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嫌われ者の生贄ですが、愛してくれますか?  作者: トシヲ
常世の章

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執着

 今やまほろに夢中のロウだが、初めのうちは、彼女のことをただ哀れな少女と思っていた。

 痩せた体に、髪は傷んで艶もない。とても村の長の娘とは思えぬような古い衣服。全てを諦めたかのような顔で生きるまほろを、純粋に贄姫として庇護せねばと傍にいることにした。

 これほど守ってやらねば消えてしまいそうな贄は初めてだった。


 まほろはどこまでも不憫な少女で、助けを求める相手がいない。

 これまで選ばれてきた少女たちは、少なくとも披露目の儀式の後は暴力どころか喧られるようなこともなく、逃亡をさせぬよう見張りがついたりもしていたが、最後だからと豪勢な食事や美しい衣服を与えられていた。

 それにも関わらず、まほろは虐げられ、小さな納屋で貧しく暮らしている。

 似た顔、同じ血を流す者たちは芋や麦飯だけでなく、野菜や魚、時には肉まで食しているというのに。



 ロウはいずれ彼女も過去の贄たちのように、恐怖から冷静さを失って、自分の挨拶に返事をしてしまうのを待っていた。だが、まほろは頑なに耐え続けた。

 何かしら返答さえ得て会話が成立すれば、その後ロウの言葉が少しはっきりと届くようにもなるのだが、まほろは飽きるほど聞いてきた『来ないで』やら『やめて』という拒絶の言葉すら発することなく黙り続けていた。



 傷を負わされてしまう弱々しい自分の贄が不憫でならない。

 ロウはまほろの拒絶を感じ取っていつつも、何とか言葉を交わして傷の治癒を祈らせようと毎日現世へ通った。


 ようやくまほろと会話を成し遂げてから、ロウは驚きの連続だった。

 そもそも最初の会話自体が、今までの贄とは違っていたのだが。


 まるで目に見えるもの全てが怖いとでも言うように、始終何かに怯えている少女は、これまでの贄のように、そしてその前日までの彼女自身のように、ロウを見るなり一目散に逃げ出すものと思っていた。

 しかしまほろは現世を彷徨う霊体のロウを自らきょろきょろと探して、会うと、一目でわかってしまうほどわかりやすく、嬉しそうに笑うのだ。

 体力も無く、疲れているだろうに、ぱたぱたと駆け寄って来ては、大切なはずの食事を渡そうとしてきたり、隣にちょこんと座って見上げてくる。

 極稀に、ほんの暇つぶし程度に見に行く現世のやしろで、色恋について成就を願う少女らと、彼女は全く同じ顔をしてロウを見つめていた。

 紅の差す頬と耳……悩まし気に潤む瞳に吸い込まれてしまいそうだった。いいや、もう吸い込まれてしまっていたのだ。


 半ば無理矢理、驚かせてでも何か言わせようとしていたことが申し訳なくなり、その後ろめたさから、更に守ってやらねばという気持ちにさせる。


 ロウはまほろに仇をなす者が気に食わず、同じように彼らを怨む魂をあえて連れ帰らず屋敷に一部をそのまま放置した。その中でもまほろに手を上げた者には直接罰を与えた。

 自分という神への供物に、許可なく傷を付けることを気に食わぬと思っていたというのに、いつしか怒りの原因はまほろを悲しませ、苦しめること自体に変わっていた。


 長く自我を持ち続けてきたが、これほどまでロウを苛々とさせる者たちは初めてだった。だが、同時にまほろが他者から親切にされると自分も嬉しくなった。

 まほろを傷付けたものには制裁を。逆に、まほろに良くした者にはささやかな幸福を与えた。まほろに懇意に接した人間は可愛く思うし、嬉しそうに笑うまほろはもっと可愛かった。


 まほろが自分に対して恋慕の情を抱いている。そんなことが果たして本当にあるのかと疑いたくもなったが、生まれて始めて男に大切に扱われたまほろが、ロウに恋心を寄せるのはごく自然なことでもある。


 ロウもまた、一度まほろを愛おしいと思う心に気が付くと、もうそこから歯止めがきかなくなってしまった。

 まほろが欲しくてたまらない。兎に角早くまほろを、この奈落にある自分の領域に囲い、永遠の時間をかけて愛おしみ、大切に大切に守り続けたい。


 まほろはこれまでの贄とは違う。

 それはロウを龍神と気付いていないからであろう。

 少しでも長く傍にいて、絶対に手放したくない。その思いから、ロウは自分が龍神であると名乗らぬようにしていたのだが、ここに来てそれが壁となり悩ませる。


 まほろがこの場所で目を覚ましてから、もう数日経ってしまったが、ロウは彼女に触れることさえできていない。

 あの古びた納屋にいた時は抱きすくめても嫌がらず、手を握ったり撫で回したり擽ったリと好き放題に触っていた。額に口付けもした。だというのに、ロウが手を伸ばしたり触ろうとする動作を見せると、今は慌てて距離をとって逃げてしまうのだ。

 だが逃げる姿すら可愛らしいまほろは、特にロウを怖がったり嫌ったりしている様子ではなく、顔を真っ赤にしてこちらの様子を伺い見てきたり、拒絶しながら切なそうに瞳を潤ませている。

 自分は龍神に嫁いできたからロウには触れてはならないのだと言い張って、頑なに不貞を働こうとしない。

 その健気な姿に、龍神目線では思わず口元が緩んでしまう。

 だが抵まれるのはこちらとしても少し切ないものだ。



 そんな折、新妻と乳繰り合いたいロウより先に涙を溢したのは、まほろの方だった。

 少し意地悪をしてわざと壁際まで追い詰めて、

「愛している。逃げないでくれ」などと、わざと悲しそうな声で言っていたら、恋しい男を拒絶しなければならないこと、龍神への罪悪感からか座り込んで泣き出してしまったのだ。


 あれほどまほろを傷付ける者が許せず、自分が守ってやらねばと思っていたのにも関わらず、己の手で泣かせてしまったことに狼狽え、焦躁する。

 今抱き締めるのは逆効果にも感じ、何を言えばいいのかもわからぬまま、懐紙を取り出したり覗き込んだりとしていると、まほろは今にも消えてしまいそうな声を漏らした。


「龍神様に、一度、お会いしたいです」

「それは……」


 困った。

 今まで幾度となく見てきた、恐怖に震えて懐刀を振り回す者、錯乱したまま駆けて冥の門をくぐって行ってしまった者、龍や自分の体を刺して穢に飲み込まれて行った者、泣きながら許しを乞い、離縁を申し出て冥へと旅立つ者……その姿が幻影のように心に蘇る。


 まほろが懐刀を持たされずに来たことをすでにロウは確認しているが、冥の門をくぐって一気に橋を渡ってしまうことも考えられる。泣きながら離縁を申し出られてしまえば、可哀想だから望むようにさせてしまう。

 この際、龍の方はまほろに何と思われても構わないが、共に時間を過ごし、ようやく互いの愛情を深める事ができたロウの姿まで嫌われてしまったらと思うと、足が竦んでしまった。


「……龍神様は、私なんて……お会いするのもお嫌なのでしょうか。私は、このままここにいても良いのでしょうか」

「良いに決まっているだろう。頼む。ずっといてくれ、まほろ」


 ふるふると震えるまほろが、泣いて別れを告げてくる姿を想像してしまう。


「龍神様がお望みになるのなら、私は消えてしまうべきです」

「龍神はそのように思わぬ。まほろにいて欲しいと思っている」

「私は大丈夫です……その……ちゃんと、わかっているんです。私なんて好きになって頂けるような取り柄も何も……私が一番、私を嫌いなのに……」


 まほろは卑屈だ。そうなるように育てたあの環境が許せない。

 もっと幼いうちにその存在に気付いて、攫ってきてしまえば良かった。


「まほろ、龍はまほろが好きだ、何よりも愛している。ずっとここにいて欲しいと思っている。もっと自分に自信を持て、まほろ。まほろはこの世の事物全ての中で最も愛らしく可憐で、言うなれば可愛いの神だ。可愛いを司っているに違いない。だから大丈夫だ」


 いつかは自分と同じような存在として、この場所を共に守って欲しい。夜すらも離れがたいのだ。

 八百万の神の中には垢やら糞に宿る者もいる。何でも自称して、それを信ずるものがいれば神なのだ。

 まほろが可愛いの神でも、ロウには何ら問題は無いし、ロウの中ではすでにほぼそれなのだ。

 みるみるうちに顔を赤くして、まほろはロウの願った通りに口元を綻ばせる。 


「かわ……わた、私も、自分に自信が持てるくらいになったら、龍神様も、いつかは会っても良いと思って下さるのでしょうか」

「いつかは? もう常に会いたいと思っている。毎日毎日お前のことばかりを考えているに決まっているだろう。こんなに可愛い妻なのだ。手を握り、抱擁したいのも当然。あわよくば乳繰り合いたい。もっと睦み合いたい」


 神は嘘が苦手だ。嘘が下手なので、会いたくないだの別の男と乳繰り合ってくれだのという発言が出てこなかった。

 馬鹿正直に欲望を口にすると、まほろは真っ赤な顔を少し俯かせて視線を泳がせている。

 これはいけない展開だ。


「私も、龍神様にお会いしたいです……」

「……そうか、わかった……では……龍の間に行くか……」

「良いのですか? いつ、お会いできますか?」

「いつがいい? 俺としては百年は後でも」

「すぐ……早くお会いしたいです……」

「ああ……」

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