大人の威厳とかいうやつ
あやめをこの家にしばらく泊めると決めて、解決しなければいけない問題がある。
それは寝室だ。
昨日は私の部屋で寝ていたが、さすがに毎日という訳には行かない。
別にやましい気持ちがあるわけじゃない。むしろ私が襲われる可能性の方が高いから警戒している。
私は睡眠の質を大事にしているためベッドにはお金をかけてるしクイーンサイズである。
ふたりで寝るには余裕のスペースだった。
この家には空き部屋が2個ある。
だが、今は物置になっているはず。
しばらく入っていないし、あやめは一度開けたけど見なかったことにしたらしい。
物置はいずれ掃除してあやめの部屋にするとして、この家に泊まるなら必要なものがかなりある。
「苦手なものありました?」
「んあ、いやちょっと考え事してた」
夜ご飯を食べていた。
あやめは塾の帰り道にスーパーに寄って食材を買っていて、テキパキとご飯を作ってくれていた。
お世辞なしでかなり美味しい。
いいお嫁さんになれそうだ。
違う、この子私と結婚したいんだった。
あやめを見ると、にこにこしていた。愛嬌がいいな。
「言うの忘れていたが後でちょっと出かける」
「こんな時間にですか」
そんなに遅い時間ではないが、出かけるには少し遅い時間だった。
こんな時間じゃないと行けない場所なんだけど。
「バイト先のバーに行くんだよ」
「お休みじゃないんですか?」
「客として飲みに行く、そろそろ缶は飽きた」
飽きたと言うよりバーで飲みたい気分だ。
「私を置いていくんですか」
それは私も悩んでいた。
あやめを一人でお留守番させていいのか、高校生だからそれぐらいはできるはずだ。
だけど私は違うことを心配している。
あやめが作ってくれたご飯を、なるべくゆっくり食べながら言い訳を考えていた。
「浮気しにいくんですか?」
「断じて違う」
本当に一人酒を楽しむ予定だ、話の流れで常連さんと飲むかもしれないが終電までにちゃんと家には帰るつもりでいる。
そもそも浮気ってなんだ。
「未成年を連れていくわけには行かんからな」
「すぐ帰るから、待ってて」
納得してくれないようで、いつも上がっている口角はすっかり下がっていた。
本当は行かずにあやめといるか悩んでいるが友達に飲みに来いと誘われてる、あくまで店員として接客してくれるから一人飲みは嘘では無い。
「いいですよ、待ってます」
「…ごめんね、ありがとう」
こんなすんなり行かせてくれるとは思わなかった。
もっと駄々をこねられると思っていた。
目の前に座っていたあやめは立ち上がり、私の隣に来た。
なにか言いたげで私の手を掴んだ。
「その代わりこれ付けててください」
あやめは私の右手首にヘアゴムを一本付けた。
そしてあやめが今髪の毛をくくってるはずのヘアゴムを外して、もう一本私の右手首に付けてきた。
「本当は指輪とかネックレスの方がいいんですけど、生憎持ってないのでこれで魔除けです」
「魔除けって…」
ヘアゴムなんて女の人なら大抵みんな持っているし、変じゃない。
だけど、これには意味がある。
一本だと恋人募集中。
二本は恋人がいます。
私も学生の時にこのアピールは流行っていたし、やっていた。
大学生までは常にヘアゴムを手首に付けていたが、社会人になってからは身だしなみの関係で左手首に腕時計だけをつけていた。
確かにこれはゴシップ好きな知り合いから聞かれそう。
「浮気、しないでくださいね」
私は答えなかった。
こんな見え見えな独占欲に反抗するつもりはない。
可愛いと思ってしまうあたり、もう末期かもしれない。
年下というだけで何しても可愛い。
「ご馳走様でした。」
私は何も答えずにあやめが作ってくれたご飯を平らげた。
スウェットから着替える時に首元の痕が見えないようにハイネックのヒートテックを着ようとしていたがあえて普通のカットソーにした。
「いいんですかそれ」
「いい、浮気するつもりはない」
少しぐらい悪ふざけにのってもいい。
そう思った。
洗面所に行き鏡を見た。
「やっぱりハイネックにするか」
想像していたよりも痕が残っていた。
くっきりと。
キスマークだけならまだ良かったが、歯型は少し具合が悪い。
髪の毛下ろしてたらバレないか…?
外出する時はいつもお団子だった。
たまには気分転換ぐらいの気持ちで髪の毛を下ろしても問題ないだろう。
「髪の毛下ろしてるのも可愛いですね」
あやめは私の後ろで眺めていた。
私の髪の毛をひと房掬い、唇を近づけた。
簡単に身動きが取れなくて困る。
「ナチュラルメイクも似合ってますね」
「褒めても何も出てこないからね」
「要りませんよ、薫さん以外」
悪寒が立つ。
悪い気持ちではないが、ゾワゾワとする。
このデカすぎる愛を受け取れきれる自信はない。
髪の毛は解放してくれたが次は私の腕を掴んだ。
やはり行かせたくないのだろうか、私を離してくれない。
「キスしていいですか」
「だめ」
良くないことは止めないといけない。
それにせっかく口紅をつけたのに取れてしまう。
あやめは引く気はないようで、一歩私に近づいた。
「私のものですからね」
あやめは私の顔を引き寄せ、唇にキスをした
拒否したはずなのに。
だけど、私は逃げなかった。
まるで期待したように。
私が受け入れてるのをみて、あやめはもう一度唇に近づいた。
「ごめんだけど、私が何もしない大人だと思ったら大違いよ」
あやめを壁に押し付け、私からキスをした。
軽い触れる程度のキス。
これでは納得してくれない。
私はあやめの鎖骨あたりに唇を落とした。
つっつくように吸い付く。
跡が残るように。
「だめって言ったのに」
「気が変わった」
ダメだとわかっていても、私は別に真面目な大人でもなければ規律のある大人でもない。
私はスリルを楽しむ悪い大人だ。
「赤いね」
吸い付いた痕が残ってるか分からないぐらい口紅で赤くなっていた。
背徳感が突き刺さる。
たまらない。
「ここだけでいいんですか?」
「今はね」
「ずるいです」
あやめは私の手を掴んだまましゃがんだ。
照れていることは耳の赤さでわかった。
私はふと気になった。
この子どこでこんな知識を。
キスに戸惑いがないし、上手くすら感じた。
「ねえ、元カノとかいた?」
「いませんよ、薫さんしか見えてません」
あやめは頬を膨らませ、拗ねてるぞとアピールしているようだ。
なら魔性の子すぎる。
「薫さん、大好きです」
「どうも。」
私はまだそれに応えるつもりはない。
遊んでるつもりもない。
少なくとも今はこのままの方がいい。
あやめは立ち上がって鏡を見た。
鎖骨あたりについてる情熱的な赤さに満足しているようだ。
「じゃ私はそろそろ行くから」
「待ってますね」
「寝てていいよ遅くなるかもだし」
「浮気チェックするので」
あまり信用されていないようだ。
これでも立派な大人です。
年齢だけは。
「今度はちゃんとネックレスにしますね」
「いい。大丈夫。遠慮する」
「ダメです、ちゃんと私のものだって知らせないといっそ首輪にしますか?」
「ネックレスでお願いします」
この子なら本当に首輪を用意しそう。
ネックレスならまだしも首輪を四六時中つけてる社会人はかなり捕まりそう。
あやめの気持ちは重すぎる。
だけど、その重さは心地いい。
深い沼にハマってしまったようだ。




