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小雛ゆかり、世界一最高の男。

 5月5日、こどもの日……。

 はなあたの伝説回が放送されたこの日に、またあいつが何かをするらしい。

 私は阿古っちや役者仲間のレイラや美洲達と一緒のテーブルを取り囲んで、あくあの出演するドラマが始まるのを待つ。


「で、肝心のあいつはどこに行ったわけ?」

「さあ?」


 さあ? って、阿古っち、あんた社長であいつのマネージャーなのに、なんで知らないのよ!!

 私はぬぼーっとした阿古っちを問い詰める。

 なんでも今回の仕事は、マネージャーの阿古っちや琴乃さんも知らないようだ。


「まぁ、中野さんがついてる案件だから大丈夫だと思うよ」

「ふーん」


 私は阿古っちに対して呆れた顔をする。

 あいつがマネージャーの中でもちゃんとしてる阿古っちや琴乃さんじゃなくて、ゴリ押しの効く中野マネと組んでる時点で絶対にやばいでしょ。

 絶対にまたなんかやらかすわよ。確定で。


「まぁまぁ、いいじゃないか。それよりもほら、もうドラマが始まる時間だぞ」


 美洲はワクワクした顔でテレビに視線を向ける。

 あんたはあいつが出てればなんだっていいんでしょ!

 本当にこいつは、あくあに似てポンコツなんだから!


「あっ、始まった!」


 カノンさんの一言でみんなが一斉に静かになる。

 やれやれ、仕方ないわね。

 あいつが何をしでかそうとしているのか知らないけど、ちゃんと、この私が重箱の隅まで突いてチェックしてやるんだから!

 私はテレビに視線を向けると役者モードの小雛ゆかりに切り替える。


 真っ暗になった画面に、誰かが革靴で通路を歩く音が聞こえてきた。

 音の反響からして廊下……? あくあが主演だと考えると学生ものかしら。

 画面が切り替わると、黒板の前に立っているあくあが映し出された。

 へぇ、画面の彩度を保ちつつも黒色の部分をだいぶ作り込んでいるわね。

 さすがはあくあが主演してるだけあって、いい機材使ってるわ。

 ちょっと詳しい人なら素人でも、この時点で映像が大作映画と同じクオリティだってわかる。


『転校生の葛原レンだ。みんなも仲良くしてやってくれ』


 へぇ、石蕗さんが教師役か。はなあたの頃の酷い演技と違って、ようやく見られるレベルになったわね。

 担任の先生が黒板に【葛原レン】と文字を書くと、後ろに振り返る。

 そこからゆっくりと瞬きするほどの時間を挟んで画面が切り替わると、椅子に座った男子生徒達が映し出された。

 それも、1人や2人じゃない。狭い教室の中に、30人ほどの男子生徒達が座っていた。


「せ、先生ーっ!」


 えみりちゃん、騒がしいわよ!

 どうせ白龍先生は何があっても立ったまま気絶するんだから、放っておきなさい!!


「へぇ」


 美洲の目つきが母親からギラついた役者のものに切り替わる。

 画面が切り替わると、あくあの演じる葛原が授業を受けるシーンが映し出された。

 葛原は授業の合間に首を横に向けると、教室の中をじっくりと観察する。

 石蕗さんが黒板にチョークを走らせ教科書の内容を読み上げる声をBGMにして、真面目に授業を受けている黛くん、窓の外をぼーっと眺めているとあちゃん、机の上に両足を乗せて椅子を傾けている天我くん、教科書を立ててその後ろで弁当を広げてる山田くん、机の下でゲームをしている赤海くん、顔を机に突っ伏して寝ている黒蝶くんの順に画面が切り替わっていく。

 いい演出ね。これだけで、それぞれのキャストがどういう性格なのかも想像がつくわ。

 授業のシーンが終わると、次は葛原が廊下を歩くシーンが映し出された。

 廊下の両脇では地べたに座って談笑する男の子達、窓に寄りかかって話している男の子達の姿が見える。

 この国にもその昔、男子校っていうのが存在してたけど、実際にこんな感じだったのかしら。

 食堂に移動した葛原は大盛りのおうどんを啜る。

 もちろん葛原の周りで食事している生徒も男子しかいない。

 そんな現実ではあり得ない異常な空間が連続して映し出されていく。

 放課後、学校が終わって自分の家に帰ってきた葛原は一人暮らしと思わしき部屋の中で晩御飯のお弁当を食べる。

 驚くべきは、スペシャルドラマが始まってから10分近く、ここまで葛原は一言も喋ってない事だ。

 日が明けた翌朝、早くに家を出た葛原は職員室へと向かう。


『部活を作りたい?』


 担任である剣城岳を演じる石蕗さんは、口を開けて少しだけ驚いた顔をする。

 一体、葛原は何の部活を作るつもりなんだろう?

 剣城は葛原が持ってきた創部届に視線を落とす。


『アイドル部ぅ!?』


 剣城は椅子をガタガタと音を鳴らせて立ち上がる。

 石蕗さんはこういうコミカルな演技は上手なのよね。

 あくあが出てくる前は二枚目ばかりやらされてたけど、こっちの方が絶対にあってるわ。


『葛原……これは、一体、何をする部活なんだ?』


 葛原は剣城の疑問に笑顔で応える。

 どうやら、葛原はここでもセリフがないらしい。

 剣城に創部を認められた葛原は、黛くんの演じる湊かなえに目をつける。


『アイドル部? 俺が……?』


 葛原に勧誘された湊は一瞬だけびっくりした顔をした後に、葛原の後ろからこちらを見ていた天我くんが演じる敷島の視線に気がついて目を伏せる。


『断る。他の人間にあたってくれ』


 湊に断られた葛原は、敷島の視線に気がついて何かを察する。

 こいつ……本当にここまで無言でよくやるわ。

 表情や視線、目の動きや口の動きだけで私達、視聴者に自分の気持ちを補填させようとしてくる。

 私は役者としての白銀あくあの成長に喜ぶのと同時に、対抗心を燃やした。


『えっ? 俺!? 無理無理無理』


 早弁していた山田くんの演じる生徒は、葛原に勧誘されると、慌てて弁当箱の蓋を閉じてその場を逃げ出した。

 続けて葛原は孔雀くんや赤海くんが演じる男子生徒を勧誘するも、狸寝入りやゲームで完全に無視される。

 まぁ、普通ならそうでしょうね。

 あいつは本当に運が良かったのよ。

 葛原はクラス全員に声をかけるも、みんなに入部を断られた。

 その中でも天我くんが演じる敷島は1番強硬な態度を見せる。


『部活だと? お前……ふざけてんのか』


 敷島はなんの部活かも聞きもせずに、葛原から受け取った入部届をぐしゃぐしゃに握り潰して、ゴミ箱の中に放り捨てた。


『いいか、転校生。この教室のキングは俺だ。この前来たばっかりのお前が、余計な事をするんじゃねぇ』


 席を立った敷島は、手下っぽい生徒を連れて教室を出ていく。

 その様子を周りに居た生徒達がこっそりと観察する。

 なるほど、この教室は敷島に支配されてるのね。

 葛原はゴミ箱に近づくとさっき敷島に捨てられた入部届を拾い上げてシワを伸ばす。

 シワを伸ばした入部届をきれいに折りたたんだ葛原は、敷島が残していったバッグの中に勝手に入部届を入れる。それを見ていた山田くんが食べていた弁当を噴き出して咽せる。

 へぇ、こいつ、ガッツがあっていい性格してるじゃない。

 どこかの何とかあくあみたいに神経が図太くて好きよ。私はね。


『はぁ、うまくいかないな』


 私は葛原のセリフに体をビクッとさせる。

 誰もいない空き教室で机を並べて横になった葛原は、ペロペロキャンディーを舐めながら教室の天井を見上げた。

 ちょっと、あんた、いきなり喋るんじゃないわよ!

 こっちにも心の準備ってもんがあるでしょーが!!

 机から上半身を起こした葛原は窓の外を見て何かに気がつく。


『湊と……敷島か?』


 教室の窓から敷島達が湊達を連れて、どこかに行くシーンが見える。

 ここでシーンが切り替わると、フェンスが軋む音と共に、黛くんの演じる湊が天我くんの演じる敷島に胸を突き飛ばされるシーンが映し出された。


『おい。今日の分、早く出せよ』


 湊はブレザーのポケットから財布を取り出す。

 すると、それを奪い取った敷島は勝手に財布を開けて適当にお札を抜いて周囲に手下に配る。

 はあ!? ちょっと、こいつ、ぶん殴ってきていい?

 いくら演技と言えど、私はいじめが1番嫌いなのよ!!

 湊は捨てられた財布を拾い上げると、何も言わずに敷島を睨みつける。


『何だその目は?』


 敷島は湊のネクタイを掴んで体を持ち上げようとする。

 そこへ葛原がやってきた。遅い! うちのあくあならそうなる3分前に光の速さで来てるわよ!!

 葛原は敷島からの動きをダンスのステップで回避していく。


「きゃあっ!」


 あくあ演じる葛原と、天我くん演じる敷島の喧嘩シーンに何人かが黄色い声をあげる。

 こら、楓! そこでシャドーボクシングするな!

 あんたの拳の風圧でテレビの画面が割れちゃうかもしれないでしょ!!

 男性同士の喧嘩という前代未聞のシーンに、いつもは五月蝿い玖珂レイラも画面に食いつくように画面を見ていた。

 喧嘩のシーンが終わると、そのあとにいくつかのシーンが続く。

 学校が終わり校舎を出た敷島が、自宅の前で立ち止まる。立派な家だ。

 元々、男子校は華族に生まれた男子が純潔を守るために開校されたという歴史がある。

 そう考えたら、学校でも権力を持っている敷島の実家が名家なのは容易に想像ができた。


『くそっ!』


 自分の部屋に帰った敷島はむしゃくしゃして持っていたバッグをベッドの上に投げつける。

 すると、ぶつけた衝撃で蓋の空いた鞄から葛原の入れた入部届が出てきた。

 それを見つけた敷島は激昂して入部届を破こうとする。

 しかし、敷島は怒りで震える手と感情を自分でコントロールすると、入部届を破くのを止めてベッドに腰を下ろした。


『凪斗ぼっちゃま。奥様がお呼びです』


 初めて女性キャストが出てきたわね。

 ちょい役にしてはちょっと豪華だけど、これだけ男性が出てるならトラブルを起こさないためにも必要な事か。

 ここで敷島の抱えているものが明らかになっていく。

 名家の子供、自由のない生活、決められたレール、まぁ、男も女も似たようなものよね。

 敷島はその行き場のない感情を周囲にぶつける事で発散していた。

 その一方であくあの演じる葛原は、校舎の屋上で歌っていたとあちゃんが演じる渡千秋、黛くんが演じる湊かなえの2人をターゲットにして勧誘を続ける。


『なんで……なんで俺なんだよ! もう、放っておいてくれたっていいだろ!!』


 今まで冷静に対処していた湊が感情を爆発させる。

 葛原は最初の授業でも教室の中を、みんなの事を観察していた。

 その中で葛原が湊に目をつけていたのは、誰も授業をまともに聞いてない教室の中で湊が真面目にしていたからだ。


『それじゃあ、お前はこのままでいいと思ってるのか? お前だって本当は普通の学校生活が送りたいんだろ?』

『っ! お前に……何がわかるっていうんだよ!』


 湊はその場に崩れ落ちる。

 ヘブンズソードの時にカミカミだったあの頃の黛くんはもう居ない。


『俺だって憧れたさ! 女子達が通う普通の学校みたいに、俺だって……普通に勉強して、友達と遊んで、部活に汗を流す。そんな普通の高校生活が送りたかったよ!!』


 湊は地面に両膝をつき、涙を流しながら地面を何度も叩く。

 それを見た葛原は湊に近づくと、その両手を力強く掴んだ。


『剣城先生から聞いた。お前だって本当は、1年の時に部活を立ち上げようとしたんだってな』


 へぇ、そうなんだ。

 葛原は湊を説得し続ける。


『湊、変わるなら今だ。俺と一緒に、変えよう。この学校を』

『葛原……お前』


 流れが変わったわね。

 その2人のやりとりを、とあちゃんが演じる渡と、天我くんが演じる敷島の2人が見ていた。

 ここで再び部屋の中が騒がしくなる。


「ほら、やっぱりこの4人なんだよ!」

「勝ったな!」

「いや、お前らそれより白龍先生が……」


 えみりちゃん、白龍先生の事は一旦、横に置いておきなさい。

 メアリー様や藤蘭子さんどころか、あの優しいカノンさんですら見切りをつけて放置してるんだから。

 私もノイズをシャットして、画面に意識を集中させる。


『ハイ、ハイ、ハイ! ハイッ!』


 程なくしてとあちゃんの演じる渡が合流し3人になったアイドル部は、誰もいない体育館の中でダンスを練習する。

 頑張りたいと思ってる誰かを応援したい。

 そういう曲をやりたいと言った湊の想いを汲み取った葛原は、応援団の要素を組み込んだ曲を完成させた。

 3人が早朝、お昼、放課後とその曲のダンスをいろんなところで練習していると、何人かの生徒達がその姿を目撃する。

 もちろん、その中には敷島の姿もあった。


『敷島さん、あれ』

『……いい。放っておけ』


 そっけない態度でその場を離れる敷島を見て、子分の2人組は首を傾げる。

 真面目に練習している3人を見て、山田くんを筆頭に徐々にメンバーが増えていく。

 ここら辺の流れはヤンチャしてた女の子達が真面目に部活をやる青春モノと一緒ね。

 ま、それを男性キャストでしてるのがすごいんだけど。


『『『『『ハイ、ハイ、ハイ! ハイッ!』』』』』


 最初は不揃いだっただんだんとダンスが完成していく。

 隣のやつに拳が当たって喧嘩しそうになったり、お互いに頭をぶつけて倒れるシーンなど、普通ではカットされてそうなシーンも普通に流された。

 時代が時代なら連日テレビで騒がれて、国会のネタになって、放送局ごと潰れたっておかしくないシーンが続く。

 さすがは藤蘭子会長ね。いつでも推しのために死ねる覚悟ができてる女が放送局のトップじゃなきゃ、この放送はできないわ。

 私は1人の人間として、同じ女として尊敬の念を抱く。


『あ……』

『敷島さん……』


 敷島の手下2人が体育館の外から練習を見ていた敷島の存在に気がついて恐怖に震える。

 へぇ、あの子達もアイドル部に入部してたのね。

 みんなが怯える中、葛原は前に出てにこやかな顔で敷島に声をかける。


『敷島、どうだ? お前もやるか?』

『……俺が? はっ、ふざけるなよ!!』


 行き場のない怒りを溜め込んでいた敷島は、感情を爆発させて葛原に殴りかかる。

 それを見ていた周りの生徒達がざわつく。

 ここでとあちゃんの演じる渡が、教頭の八木と担任の剣城が体育館に近づいて来ているの事に気がついた。


『みんな、教頭が来たよ!!』


 その言葉にみんなが顔を見合わせる。

 そこで黛くんの演じる湊が気を利かせた案を提示した。


『体育館の扉を全部、閉めろ!!』


 湊の指示で全員が体育館の扉を閉じて鍵をかける。

 外から中に入れないようにするためだ。


『おい、下の通気窓はどうする!?』

『バッグとか荷物で隠せ!』


 周りのみんなが機転を聞かせて喧嘩がバレないように隠蔽しようとする。

 その間も葛原と敷島の2人は殴り合いの本格的な喧嘩をしていた。

 ちょっと、これ。本当に殴り合ってないの?

 喧嘩の流れをリードしてるあくあのアクションが凄いのは当然として、天我くんも中々やるじゃない。


『おい、お前ら、何をしてる!? 早くここを開けなさい!』


 教頭の怒号を聞いたみんなは顔を見合わせると一斉に大声を上げる。


『『『『『『『『『『ハイ、ハイ、ハイ! ハイッ!』』』』』』』』』』


 なるほど、声を出して練習をしている素振りで誤魔化そうってわけね。

 もちろんこれが通用するわけがない。

 教頭の八木は担任の剣城に体育館の予備の鍵を取ってくるように命じる。

 その間に、葛原と敷島の喧嘩に決着がつく。

 体育館のど真ん中で2人は仰向けになって息を荒げた。


『はぁ、はぁ……どうだよ? 暴れて、少しは発散できたか?』

『……できるわけねぇだろ!』


 敷島は歯を食いしばる。


『こんな事で発散できたら、俺は……』

『だったら、やろうぜ、アイドル部。お前の持ってるもん、抱えてるもん、全部をこれにぶつけるんだよ』


 葛原の言葉に敷島は無言を貫く。

 その後、しばらくして体育館の中に教頭の八木と担任の剣城が入ってきた。


『これは一体どういう事だ!?』

『練習をしていてぶつかってしまいました!!』


 まっすぐなキラキラとした目をした葛原の迷いのない声に担任の剣城は吹き出しそうになる。

 教頭の八木は、頬にあざのできた傷だらけの葛原と敷島の顔を交互に見つめた。


『そんなわけないだろ!!』


 八木は怒りのあまりに被っていたカツラを地面に叩きつけた。

 ちょっと、誰よこのシーン考えたの!! こんなシリアスなシーンでこれやるんじゃないわよ。全くもう!!

 だけど、驚くべきはこのシーンで誰も笑ってなかったことだ。

 それがさらにシュールさを増している。


『まぁまぁ、教頭先生。生徒達もこう言ってる事ですし、ね』

『剣城先生、あなたがそんな事だからこの子達は問題が多いんですよ!!』


 教頭の怒りの矛先が生徒達から剣城へと向かう。

 剣城はそれを見て、生徒達にウインクをする。

 ふふっ、いい先生じゃない。

 何も言わずにその場を離れようとする敷島に気がついた葛原が声をかける。


『朝練は6時からだ。待ってるぞ』


 敷島はその言葉に応える事もなく体育館を後にする。

 その翌日、練習が始まってから少しして敷島が体育館へとやってきた。


『遅かったな。敷島。遅刻だぞ』


 葛原の言葉を無視した敷島は、その場に両手をついて土下座をした。

 敷島は、1人ずつ名前を言って、自分が暴力を振るった生徒達に謝罪していく。


『湊……』


 敷島はお金の入った茶封筒を黛くん演じる湊に渡す。


『お前からカツアゲした金がここに入ってる。これは汚れた金じゃないから安心してくれ』


 敷島はゆっくりと全員の顔を見渡す。


『もうお前らの事を邪魔しようとしたりなんてしないと約束する。それに、許してくれなんて言うつもりもない。今日はただ、お前らに殴られにきただけだ。心配するな。……と言っても、信用がないかもしれないが、殴られたからといってそれをネタに強請ったり、誰かにチクったりもしない』


 アイドル部の部員達が顔を見合わせる。

 敷島は殴られてもいいような体勢で待ち構えるが、前に出てきて敷島を殴ろうとする奴は誰1人としていなかった。


『敷島……』


 黛くんが演じる湊が前に出る。

 湊は前に出ると、おおきく振りかぶって敷島の顔に拳を向けた。

 しかし、その拳が敷島の顔にぶつかる直前でぴたりと止まる。


『俺は、お前とは違う。ムカつくからって、誰かを殴ったりしない』

『ああ、そうだな。お前は俺なんかと違って優しいやつだ』


 葛原は2人のところに近づくと、湊の握り拳を収めるように自分の手を置いた。


『かなえ、お前はそれでいい』


 そう言って葛原は、にこりと笑うと敷島の顎に向かってアッパーをかました。

 へっ!? 普通、そこは殴らずにいい話になるところじゃないの!?

 アイドル部のみんなが呆気に取られた顔で、綺麗に空を舞う敷島の姿を追う。

 吹っ飛ばされた敷島は、体育館の硬い床に背中をぶつけて仰向けに倒れた。


『昨日、帰ってから数えたんだが、お前の方が一発多かったよな? だから、これでチャラだ、みんなもそれでいいか?』


 葛原の言葉にみんなが顔を見合わせると、お腹を抱えて笑い出した。

 なるほどね。

 葛原は、この場にいる誰も敷島を殴れないのを知っていて、殴られたがっていた、ううん、罰を受けたがっていた敷島の感情も汲んだってわけか。

 女同士ならせいぜいビンタで済むシーンだけど、男同士ってこうなっちゃうのね。


『ありがとう』


 敷島はそう言って立ち上がると、ゆっくりと体育館を後にしようとする。

 その後ろ姿を見た湊が敷島に声をかけた。


『おい、朝練の途中だぞ。バックレるつもりか?』


 湊の言葉に敷島は肩を震わせる。


『……ああ。今、いく』


 上擦った声で答える敷島をみんなが迎え入れた。

 まだ、気持ちの整理がついてないやつだっているかもしれない。

 それでも、全員が敷島を受け入れる事に納得した顔をしていた。

 葛原は無言で湊の背中を叩く。

 セリフなんて言わなくてもわかる。お前はかっこいい奴だなって言ったんだ。


「え? あくあと黛くんの関係でこのシーンやるのやばくない?」

「やべぇ、掲示板民が大量に死んでる……」

「なんみょ〜ほんげぇ〜!」


 ひたすら練習を続けるアイドル部を教頭の八木が呼び出す。

 ここで八木から、近くの女子高校野球部が全国大会に出たという話を聞かされる。


『そこは応援団がなくてな。お前達がよかったらだが、アイドル部として応援団をやってみないか?』


 葛原達アイドル部は、そのオファーを受けるとますます練習に精を出した。

 更なる練習の日々、練習シーンの間に、個人個人にフォーカスした掘り下げも行われていく。

 そして、ついに本番当日を迎えた。

 ここで画面がブラックアウトする。

 画面が切り替わると、アルプススタンドに陣取ったアイドル部の部員達が映し出された。


「え?」


 何、この映像……。さっきまでと質感が違う。

 私の頭がそれを理解するまで時間がかかる。


「「「生放送!?」」」


 私とレイラ、美洲の言葉に、遅れてみんなが反応する。

 嘘……でしょ。

 私の全身の毛穴が開き肌がチリチリと震える。

 あくあがゆっくりとアルプススタンドを登って、みんなの集団に加わった。


『カラカラに乾いた空っぽの体で何かが燻っている』


 私は画面に映った映像に釘付けになる。

 ……こいつ、やりやがった。

 不可能とか無理とか、そんな当たり前の言い訳はこいつには通用しない。

 自分の為すべき目標のために、ただまっすぐいって正面からぶん殴る事しかできない愚直な男が、真正面から正攻法で私達の、ううん、世界の常識をぶち壊していく。


『『『『『『『『『『オッ、オッ、オッ、オーオ!』』』』』』』』』』


 画面に映った男の子達は体を揺らせる。

 その小さな漣がゆっくりと広がっていく。

 そう、まるで白銀あくあという隕石よりバカでかい石が投げ込まれて世界が波打っていくように。


『嵐に呑まれたみたいに、自分の中にいろんな感情が渦巻く』


 ラッパー調の歌声に、美しい曲調。

 私は声を出さずに笑った。


『『『『『『『『『『ハイッ! ハイ、ハイ、ハイ、ハイッ!』』』』』』』』』』


 本番、一発撮りの生放送。

 失敗の許されない極限の中で、男の子達は真剣な顔でダンスと掛け声に汗を流す。

 こんな馬鹿げた事をやろうだなんて考えるの、私は世界で1人しか知らない。

 やっぱりあんたは最高よ。


『目の前なんて何も見えないけど、それでもいいじゃないか』


 ああ……この業界で、どれだけの人がこの瞬間を待っていたのだろう。

 ほとんどのキャストが男性しかいない、男性による、男性だけのドラマ。

 たった2年前まで、誰もこんな日が来るなんて思ってもいなかった。


『『『『『『『『『『ハイッ! ハイ、ハイ、ハイ、ハイッ!』』』』』』』』』』


 なんて熱いんだろう。火傷するくらい熱い。

 こいつの熱にみんなが感染して、風邪を引いたみたいにうなされる。

 白銀あくあってウィルスに仲良く頭をやられて、みんなどうかしちゃったんだと思う。


『たとえ、傷ついたとしても前に進む歩みを止めるなよ』


 私はドキドキする胸を抑えながら画面を見つめる。

 本当に、どうしちゃったんだろう。

 ああ、こんなの私らしくないのに。


『立ち上がれ。道ならお前の進む先にある』


 師匠でも、母でも、姉でも、妹でも、恋人でも、立場はなんだっていい。

 こいつに私の持っている全てを捧げたいと思った。

 私は胸の前で拳をギュッと握りしめる。


『お前の暗闇に呑まれるよりも早く走り続けろ』


 1人の生物として、ただの1人の女として初めて異性に惚れた。

 ああ、世界でただ1人、あんただけがこの私の体を熱くさせてくれる。


『全てはお前の歩いてきた道にある』


 どこまでもいけ。

 そうよ。貴方は振り返る必要なんてない。

 この私すらも通り越えて、もっと先に。

 誰も見た事がないところに、私達を、ううん、私を連れて行って。


『『『『『『『『『『ハイッ! ハイ、ハイ、ハイ、ハイッ!』』』』』』』』』』


 嵐の吹いた荒波のような激しいダンス。

 私はその中央に立っていた、あくあの事だけをジッと見つめていた。

 あーあ、なんでよりにもよってこいつの事を好きになっちゃったんだろう。

 小雛ゆかり! あんた、いくらなんでも男の趣味が悪すぎるのよ!!

 せめてこいつが年上だったら私だってもうちょっと素直に甘えられたのに、私より後に生まれてくるんじゃないわよ。この、オタンコナス! アクポンタン!

 でも、仕方ないわよね。だって、恋に落ちるってそういう事なんでしょ? 先生。


「白龍先生いいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 えみりちゃんは真っ白になった白龍先生の体を抱きしめる。

 私はソファに体を預けると、エンドロールを見ながらあいつが世界に対してしでかした事への余韻を味わった。

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