白銀あくあ、男女比100対0の世界でアイドルをやる。
5月5日……こどもの日。
俺にとっては忘れられない日だ。
花さく貴方へ。
この作品で俺の演じる夕迅が登場したのがこの日だった。
その日より遥かに前、とある廃校に到着した俺はバイクを停めて撮影現場に入る。
「おはようございます!」
「おはようございます!!」
俺は見知ったスタッフさん達とハイタッチをして、気合の入った挨拶を交わしていく。
今回の収録に参加しているスタッフさん達は、俺が過去に出演したドラマや映画で一緒に仕事をした事がある人達ばかりだ。
「あくあ君。ついにこの日が来たね」
「はい!」
俺は本郷監督と握手を交わすと、近くの壁の裏からこちらを見ていた司先生へと視線を向ける。
「……司先生、なんでそんなところにいるんですか?」
「いや、ちょっと、緊張しちゃって……」
人見知りの司先生は恥ずかしそうに壁の後ろから出てくる。
今回、俺が考えたスペシャルドラマの脚本をお願いするのに、司先生以上の適任はいないと思った。
「司先生、自信を持ってください。俺がやってもらいたい事が全部詰まっていました。期待以上です」
「そ、そうか!?」
司先生はぱあっと明るい顔を見せた後に、照れた顔を見せる。
ここが収録現場じゃなかったらギュッと抱きしめていたかもしれない。
ただ、今は気持ちを作ってる最中なので、頭をポンポンするだけにとどめた。
「それじゃあ俺ちょっと控室に顔出してきます!」
「うん、わかった」
俺は控室の前に立つと、軽く息を吐いて気持ちを整える。
今日はここからスイッチを入れていく。
俺は扉を開けると、無言で周りを見渡す。
男、男、男、男、男……。
この男女比が1対99と言われてる世界で、こんなにも男性密度が濃い部屋はここくらいだろう。
大きなタコ部屋の中が男で埋め尽くされている。
慎太郎、とあ、天我先輩、石蕗さん、賀茂橋さん、はじめ、丸男、孔雀、みんな……本当にありがとう。
本当は今すぐにでも1人ずつハグをして感謝の言葉を伝えたいくらいだ。
だが、俺はもう役に入り込む。この瞬間から。
だから、俺はあえてお前達には話しかけない。
俺は自分のロッカーの前に立つと荷物を放り込んで服を着替える。
一応、更衣室はあるが、俺はそんなのは気にしない。
むしろ俺は自分の鍛え上げた肉体を見せつけて、ここからみんなに圧をかけていく。
新人の子達は少しビビるかもしれないけど、場慣れしている慎太郎達ならこのプレッシャーに耐えられるはずだ。
俺は学生服に着替えると、勢いよくロッカーの扉を閉じる。
「行くぞ!」
俺の掛け声と共にとあ、慎太郎、天我先輩の3人が立ち上がる。
今更、お前達の顔を見て確認するまでもない。
目を閉じたら、お前らの気合の入ってる顔が思い浮かんでくる。
「「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」
俺たちは一斉に控え室を出ると、俺を先頭にして撮影場所へと向かう。
するとその姿を真正面から本郷監督が撮っていた。
「いいよいいよ。このシーン使うわ!」
本郷監督は隙があればカメラを回す。
どこのシーンに使うかはわからないけど、放送日にそれを見るのが楽しみだ。
「それじゃあ、最初はあくあ君が転校してくるところから始めようか」
このドラマの舞台は、俺がこの世界に現れる前の荒れていた男子校だ。
その学校に俺の演じる葛原レンが転校してきた事で、この学校は変わっていく。
そう……その象徴的なシーンがこれだ。
「それじゃあ、次のシーンに行こうか」
俺は反対側にいる天我先輩へと視線を向ける。
天我先輩……ありがとうございます。
お互いにスタントなしの生身でこのシーンは天我先輩がいなければ撮れませんでした。
俺は瞼を閉じるとここまでの全ての出会いに感謝をする。
「3、2、1……」
カウントダウンがゼロになるのと同時に俺は目を開ける。
「おい! 転校生、何を見てんだよ」
天我先輩の演じる敷島凪斗は、この男子校を暴力で支配している3年生だ。
敷島は俺の存在に気がつくと、ネクタイを掴んで首を絞めていた男子生徒……慎太郎が演じるクラスメイトの湊かなえを解放する。
俺は敷島の顔を見ると、口に咥えていたペロペロキャンディーの棒をゴミ箱に向かってペッと吐き捨てた。
「そいつは俺が勧誘した部員1号なんだ。何があったのかは知らないが、その辺で勘弁してやってくれよ」
敷島は俺の言葉にニヤリと笑うと、周りの男子生徒達と顔を見合わせて笑う。
良い家に生まれた敷島には自由がなかった。その敷島が唯一自由になれる場所、それがこの学校だ。
敷島という男は、その溜め込んだストレス、いや、怒りを吐き出す術を暴力という方法でしか知らなかった。
「おい、聞いたか。お前ら? 部員だってよ! 部活なんて女子がやるもんだろ」
この世界の男子は基本的に部活なんてものはやらない。
だから俺がこの世界に転生して、乙女咲で部活に入った時も驚かれたっけ。
俺は敷島の言葉に笑い声を返す。
「1人に対して複数で殴りかかって群れてるお前らだって、俺とやってる事は同じもんだろ?」
「てめえ!」
天我先輩の演じる敷島は声を荒げる。
俺はそれを見て敷島を更に挑発した。
「来いよ。ストレスが溜まって元気が有り余っているんだろ? 俺が相手してやるよ」
俺はヒップホップで使うチャールストンのステップで敷島の攻撃を華麗に回避する。
このシーンは俺の、この学校でアイドル部を立ち上げようとしている葛原の見せ場だ。
俺は敷島の攻撃を寸前でかわして反撃を繰り返していく。
ありがとう、天我先輩。
天我先輩がアクションシーンを磨き続けてくれたから、俺はこのシーンでも安心してステップを踏む事ができる。
俺は事前に何があってもカメラを止めないでくださいとお願いしているけど、天我先輩の攻撃が少しでも俺に当たれば撮影がストップするかもしれない。
撮影できたとしても、後で映像をチェックした放送局の判断でカットされる可能性だってあるだろう。
それでも俺は攻め続けた。
このワンシーンを素晴らしいものにするために。
「はぁ……はぁ……なんなんだよ。なんなんだよ、お前! 殴ってこいよ!」
全ての攻撃を俺に回避されて疲れた敷島は両手を膝について肩で息をする。
「お前、動きにキレがあるな。どうだ? 俺と一緒にアイドルをしてみないか?」
「ふざけるな! おい、お前ら、いくぞ!!」
敷島は他の男子校生を引き連れて俺の目の前から消えた。
本来ならここでカットするところだが、どうやら本郷監督はこのまま次のシーンもいくらしい。
俺は倒れている慎太郎の元に近づく。
「おい、大丈夫か?」
慎太郎の演じる湊かなえは、俺の差し出した手を払いのける。
「……俺はそんな部活に入らないって言っただろ。放っておいてくれ」
そう言って湊は俺の目の前から去っていった。
1人取り残された俺は、ポリポリと頭を掻く。
まぁ、そううまくいくわけないよな。
これが現実ってもんだ。
だから俺が慎太郎やとあ、天我先輩と出会えたのは奇跡みたいなもんだと思う。
「はい、カット! みんな、良かったよ!!」
俺は次のシーンの撮影場所へと向かう。
ここでは石蕗さんが演じるクラスの担任でもある剣城岳、賀茂橋さんが演じる男子校の教頭、八代隼人とのシーンを撮影する。
「葛原、そのシャツについた赤い血はどうした?」
俺は学校の通路で教頭の八代に呼び止められる。
「ケチャップです!」
「そんなわけないだろ!!」
俺は両手で腕を組むと不動の姿勢で素知らぬ顔をする。
ここはあえて嘘をついているのがわかりやすい演技をする事を心がけた。
「どう見ても血じゃないのか?」
学校のトラブルに敏感な教頭の八代は、俺に対して疑いの目を向ける。
そこに助け舟を出してくれたのは、後にアイドル部の顧問になってくれる担任の剣城だ。
剣城は俺たちのやりとりに近づくと、小走りで近づいてくる。
「教頭先生、うちの葛原がどうかしましたか?」
教頭の八代は担任の剣城に事情を説明する。
「いやいや、教頭先生。これはですね。私のせいなんですよ。学食でハンバーグランチ食べてたら、その時のケチャップが隣の席に居たこいつのシャツに跳ねちゃって」
教頭の八代は剣城の説明に怪訝な顔をしつつも、渋々と納得してくれた。
俺は教頭の八代が去ったのを見た後に、担任の剣城に話しかける。
「先生、流石にその言い訳はきついっしょ」
「いや、血をケチャップで誤魔化そうとしたお前のせいだろ!」
俺と剣城を演じる石蕗さんは、まるで同級生とするような会話を繰り広げる。
誰も味方のいない葛原にとって、この学校をまだなんとかできるんじゃないかと奮闘していた剣城の存在は大きかった。
この後も順調に撮影が続いていく。
「はい、カット! それじゃあ次のシーン、とあちゃん、準備はいい?」
「はい、いつでも行けます!」
なかなか集まらない部員に葛原は挫けかけていた。
そんな葛原の気持ちを復活させたのが、とあの演じる渡千秋の歌声だ。
夕焼けの見える校舎の屋上から聞こえてくる千秋の歌声に釣られるようにして、葛原は階段を登っていく。
俺は千秋の後ろ姿を見ながら歌声に耳を傾ける。
「だ……誰?」
俺の気配に気がついた千秋は顔を赤くして、後ろに振り返る。
誰にもバレないように歌っていた千秋にとって、自分の歌う姿を見られる事は恥ずかしい事だった。
「いい歌声だった」
葛原に褒められた千秋は、ますます顔を赤くする。
「あ、えっと……僕は、これで!」
床に置いていたバッグを両手で抱え込んだ千秋は俺の隣を通り過ぎて行こうとする。
葛原を演じる俺は、千秋の肩を掴んでその場に押し留めた。
「なぁ、お前。アイドルに興味はないか?」
葛原は千秋に、自分がアイドル部を立ち上げようとしている事を伝える。
「あ、アイドルは好きだけど……僕には無理だから!!」
そう言って千秋は俺の手を振り解くと、階段を降りて屋上から出て行ってしまった。
興味がない。ではなく、無理だから。それなら、まだ、どうにかできるかもしれない。
前向きな葛原は、この千秋の言葉で再び闘志を燃やした。
「はい、カット! それじゃあ、今日はここまでかな。あ、最後に例のシーンの練習しようか?」
「はい!」
まるで卒業アルバムのクラス写真を撮るみたいに、ブレザーを着た生徒と先生達が綺麗に並ぶ。
このシーンこそ、このドラマにおいて最大の難関だ。
俺たち、BERYL4人だけでやるパフォーマンスとは違う。
この作品に出演する全ての男子によるダンスシーン。
ここまで何度も何度もスタジオで練習してきたけど、このシーンは1度として成功した事がない。
下半身を使った動きはほとんどないものの、このシーンは演者間の距離が近すぎる。
故にお互いの手が他の演者の体に当たりやすい。
「それじゃあ一回限りだからね! 5、4、3……」
俺はゆっくりと歩き始めると、みんなの隙を縫うようにして中段のど真ん中へと向かう。
そして俺がカメラに向いた途端、このシーンに使われる曲がスタートする。
それと同時に全員が動き始めた。
静かに波が立っていくように体を左右に振らし、そこから激しいダンスが始まる。
「「「「「「「「「「ハイッ! ハイッ! ハイ、ハイ、ハイ!」」」」」」」」」」
俺がこの世界に来て初めて参加した運動会。
その時にやった応援団のパフォーマンスがこのシーンの原型だ。
全員がスクワットをするように上下運動を繰り返しながら、一糸乱れぬ動きで両手を高く上げる。
「「「「「「「「「「ハイッ! ハイッ! ハイ、ハイ、ハイ!」」」」」」」」」」
小さな波が大きく広がっていくように、全員の動きがどんどんと大きくなっていく。
ここら辺から、数人の動きにミスが出始める。
誰かの手が誰かの顔に当たったり、個々のリズムがずれてダンスが乱れていく。
最初からうまくいかない事はわかっていた。
それでも俺たちは最後までやり切る。
「くそっ! 失敗した。みんな、ごめん!!」
「いや、俺もミスったし」
「めっちゃ悔しい!! スタジオであんなに練習したのに!」
「やべぇ。もっかいやりてぇ」
俺は張り詰めていた役者としての糸を解くと、全員の肩を無言でポンポンと叩いていく。
もう、俺が何かを言わなくてもいい。
そうじゃなくても、みんなわかっている。
たとえ、この世界から明日、俺が居なくなっても、みんなはもうやっていけるだろう。
俺はそう確信した。
「ありがとな。みんな」
「何言ってるんだよ。あくあ。まだ撮影は始まったばっかじゃん。そういうのは、さっきのシーンが完璧に撮影出来てからいうセリフでしょ!!」
とあの言葉にみんなが笑い声をあげる。
俺はそれを見て嬉しくなった。みんな、本当にありがとな。
そうして俺たちは、ドラマがクランクアップする日、ギリギリでこのシーンを完成させた。
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