悪い子と悪い大人
「さっむ」
私はのぼせる前にお風呂から出た。
原因はお湯以外にあるから、早々に離れたい。
「いきなり冷水出すからですよ」
お前のせいだ。
と言いたいけど、私は大人なので我慢した。
私一人でお風呂を出たかったが「介護は最後までしないといけないので」とか言って私と一緒に出てきた。
脱衣場も狭くはないが、二人の吐息しか聞こえないこの空間は心臓に悪い。
昔の私ならこれから起きることに興奮していただろうけど、今は理性も大人になっている。
私はタオルで体の水気を取ってる時にあることに気づいた。
「着替え持ってきてないわ…」
一人暮らしの家で誰か来るわけではないから普段は裸で過ごしていた。
部屋着はあるけど、寝間着はない。
部屋着と寝間着の違いは対してないが私なりのこだわりだった。
隣の悪魔高校生は私を見ていた。
とびっきりの笑顔で。
「いつも裸なんですか?」
「そうだよ…」
「じゃいつも通りにしていいですよ」
それはつまり私の裸を見ていたいということなのでは?
「薫さんの裸綺麗なのでずっと眺めておきたいです、なんなら写真撮っていいですか?待ち受けにします」
「絶対すんな、絶対撮るな」
この子は私の家だけではなく、私のプライドと社会的地位まで奪いたいのか。
ほんとに悪魔の子だ。
あやめは自分でちゃんと着替え持っているところに頭を抱えそうになる。
最初から断れないと断言して泊まる用意しているところに戦慄する。
私はとんでもない子を拾ってしまった。
親元に早く返さないと。
「そういえば冷蔵庫の具材でおつまみ作っといたんですけど、食べますか?」
やっぱりしばらく置いといてもいい。
「私は部屋で着替えてくるから待っといて」
一人暮らしの醍醐味といえば全裸で歩き回って生活できるというのに。
仕事終わりの開放感を味わえなくなってしまった。
だが、女の子との暮らしも悪くないかもしれない。
私の体をしっかり見張っておかねば何が起きるか分からないのが問題だが。
部屋に入って周囲を見回した。
たしかゴミやそこら辺に置いていった下着は消えていた。
帰るべき場所に帰っていったようだ。
ゴミはゴミ箱。
下着や服は洗濯機。
それぞれ家に帰れて良かった。
家なのかはさておき。
タンスから干物のようなスウェットを引っ張り出し着たが、目の前の鏡に映されてる自分にため息がこぼれる。
「痕残ってるぅ」
あやめに首筋を噛まれた。
結構な力で噛まれたから痕がくっきり残っている。
今まで噛まれたことも噛んだこともないからどれぐらい残るか分からない。
スウェットで隠せない場所にあることが悩ましい。
この三日特に誰とも会う予定はないと思っていたが、明日椿に会うのだった。
「絶対なんか言われるよね…」
からかわれるパタンを想像したが、世界の滅びを願ってしまいそうなので、考えることを諦めてあやめの傍に向かった。
「オレンジジュースならあるけど飲む?」
「いいんですか?」
「コップこれでいい?」
あやめはソファに座って待ってくれていた。
ローテーブルの上にはおつまみになるものが三皿ほどあった。
お酒も出してくれていた。
この子やっぱり有能すぎる。
社畜の私にはかなり必要。
なんなら一家に一人必要。
あやめと暮らしていたら私廃人になる気がする。
勝手にお皿とか台所使っていたのは不問としよう。
それに、食にこだわりはない。食べれればなんでもいい。
「オレンジジュース好きなんですか?」
「いや?ただオレンジジュースがアルコール分解してくれるから二日酔いにいい」
「まあ、そうですよね」
聞いといてそんな興味ない反応をされると落ち込む。
これでも塾の先生なのだから、雑学として褒めて欲しい。
「美味しいですか?」
「超が作るほどにね美味しい」
あやめは自分の作ったおつまみが口に合うか心配しているようだけど、私からすればお店に出せるレベル。
味音痴なのが少し申し訳ない。
もっといいリアクションすればよかった。
「良かったです、沢山練習しました」
「おつまみの?」
「まあ、そんな感じです」
おそらく兄を練習台にでもしたのだろう。
椿が大学生の頃お弁当を毎日持ってたけど、あやめが作ってたなら納得する。
高校の時ずっと学食だったのにいきなりお弁当になることあるんだと不思議に思っていた。
謎が解けて少しスッキリする。
「今日一緒に寝ましょうね」
「ベッド貸すから、私はソファで勘弁して欲しい」
「ダメですよ、ソファはしんどいですよ」
「じゃ床で寝るから」
本当に勘弁して欲しい。
「一緒に寝ますからね」
お風呂では冷水があったが、ベッドには温もりしかない。
理性は溶けたら戻らない。
勘弁して欲しい。
「布団一つしかないんですよね」
「なくても寝れるから」
「そろそろ冬なりますよ」
「私最強だから問題ない」
負ける訳には行かない。
私はここで勝つしか理性の保ち方を知らない。
「一緒に寝ちゃダメなんですか…?」
「あ、それずるい」
可愛い顔はずるい。
年下の上目遣いなんて、勝てるわけないのに。
目をうるうるさせるなと言いたい。
一緒寝るだけ。
ただベッドを共有するだけ。
私はあやめにも自分にも負けた。
情けない大人でごめんなさい。
おつまみが無くなるまであやめは隣で高校の話をしてくれた。
楽しそうな高校生活は少し眩しくて愛おしかった。
「全裸で寝ないんですか?」
「危なそうだからしない」
そろそろ寝ようかと布団に入ったのに、彼女は素朴な疑問として私に問いかけた。
おかしな質問だ。
「ブラホックとか外したかったのに、付けてないじゃつまらない」
「さっさと寝ろ」
ほんとに最近の高校生はみんなこうなの?
この子が例外だよねさすがに。
私はなるべく考えないようにあやめに背を向けた。
それが判断ミスだった。
あやめは私を抱きしめた。
私は抵抗する気も起きず抱きつかれたまま寝ようと考えた。
だけど、その考えは簡単に出来そうにない。
あやめは私の首筋に頭をくっつけた。
さっきの痕を舌でなぞっていた。
「あやめ」
名前を呼んで一瞬固まっていたが、辞める気はないようで、また首筋に舌を這わせた。
くすぐったい。
嫌な気持ちではない。
だけど、やめて欲しい。
我慢してるのに、煽らないで欲しい。
「私じゃ薫さんを満足できませんか?」
体が跳ねた。
心拍数が急に早くなったことを自覚する。
彼女はきっと悪い子だ。
だけど、私にも意地がある。
「早く大人になれ」
まだ手は出さない。
そういう意味だ。
あやめは納得してくれない。
首筋に、背中に、触れれるところ全てに唇を近づけた。
軽く吸ったり、強く吸ったり。
まるで私のものだと名前を書いてるようだ。
きっと痕が残ってるのもあるけど、私は止めるつもりはない。
あやめのしたいことを断った。
これぐらいで許してくれるなら安い話だ。
私もこの独占欲の溢れてる行為に優越感を感じていた。
私も悪い大人だった。
「さすがに付けすぎじゃない?」
「まだ足りないもん…」
唇の感覚はあるけど、どれに跡ついてるかなんて分からない。
だけど着てるスウェットを脱がそうとするのはやめて欲しい。
これ以上はダメだと、私あやめの方に向き合う。
「もうおしまい」
納得はしてくれない。
そんなあやめが愛おしい。
大学生の頃は大人のような包容力が好きだったから年上がタイプだった。
年下が好きな人はなんでだろうと不思議に思っていたが、今ならわかる。
愛おしいんだもん。
なんでも許しちゃうし、して欲しい。
何をしても可愛い。
「また今度にしよ、今日はもう寝よう」
「わかりました…」
今度がいつ来るか分からないけど、どうせそんなに遠くはない。
私は寝ようと目をつぶった。
その瞬間に唇に柔らかい感触があった。
私は急いで目を開けた。
鼻先が触れるほどの距離にあやめはいた、目が合うとあやめはもう一度近づいて来た。
離さないと手を捕まれ、つっつくようなキスだった。
甘い。蕩けそうなほどに甘い。
これも許してしまう自分が恐ろしい。
「おやすみなさい。」
彼女は満足したのか、今度は背を向けて来た。
私は気分屋の猫でも拾ったのかと思うほど、落差のすごい気分屋だった。
「おやすみ」
私もあやめに背を向け、熱を冷ましていた。
大人になってあんなに甘いキスは初めてだった。
人生で一番続きを期待してしまうほどだった。




