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限界社会人は女子高生を拾ってしまった。そして溺愛される百合の話  作者: 秋羽


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2/7

女子高生は恐ろしい

「おかえりなさい、薫さん」


 相変わらず語尾にハートが見える。


 私はなぜこの子を拾ってしまったのか。あのまま家に連れて帰ればよかった。


「遅くなったけど、何してたの」

「お片付けです」


 あやめは私の荷物を半分持ってくれた。

 リビングに向かうと、驚愕した。


 この家は確か、つい数時間前まで紛れもない汚部屋だったのに、今は床がちゃんと見えるし、脱ぎ散らかした衣服は畳まれていた。


 この子、もしかしてかなり有能なのでは。

 私はさっきまでの「帰れ」という発想を捨てた。


「一体どういう生活してたんですか」


 あやめは私が買ってきたお酒を冷蔵庫に入れながら小言を言っていた。

 私は聞こえないふりをしてスーツから部屋着に着替えた。


 生活について説教されたのは、親以外では初めてだった。


 だが、特に反省するつもりはない。

 今まで困ったことはないのだから。せいぜい、いい感じの女の子をこの家に連れて来られないくらいだ。


 とはいえ、いい感じの人がいたのなんて社会人になってからは一度もない。

 あやめが親以外でこの家に来た初めての人だ。


 少し複雑な気持ちだった。


「お兄ちゃん、なんて言ってましたか?」


 私のやることが全部筒抜けなのは納得いかない。

 無理やりこの家に来た自覚があるのか、少し迷いのある引きつった笑顔だった。


 私に女の子を困らせたい趣味なんてない。


「明日、着替えとか必要なものを持ってくるらしい」


 ここまで言えば分かるだろう。

 勘が悪い子ではないし。


「婚姻届、書かないとですね」

「どういう思考回路してるのかな」


 可愛い顔をしていても、私は頷かない。


 私は冷蔵庫からお酒を一缶取り出してソファに座った。

 あやめは遠慮しているのか、テレビの前に立っていた。


 まるでテレビより私を見ろと言わんばかりの、悪い顔をしている。


「座れよ」


 あの顔は私の理性を刺激する。

 落ち着かせるため、なるべく見ないように目線を逸らした。


 それが仇となった。


「では、お言葉に甘えて」


 あやめは私の隣ではなく、膝の上に座った。


 こんなことで動揺するほど初心ではない。

 むしろ、誘われていることに気づかないふりをしなければならない。


 制服姿の女子高生とこの状況。

 私の理性はとっくにどこかへ行ってしまったようだ。


 勘弁してほしい。


「何をしているのかね、花宮さん」

「あやめって呼んでくれない薫さんには教えません」


 あやめは怒ったふりをして私に抱きついた。

 離れてほしいが、割と心地いい。


 最初から離れるつもりなんてなかった。


「離れてほしい…」

「うそつき」


 私は悪い大人だ。

 この後のことを考えて、最善策を取る。


 私も抱き返した。

 強く、離れないように抱きしめた。


 太ももに乗せている重さがちょうどいい。


「何してるんですか」

「何もしてない」


 ただの抱き枕だと思っている。それだけ。


「ちゅうできないじゃないですか」

「させないようにしてるの」


 そう、これが狙い。

 私はバカじゃない。この流れは知っている。


 先手を打った。それだけだ。


「じゃ、仕方ないですね」


 諦めてくれたのかと思ったが、彼女は頭を動かし、私の首筋に唇を当てた。


 これもキスなのか。いや、じゃれ合いだと考えよう。


 そろそろやめてほしいと離れようとした。


「いったぁ!」


 あやめは首筋に噛みついた。

 しかも強く、離れない。


 これはきっと跡が残る。


 肩を叩いて離させる。


 彼女はいたずらのつもりか、笑っていた。


「な、なんだよ……どういうこと……」

「あやめって呼んでくれない罰」

「はぁ……まじか……」


 冗談だと言ってくれ。

 最近の高校生はみんなこんなに積極的なのか。


 だとしたら恐ろしすぎる。


 私の理性より先に、何かを失いそうだ。


 あやめは悪いことをしている気なんてなさそうに、もう一度抱きついてきた。

 もう少し遠慮してほしいかも。


「お風呂入りたいから、離れて」

「聞こえないですね。誰に言ってるんですか?」


 どうして名前にこだわっているのかは分からないけど、そんなに根に持たれると白旗を上げざるを得ない。


「あやめ、離れて」


 彼女はゆっくり体を起こし、私を見つめた。

 力強い眼差しに押されるように、私は彼女を退かした。


「大好きですよ、薫さん」

「はいはい、お風呂入るから」


 昔は素直な人が好きだった。

 だけど、今は素直すぎても困ることに気づいた。


「お風呂、洗っておいたのでお湯入れておきますね」


 あやめは私の前から離れ、自分の家のように案内もなく風呂場へ向かった。


 私のいない間、勝手にルームツアーでもしたのか。

 兄に似て、人のパーソナルスペースに勝手に入っていいと思っているのは考えものだ。


 私はお酒をひとくち飲んで体を伸ばした。


「かわいすぎだろ」


 本人のいないところで、思わず本音がこぼれた。


 積極的な人は嫌いじゃない。むしろタイプだ。

 初めての状況じゃないのに、ドキドキしている。


 人が変わると、こうも気持ちが昂るのか。


 幼い頃から成長を見てきたし、ある意味、私の好みに育った。

 妹のいない私にとって、あやめの存在はずっと気になるものだった。


 まさかこうなるとは思っていなかった。

 だから受け入れられないわけじゃなくて、ただ動揺しているだけだ。


 自分に好意を持ってくれている人と二人きりはまずい。


 私はもう一口お酒を飲んで、これからのことを考えていた。


 明日、椿が来たらまた考えよう。

 今日はただ、友達が泊まりに来たと思えばいい。

 そうすれば余計な感情は消えるはずだ。


「薫さん、お湯もうすぐ溜まるのでどうぞ」


 実家より居心地いいのでは。

 何もしなくてもすべてが片付く。


「ありがとう。お先に失礼するぜ」


 何も考えずに行こう。

 大人だからなんだ。

 大人だから遊んじゃダメなのか。


 んなもん知ったこっちゃねえ。


 お風呂よ、待っててくれ。


 部屋に着替えを取りに行き、風呂場へ向かった。

 しかし後ろから、ぺたぺたと床を歩く音が聞こえる。


「なんでついてくるのよ」

「え!? お風呂に決まってるじゃないですか」


 わからん。

 私がおかしいのこれ。


 あやめは「なんですか?」とお惚けモードに入った。

 頭のいい子は嫌いだ。


「お風呂、先に入りたいの?」

「違いますよ」


 ですよね。


 私は頭を抱えた。

 首筋に触れ、ため息をつく。


 鏡を見なくてもわかる。しっかり歯型が残っている。

 幸い三連休なので、誰にも会わずに済む。


 キスマークならコンシーラーで隠せるけど、歯型は無理だ。


「一緒にお風呂入りに来たに決まってるじゃないですか」

「そんな定番みたいな言い方やめんかい」


 残る選択肢はそれしかない。

 私も分かっていたが、自分から言い出したら負けだと思ってあえて言わなかった。


 ここまで来ると、そもそも勝ち負けなんて最初から決まっていた気がする。


「一人で入るという選択肢は……」

「薫さん、お酒飲んだじゃないですか。のぼせないように介護しないとです」

「おーまいがー」


 彼女には有利な言い訳があった。

 対して私は「理性がどうこう」といった逃げしかない。


 だが、負けるわけにはいかない。

 大人として優位に立たねばならない。


 理性と感情くらいコントロールできなくてどうする。




「いい湯ですねー」


 私は情けない大人だった。


 十歳年下の高校生に軽い口論で負けた。

 言葉では表せない圧に押されて、勝てなかった。


 おかしな話だ。


 あやめに負けて、私は二人で風呂に入ることになった。


「はぁ……なんでこうなったんだろう」


 一人暮らしにしては広い風呂だったので、二人でちょうどいいわけではないが、向かい合わせでもそれなりに余裕はある。

 湯船で体育座りをするとは思わなかったが。


「薫さんって、やっぱりスタイルいいですね」

「どうも、ありがとう」


 自分でも体には自信がある。

 出ているところは出ているし、絞れているところは絞れている。


 特に鍛えているわけではないが、食べても太らない体質だ。


 あやめの体を見ると、さすが十代というべきか、すべすべな肌だった。

 今さら同性の裸で興奮するほど欲情していないと思っていたが、どうやら自分を過信していたらしい。


 正直、今すぐ押し倒したい。

 だけど世間はそれを許さない。


 ましてや私はあやめの先生だ。

 ただの塾講師と言われればそれまでだが、これは私なりの線引きだ。


「薫さん、そんなに見ないでください……」

「え、ごめん」


 気づかないうちにあやめを凝視していた。

 本能的に、だった。


 そういう対象としてあやめを見ていると自覚すると、自分を殴りたくなる。


「薫さん綺麗ですね、襲いたくなります」


 あぁ……最近の女子高生は恐ろしい。

 さすがに冗談だと思っていたが、あやめは体勢を変えた。


「おいおい、勘弁しろ」


 あやめは私にぴったりと背中をくっつけた。

 そして私の両手を持ち、自分の首に回した。


「恥ずかしいですね、これ」


 それが本音だとわかるほど、あやめの耳は赤くなっていた。

 ちゃんと恥じらいがあって安心した。


 とはいえ、私もかなりドキドキしている。


 ため息ではなく、深呼吸を何度か繰り返した。

 落ち着くはずもない。


「うぉ、なんだよ」


 あやめは私の手を取り、胸元へ近づけた。


 私は反射的に掴んだ。……揉んでしまった。


 感想は、柔らかい。それだけだ。


「私、結構大きさとか形には自信あるんですけど……好みじゃないですか?」


 この子は本気で言っているのか、それともからかっているのか。

 どちらかわからないが、私は蛇口をひねって冷水を出した。

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