何考えてるわけ」
「君こそ今更何言ってるのさ。これは死刑囚同士の殺し合いだよ?」
「私は死刑囚じゃない!!アンタとバランを殺す為に、死刑執行人としてこの戦いにー」
「たとえ君が特別な立場で参加したからって関係ないよ。戦いの席に立った時点で死ぬ事は覚悟しなきゃ」
「し、死ぬ??私が??そんな事ありえないわ。モーゼアロンさえあれば私は」
「よしッ。技名決めた」
ギギラは嬉しそうにそういった。
とても今から人を殺める人間の顔とは思えない健やかな顔で。
「|死罪の剣は足掻き続ける《デットエンド・ストラグル》」
瞬間、虹の魔力が爆ぜた。
アルチナも、彼女を守っていたバリアも、その爆発に巻き込まれて破損。
「私……は」
薄れゆく意識の中、アルチナは思い返す。
モーゼアロンの中には回復系の魔法を仕込んである。
「モーゼアロンさえ、あれば」
この状況からでも巻き返せる。
体が落下する中、彼女は必死に辺りを見渡す。
「あった。私のー」
そうしてモーゼアロンを見つけた。
しかも、十分に手が届く距離だ。
「よかった。まだ私はー」
「バラン君もう動けるでしょ?あとお願いね」
その不快な声が聞こえた瞬間、小さな杖が彼女を横切った。
「ったくお前は!!どうしてそんなに扱いが雑なんだよ!!」
さっきまで虹の魔力を纏っていたバランだった。
さっき使った技の反動か、いつもの彼に戻っている。
そう、自分で喋って自分で動くいつものバランに。
「まさかアンタ。モーゼアロンを?!」
「そうだよ。俺がこの杖をあっちに飛ばせば、お前の勝機は無くなるだろ!!」
そう叫んでバランはモーゼロンを遠くへ飛ばしたのだった。
◇
モーゼアロンを失ったアルチナに逆転の方法は無い。
そもそも、彼女一人では受け身を取ることすら出来ない。
死が確定した落下の中、彼女は考える。
どうしてこんな無様を晒す事になったのだろうと。
自分はあの二人が憎かったのだ。
どうして?
それは、認められなかったから。
自分の中にあるプライドが現実を認められなかったからだ。
噛み締めるように、何度も何度も後悔する。
「あーあ。結局、バカみたいなのは私じゃない」
憎しみに身を任せ、なんのリスクも考えなかった。
周りに肯定してくれる人間しか置かなかったから、間違いに気づけなかった。
相手を殺す気でいたのに、自分が殺される覚悟をしていなかった。
あぁ。
あぁ。
どうしてこんな死に際になって、こんな簡単なことを理解してしまったのだろう。
これなら愚かなまま、恨みの中でしんだほうがマシだった。
もっと早くに気づいて、あんな二人とは距離を置くべきだった。
「嫌だ!!死にたくない!!」
きっと、彼女の声を聞き入れるものはいない。
試合を見にきた人々は手を出せない。
ギギラとバランは、アルチナを助けるわけにはいかない。
だって自分の命が掛かった戦いなのだから。
自分が生き残るために誰かを殺す、その業を背負う覚悟でずっと戦っているのだから。
きっと私はここで死ぬのだと。
無様を晒して死ぬのだと。
そう絶望してアルチナはそっと目を閉じた。
「こちらとしても、初めての死刑執行人が死ぬのは印象が悪い」
「え?」
「そのまま動かないでください。貴方は死なせません」
そんなアルチナに救いの声が響く。
「【役割神託:操り人形】」
アルチナの体を赤い色が受け止める。
それはまるでネットの用に落下の衝撃を吸収した。
「すぐにウチの医療班に診てもらいましょうか。あちらの通路へどうぞ」
「あ、あんたは」
アルチナは、自分を助けてくれた相手の顔を見る。
その軍服に身を纏った女性は彼女にとっても初対面ではない存在。
そして何より、ギギラ・クレシアにとっても関わりの深い存在だった。
「死刑囚じゃないからって贔屓??なんで割って入ってきたのさ、ジェーエル」
「さっき言った通りですよギギラ・クレシア。私達の組織にもイメージがありますので」
「よく言うよ。君自身には感情なんか無いくせに」
その女性の名はジェーエル。
ギギラに毎朝料理を渡す、監獄長補佐官。
「試合はあなたの勝ちです。早く独房に戻ってください」




