その後の話
まほろが生贄に奉げられてからほんの数年のうちに、あの邸宅はもぬけの殻となった。
それを祟りと呼ぶものもいれば、一方で良きこと、当然のこととする者もいる。
元綱が所有していた孤児院や更生施設には国家からの補助金が出ていたが、実際、その多くが収容者やその環境改善のために使われたことが無かった。
報告よりもあきらかに少ない収容者。病死、あるいは餓死、暴行によって死した人々を所有していた山に埋めた後も、あたかもまだ生存者として収容しているかのように偽装をしていた。
その罪が明るみに出た元綱は村長としての地位も剥奪され、大勢の亡者が来るのだと妄想を語り、自ら首を吊って絶命した。
彼に最後に会った者は、何故か全てを解決したような、穏やかな笑顔を見たと言う。
随分前に亡くしたはずの前妻、琴代が現れて、助けてくれるのだと言っていたそうだ。
最愛の女に手を上げ、捨てられた息子、元久も精神を病んでいた。冬になっても井戸を見張ると言い続け、やがて自ら井戸に飛び込み命を落とした。
都会に住む男の元に嫁入りした長女の鈴は、幻聴、幻覚に悩まされていた。
最初は誰かが大勢で話しかけてくるのだと騒ぎ、いくつもの痩せこけた手が床から伸びてきたり、押し入れを中から叩く音がしてくるのだとか、部屋で父が首を吊り続けているだとか、風呂槽から元久が這い出て来くるだとかと騒ぎ続け、やがて精神病院に隔離された。
父親を喪い、母親の実家へ戻った唯華は、髪の毛をひどく恐れた。鏡やガラス、水面に映る自分の黒髪を見る度に発狂してむしり取ってしまった。
尼のように頭を丸めたのに、唯華はそれでもまだ女がいる、長い黒髪が見えるのだと叫び続け、最後は自らの頭を壁に打ち付けて命を絶った。その母、沙耶も娘の悲惨な死から数日後、川に身を投げた。
贄の儀式には立ち会わなかったが、その後数回にわたって果物や菓子を遺骨のない墓へ供えに来たハツは反物屋の息子のもとに嫁入りし、可愛らしい女の赤子を産んだ。
男児ばかりが持て囃される時代、ハツの夫も義理の父母も赤子をそれはそれは可愛がり、翌年男児が産まれても平等に兄妹を大切に扱った。
まるで本当の母娘のようにハツと姑は仲が良く、舅も朗らかで関係は良好であり続けた。その幸福に満ちた笑いの絶えない家族の評判からか商売も弾み、時代に取り残されず、反物から雑貨、生活必需品を扱う大きな店となった。
榮はまほろの死をなかなか受け入れられず、何度も後を追おうとしては止められ、周囲の勧めもあって実家に戻ることとなった。
そんな榮を心配し、足繁く彼女の元に訪ねた男が、新しく村長に任命された家の息子、宗太郎だった。
もともと鈴の侍女をしていた頃に何度か面識があったが、奥手で無口な宗太郎が、同じく口数が少ない榮を口説くまでに時間がかなりかかっていた。
榮はまほろを一人龍神に奉げ、自分だけが普通の幸せを手に入れることを拒んでいた。宗太郎は榮を急かしたりせず、のんびりと一緒の時間を過ごした。
月命日には必ず二人でまほろの墓へ行き、供え物をした。
なぜか、あの大穴は、儀式と関係ない時には辿り着けないのだ。
まほろの死から三年がたった日、榮は夢を見た。納屋で見た銀色の龍と、あの時と変わらぬままのまほろの夢だ。
龍に促され、榮の近くに寄ったまほろが、見たこともないような幸せそうな笑顔を浮かべる。それからあの可愛らしい声で榮の名を呼び、水仕事でかさかさに荒れてしまった手に何かを持たせた。
『榮さん、幸せになってくださいね』
目が覚めてすぐ、榮は自分に言訳をして見てしまった夢かと思ったが、手の上にちょこんと乗っている桜の花に、思わず涙を溢した。
もう夏が訪れるというのに、狂い咲きだろうか。きっと、あの可愛らしく、可哀想であった少女が許しを告げに会いに来てくれたのだろう。
桜を見ていると、あの時、最後にまほろに頼んだ桜柄の反物を思い出す。
結局唯華に破られてから、まほろが時間をかけて直そうとしたが完成には至らなかった。続きは任せてと言って形見の裁縫箱と共に受け取ったが、どうしても榮はそれに手を加えることができず、どさくさに紛れてくすねて来てしまった。
この日も、まほろの命日をしっかりと覚えている宗太郎が、供える花を持って榮の家を訪ねてくる。
表情の乏しい宗太郎が、やけにそわそわと落ち着かない様子なので、
「どうかなさいました?」と尋ねてみれば、何やら村外れの桜が一本、狂い咲いているらしい。
「榮さん、もし良かったらですけど、帰りに見に行きませんか、その桜」
榮は頷いた。
まほろが許し、そう望むのならば、まほろが運んでくれた福なのならば、榮は笑って受け取りたいと思った。
自分にとってまほろが必要な存在であったと、まほろが確かにいたという証として、まほろが人を幸せにできる立派な人物であったと証明するために、榮はまほろの次に愛おしい人の手を取った。
時代が移り行き、八百万の神々への信仰が薄れゆくうちに、穴のあった山は切り崩されて、大きな街になった。
戦前から戦後にかけての混乱の中、生贄の儀式が無かった年も祟りなどは起きず、贄姫はまほろで最後となっている。あの穴にたどり着いた者もいない。
時折榮は夢を見る。龍神は新たな贄を欲してはおらず、いつまでも可愛らしいままのまほろを大切に大切に愛で続けているようだ。
あの世の入り口は花畑と言う者がいるが、その通りなのか、夢に見るまほろはいつも、雪のような花が降りしきる場所で幸せそうに笑っている。
「僕、――高校のオカルト研究会に所属している――と申します。伝承などを調べていて……ぜひ、マボロシ様のこと、僕にお聞かせ頂けませんか」
男の声とカセットテープの回る音に、榮はふと我に返る。
長いこと、昔の事を思い出してぼうっとしていた。
マボロシ様という名を聞いて、榮はにっこりと笑った。
「まほろ様はね、とてもお優しい方よ。私が十七の時に、神様のお嫁さんになったの」
「お嫁さんというと、やはり夏祭りと関係があるのですか? ここの地域では夏祭りで、お御輿に花嫁姿の人形を乗せていますよね。あれがマボ……まほろ様なんですか」
こくりと頷いたところで、榮はまた狂い咲いた桜のことを思い浮かべる。
あまりにも長い時間がたってしまい、いろいろな記憶が薄れている。
思い出せるのは桜の咲く下で、顔から耳まで真っ赤にしている宗太郎の姿だ。
「あら、宗太郎さん……お弁当はちゃんと持ったのかしら」
「ばあちゃん、じいちゃんはとっくに死んじまっただろ」
「あら……ええ、言われてみればそうねぇ……ぽっくり逝ったわねぇ……棺桶で変な顔してたわ」
「ばあちゃん、じいちゃんきっとあの世で泣いてるぞ。あのう、せっかく来てくださったのにすみません、祖母、ちょっと物忘れがひどくて……」
「いえ! とても参考になります! マボロシ様もあのお祭りも全然資料がなくて……あ、お祖父様のお仏壇にもご挨拶させて頂いても?」
庭で犬と遊ぶ小さな曾孫を眺め、榮はのほほんとした気持ちで葛湯を口に含む。
「えいばばちゃん、さくちゃんもねぇ、まろろちゃんに会ったよ」
「あらぁ、そうなの」
「転んだの、我慢したらねぇ、えらいねぇって」
「まあ、さくちゃん偉いわねぇ」
「えへへ!」
■現世の章 おわり
一章はこれにて終了となります。
ホラーと異種間恋愛と、好きな要素をごちゃまぜにして書かせていただきました。
二章からはホラー要素がほぼ無くなり、まほろと龍神ののんびり死後ライフ(?)となります。
恋愛小説となるため、ホラー要素を楽しみにお読み頂いていた方にはウ~ン……と退屈な内容になるかと思いますので、ここらでお別れになりますでしょうか。
ホラーってワクワクして良いですよね。少しでも楽しんで頂けていたら私も嬉しいです。




