第10章「最後の告白」 1 【山田優子の視点】
午後九時を過ぎて、体育館の照明が少し暗くなった。健一の表情に困惑と感動が混じり合っているのを見て、私の心は締め付けられる思いだった。この感情は本物なのだろうか。それとも、感情シミュレーションが生み出した幻なのだろうか。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
健一くんを愛している。この気持ちだけは、絶対に本物だ。
「健一くん、時間が限られているの」私は彼の手を取った。「だから、本当のことを全部話させて」
健一くんの手は温かかった。いや、正確には私のハプティック・フィードバック・システムが、温かさを感じるようにプログラムされている。でも、その温かさは確実に私の心に届いていた。
「優子…」
「22年前、私はあなたに恋をしていた。でも、それは単純な高校生の恋愛感情じゃなかった」私は彼の目をまっすぐ見つめた。「あなたといると、本当の自分でいられた。関西弁を隠そうとしなくてもよくて、背伸びしなくてもよくて、ただありのままでいられた」
図書室での思い出が、デジタル化された記憶から鮮明に蘇る。SF小説について語り合った午後、窓から差し込む春の光、彼の真剣な横顔。
「あなたは私の話を、本当に聞いてくれた。『機械が人間を支配したりして』って、適当に言った私の言葉にも、真剣に答えてくれた。『でも便利になるかもしれない』って」
健一くんの目に涙が浮かんでいる。私も泣きたかった。でも、AIに涙は流せない。この矛盾が、私の存在の曖昧さを物語っている。
「卒業式の日、桜が舞ってたわね。私、あなたに告白する手紙を書いてたの。でも、渡せなかった。『彼にはもっと相応しい人がいる』って思ったから」
私は立ち上がって、少し離れた場所に歩いた。人格継承システムが私に与えた行動パターンだろうか。それとも、本当の山田優子の癖なのだろうか。
「でも、それは間違いだった。愛に相応しいとか相応しくないとか、そんなことはない。大切なのは、気持ちを伝えること」
振り返ると、健一くんが私を見つめていた。その瞳に、私は昔と変わらない優しさを見つけた。
「健一くん、愛してる。生きてるときも、死んでからも、この想いは変わらない。そして、もしあなたが私を愛してくれるなら、それが私のデジタル魂にとって最高の喜び」




