リボン
まほろは何度も同じ夢を見る。
大きな御影石の床の上に、蛇のようにとぐろを巻いている龍の夢だ。
何度も何度も繰り返して同じ夢を見ているが、厳密に言えば毎回同じ夢というわけではない。
初めは離れて龍神を見ていたまほろだが、日に日に距離は近づいていき、今では彼の元に行って触れるまで、そう時間はかからなさそうなのだ。
龍神も毎回泣いているわけではない。あまり元気がなさそうなことに変わりはないのだが。
「龍神様」
夢の中のまほろは、夢と気付いているので躊わずに彼の元へ駆けていく。
何度も夢を見続けて、近付いて、ようやく龍に触れることができたまほろは、そっと壊さないよう、大切にその鱗を撫でる。
つるつるとした硬い鱗の下は柔らかい肉がある。大きな龍でも、人と同じように傷を負うのだろう。
まほろには想像しえないほどに強いのであろう龍神だが、とぐろを巻いてこうも悲しそうにしている様を見ていると、か弱い物を前にしたような、庇護欲を駆り立てられる。
「俺は、供物といえど人を食べはしない。血も飲まぬ」
寂寥感に苛まれてしまったのだろう。
龍の落ち込んでいるような、拗ねているような声にまほろはただ頷いた。
「贄に女をと求めたのは、確かに妻というものを欲したからだと思う。だが、妻でなくてもいい。友でいい。いいや友でなくとも構わない。いっそ、ここにいてくれさえすればそれでいい。そんな者、どこにいると言うのだ。どこに」
「龍神様、私はここにおります」
「寂しい」
「龍神様、私ではだめですか?」
夢の中では大胆な真似も許されるだろう。ここはまほろだけが知っている、まほろ以外は知らない夢の中だ。
まほろは心に正直に、思いのまま両手を広げて大きな胴体に抱き付いた。
本当は会いたくて堪らない。愛する人の特別になりたい。特別な人を特別と言うことを許されたい。
額を擦りつけ、何度も呼びかける。こんなこと、普通なら羞恥心が勝ってしまい、できないだろう。それに現実のまほろは、とっくに自分なんかではだめだ、彼の孤独は癒せないと諦めている。
それでも、夢の中にいる間はわがままに、素直でいられる。驕り高ぶって、妻のように側にいられる。
「龍神様、私は側におります。龍神様、お慕いしております」
まほろが目を覚ましたのは、薄っすらと明るくなり始めた時間だ。
目を擦りながら簾を潜って空を見上げる。
いつものように花がひらひらと落ちてくることに安堵し、透き通った池の水で顔をすすぐ。
誰かに背を押されて突き落とされることもないので、のんびりと手ぬぐいで水滴を拭い、当たり前のように側にいるロウにぺこりと頭を下げた。
「おはようございます」
「おはよう。まほろ、今日も龍のところへ行くか?」
ロウの言葉に思わずきらきらと目を輝かせるが、少し考えてもじもじと地面を見つめた。
「連日お邪魔してしまって良いのでしょうか?」
毎日会えたら嬉しい。だが、それは自分だけではないかと思う気持ちもある。
「良い。まほろは妻なのだろう?」
「では、その、行きたいです……お会いしたいです」
「そうか。ならば行こう」
まほろはこくんこくんと頷いて、少しはしゃいで着替えに戻る。
まだいくつか着方のわからない着物があったが、またの機会にして、自分で着られる形状のものを選んだ。
龍神からだとロウが持ち込む簪も、迷ってしまうほど種類がある。
目についた平たい手格は、リボンという布の細長い小布だ。まほろの姉、鈴が好んで髪に付けていた。
まほろも一枚、鈴の真似をして端切れから作ったことがある。
そのリボンを使うマガレイトという髪型に、一度だけハツが結ってくれたことがあった。
しかし、たまたま出くわした唯華にリボンをせがまれて、その場で髪を解いて渡してしまった。
リボン自体はさほど手に入れるのが困難だったわけでもないし、髪を解くのは寂しかったが、それ以上に明るく声をかけてくれる唯華を悲しませたくなかった。それに腹違いとはいえ、唯一の妹である彼女に手作りのリボンをつけて貰えるのを、純粋に嬉しいと思った。
その日は唯華はリボンを使っていたものの、その後二度と見ることはなかった。もっと上質な光沢がある、色鮮やかなものを購入したようだった。
兄と親しい間柄となったハツに迷惑をかけぬようにと、髪の結い方を教えてもらうこともできす、忘れようと言い聞かせて思い出さないようにしていた。
ぼんやりと過去の記憶を辿っていると、またロウがいつの間にかまほろの側にいた。慣れてしまい、もう驚くこともない。
「まほろ、髪を結おうか」
「はい、お願いします」
自分の髪は放ったらかしなのにも関わらず、ロウはいつも器用にまほろの髪を結い上げる。
「この紐が気になるのか」
「はい……昔、一度だけこういうもので結ってもらって……」
「現世を放浪していた時に見た。異国から渡ってきたものだな。何だったか……ビン……バン……」
「ふふ、リボンですよ」
「そうだったな。リボンか。俺は編むのは得意だ。どうやら昔、縄を編んだことがあるらしい」
流れるような手付きでロウがまほろの髪の束を編んでリボンを結びつける。ハイカラな髪型の自分が映り込む鏡に少し驚いた。ロウはリボンの名前は思い出せないというに、マガレイトの形は知っているようだった。
「ロウ、すごいです! どうやって結ったのですか?」
「まほろに会いに行った時に、この髪をしている女を見た。まず、この位置で結んだら髪を三束にして編む。これを持ち上げてまた結ぶ……自分でやるのは難しいだろう。俺が結ってやる」
ロウの提案は嬉しいが、正直なところ、まほろはロウに髪を触られるとつい心の臓がどきりとなってしまう。だから、なるべくならば避けるべきなのだ。
しかし髪を結うのは本来夫婦間で行われることではなく、問題は無い。なにより、龍神に会うための支度を素早く終わらせるには彼の助けが必要で、断わる理由がはっきりとは無い。
考えあぐねるまほろに、何が愉快なのかロウがくすくすと笑い出す。
「これまでも俺が結っていたのだ。今さら悩むこともあるまい」
そうではあるが、いつまでもそのままで良いのだろうか。
それよりも、思考を読まれてしまうほどわかりやすい顔が鏡に映ってしまったことに赤面する。
「行こうか。龍も待っている」
「は、はいっ」
ロウはずっと笑っていた。




