うたたね
まほろは幾度となく同じ夢を見るが、これはまたいつものとは少し違うものだと気付いた。
少しどころか大きく違うのだが、またあの変わった装束の青年がいるので同じか、関係のある夢なのだろう。つまりは少し違うと言って過言ではないとまほろは思う。
青年は木材と藁を組み合わせたような不思議な家に住んでいる。長い髪を耳の付近で結っている彼は、何やら占師、霊媒師のような職業についているようで、土の地べたに描いた図面の上に、小石や玉のようなものを放り転がして占いをしている。
その道具自体が答えを告げているというより、集まった霊体のようなものが小石や玉を思う場所に行くように動かして、青年にお告げをしているようだ。
青年はまだ少し前まで少年だったような面影がある。笑うと少女のように可憐だ。
まほろは彼が誰だかを知っている。まほろは彼のことを、とても愛していた。そして同様に、彼もまほろを知っているように思う。それも恐らく同じ気持ちで。
青年は、人には見えぬものが見えている。それ故にこの集落ではそういった仕事をしている。
夜になると時折起こる祟りを鎮めるため、青年は松明を手に亡者の後を追いかけた。
すると山の中には見慣れぬ大きな穴があり、朝日が登るとともに徘徊していた亡者たちが慌ててその穴に戻っていくのを見た。それは霊道と呼ばれる道のようなもので、命を失くしてしまった者が生きる者を羨み、恨めしく思って奪いに来るための道のりでもある。
青年は集落に戻ると、長にその話をした。
祟りを逃れるには穴を窒ぐか、穴から離れた場所に移動せねばならない。
だがこの土地には大陸の人々と貴重な肉や玉、女子どもと交換して得た穀物を育てるための田があり、移動はできない。ならば窒ぐしかないと、丸太や粘土で蓋をしたものの、なぜかすぐに壊れたり朽ちたりして、しまいにはその作業に関わったものが病を患い死んでしまった。
集落の者らは青年に新たな解決策を求めた。すると、別の集落から嫁に来た娘がこう言った。
「贄はどうか。私の元いた集落でも祟りで病が流行った時は若い巫女を川に流した。こういったことは、神に頼む他無いであろう」
反対する者は誰もいなかった。だが、この集落には若い巫女はいない。
ごく自然と、それに近いであろう存在である青年が贄として穴に身を投げる事が決まった。青年はそこいらの娘よりも美しいと評判でもあった。
青年は少女のような顔をさらに化粧で整え、髪も美豆良をやめて女子のように垂らして帯状の布を巻いた。獣の骨や歯、鉱石を削って作った装飾品で身なりを飾った姿は、確かに周りのどの女性よりも美しい。
青年は己の力で、そこに神はおらぬし、祈祷したところで無駄だとわかっていたが、自分ならば人柱としてこの穴の下に行き、魂だけの存在となって集落を守れる自信もあった。
集落の中には自分より二つほど年下の或る女がいる。その者に淡い想いを寄せ、また想われ、いずれ夫婦にと願いもしていた青年は、彼女を祟りから守ってやりたいと自ら望んで、この土地で最初の贄となった。
女は集落の中で一人、青年が贄として恐ろしい穴へ身投げをすることを反対していた。誰もが女の言葉を聞き入れはせず、寧ろ祟りの元凶がこの女ではないかとさえ噂が立った。
青年はそれにも気付かぬまま女の前から立ち去った。その後、愛した女が祟りを起こしたと罪を着せられ、無惨な形で殺されたとも知らぬまま、青年も己の命の灯火を消した。
落ちて落ちて、その残像が伸びていく。または、どこかにひっかかって体が本当に伸びてしまったのかもしれない。長く伸びた青年はやがて龍となった。
龍になった青年は淡々と己の役割をこなした。
夜闇に紛れて徘徊い、生者への嫉妬から悪さをする亡者を長い体を使ってかき集め、正しい道へと押し込める。
愛した女を守れるならばと無我夢中、必死に働いたが、そんな毎日が数年続くと、龍は日に日に寂しいと思うようになった。
ある昼のこと、あの恋しくて堪らぬただ一人の女に会いたくなり、穴の上へと向かって飛んでみた。
だが、会いたかった女はどこにもいない。集落の者たちは、突然現れた龍に恐れ慄き、また贄を出すと言いだす
龍神は女の名を告げた。自分にとってこの集落で一番愛らしく、心の優しいあの人にもう一度会いたい。もしもまだ独身であるのならば、まだ愛が残っているならば共に来てはくれぬかと頼んだ。
数日後、龍神のもとに女が一人落ちてきた。
ある植物を燻した煙を吸ったのか、随分と酔っており、最期は白目を剝いて、口からは泡を吹いていた。
可哀想に思って住家に連れ帰ったが、その女は龍の愛した女では無かった。
女は龍を恐れ、彼の差し出した粥、甘い柘榴を食べるどころか、手あたり次第に物を投げつけた。そして、黒曜石を研いだ矢じりで傷を付けた龍の皮膚から吹き出す穢に飲まれて、消えてしまった。
龍は苦しみから逃れるように再び己の仕事に没頭するも、また五十年ほど経つと孤独に耐えかね、再び現世に趣いてあの女はまだ生きているかと問いかけた。
誰もがその女を知らぬと言い、そして新たな生贄を奉げるので、どうか鎮まれと言うのだった。
それから村人らは五十年に一度、女を寄越すようになった。
龍は長く孤独を生きているうち、自分が青年であったことも忘れ、会いたかった女のことも忘れていった。
勝手に奉げられに来る生贄の女に一方的に恨まれ、憎まれ、恐れられ、傷付けられる。槍を投げられ、弓を射られ、薙刀を刺され、刀で斬りつけられ……自決用に持っていた毒を投げる者、油をかけて、火をつけた者もいた。神と呼ばれるようになっても、龍の孤独は増すばかりだった。
勝手に奉げられに来ては傷を残していく贄姫。そんな贄姫を龍神は待つ他に癒やしなどなかった。本当に欲していたあの女のことを忘れたとしても、龍には期待だけが残っていた。
いつか愛おしいと思う者、愛おしんでくれる者に出会える。番になれる者が必ず。
痛ましい龍神の過去にまほろは耐えきれず、しゃがみこんで自らの体を抱きしめる。
まほろはあの青年を知っている。なぜかはわからぬが、知っているのだ。そして、彼のことが愛おしい。いなくなってしまったら、きっと心が壊れて死んでしまう。
頭の中にいる愛おしい母が、魂は巡り巡っていつか還るものと言う。
都合の良い考えかもしれないが、まほろは自分の魂が今のまほろになる前、どこかで彼と会い、彼のことを愛していたのかもしれないと思った。
そうでなければ説明がつかないほど、この夢はまほろの心を深く抉る。
他人のことではない。苦しみながら死んでいった女の想いが鮮明に伝わってくる。
人間でないと非られ、先に祟りで死した家族の墓まで掘り返され、わざと死なぬ程度に繰り返し長く与えられる苦痛の中でも、彼女はただ青年を想っていた。
代わりに死んでやれるならそれも良かったが、これはただの憂さ晴しであり、弾圧で、犬死だ。
彼には生きていて欲しい。そして自分も生きたい。
これからも生きて、昼は共に青い草原に転がって笑い、大きな火の揺れる祭りの夜はこっそり岩陰に隠れて、互いの唇の柔らかさを確かめ合いたい。
月と星に見守られながら、愛し合い、睦み合って、いつかは可愛い二人の子を抱きたかった。
「大好き……ずっと一緒にいてください。私を置いて行かないで」
呟くと、あの青年がふわりとまほろに向かって微笑んだ。恥ずかしそうに頬を染め、少し目を細めるだけの微笑。
さらさらと長い黒髪、白っぽい肌、常に冷たい大きな手。
「龍神様、あなたは、やっぱり……」
とても嬉しいことに気が付いた。
まほろは早く目を覚まさなくてはと、夢に別れを告げる。
朝だ。
外は花でいっぱいだろうか。
目を開くと、今では見慣れてしまったいつもの閨にいた。
今日もまた大好きなものばかりの幸せな一日が始まる。




