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嫌われ者の生贄ですが、愛してくれますか?  作者: トシヲ
現世の章

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好かれやすい人

 榮はまほろに罪の意識を持っている。


 鈴の侍女としてこの屋敷に来た時、榮はまほろに目を奪われた。

 榮の母親は一枚の写真を大切に持っていた。母にとっての大切な妹の写真だ。写真なんてとても高価なものだが、大金を叩いてでも残しておきたいほどに美しい琴代を、母は今でも誇らしく思っている。

 幼い頃から写真で見せてもらっていた琴代は、榮にとっても憧れの女性だった。そして、その琴代に年々よく似てきているまほろの事も、可愛らしくて妹のように愛おしいと思う。


 鈴がこの屋敷を出ていって、榮はようやく念願のまほろの侍女になる予定だった。

 父親や兄に虐待を受けているまほろは、自室さえ与えてもらえずに下女の部屋にいる。馬鹿な下女が時々まほろの数少ない荷物を盗んだり壊したり、わざとぶつかったりもしているようだ。


 榮が侍女に付けば、自分の部屋にいさせてやれる。

 雑魚寝の下女と違い、琴代の親族にあたる榮には、元綱が個室を一室与えている。布団を二枚敷いたところで全く不便はないし、ずっと妹が欲しかった榮は、まほろと並んで寝ることに少し憧れてもいた。


 給金でまほろに簪を買ってやりたい。そうしたら、髪を毎日櫛で梳いて、結ってやろう。上等なものは買えないが、母から譲り受けた着物を着せてもやる。

 いつかまほろが年頃になり、皆が彼女を琴代とそっくりで愛らしいと気付く日まで、自分が保護してやりたかった。

 だが、物事はそう上手くはいかない。

 薄々と想像はしていたが、榮はまほろではなく唯華の侍女になるよう指示があった。

 それでも比較的まほろに敵意の無い唯華ならば、自室に彼女を呼び寄せ、三人で上手くやっていけると思っていた。しかし元綱も元久もそれを許しはしなかった。


 榮が自分の弱さ、ずるさに気が付いたのはこの時だ。たった一度、元綱に頬を打たれただけで榮は全て諦めてしまった。


『二度とその名を口にするな! あれを母屋に入れてはならん!』


 榮は従ってしまった。恐ろしくて足が震えた。まほろはこんな思いをずっと幼い頃からし続けているのに、榮はたったの一度で参ってしまった。おめおめと逃げてしまった。

 唯華をまほろと思い込もうとする度、自己中心的で猪突猛進、思い込みの激しい彼女に辟易していた。そのせいか偏頭痛はあるし、肩凝りも酷い。


 榮がまほろにできたことといえば、挨拶をし、役目を与えたことくらいだ。せめて惨めな思いをさせぬよう、それから綺麗な端切れや糸が彼女の元に行くようにとしていたが、まほろからすればきっと、ただ面倒ごとを押し付けられただけにすぎない。



 まほろとの繋がりを踏み躙る唯華を見据え、榮は失望のあまりため息のしかたも忘れていた。

 なぜか、薄暗い納屋だというのに、百合の香りで満たされた聖域のようなこの場所にいると怒りが収まり、冷静な気持ちになれる。


「この度は、唯華様がとんだご無礼を……」

「わ、私は大丈夫です。ただ、その、お着物が」


 破れて、汚れてしまった反物を受け取り、榮はまほろをなんとか安心させようと微笑みかける。本当はもっと早くそうしてやりたかった。やるべきだった。

 最後の最後で、今さら、と思う。

 まほろは龍神へ供物として奉げられてしまう。龍神への生贄は絶対の掟であり、神を冒す行為がどれだけ危険なことかも知っている。

 二百年前、武家の血を引く血の気の多い女が神に薙刀を振るい、祟りが起きた。伝染病とも言われているが、人の影が家中を這いずり巡り、生者をあの世へ引きずり込んだと口伝えに聞いた。

 だから、また榮はまほろを済うことが出来ない。榮はまほろを見殺しにするしかない。家族や自分が助かりたいがために、まほろを生贄に奉げるのだ。


 だが、もしもまほろが願うのならば、榮は――


「まほろ様、誠に申し訳ございません。私は愚かですね」 

「榮さん? なぜ泣くのですか?」

「まほろ様、どうか頼みを言ってくださいませ。どんな我儘でも構いません。榮めが、叶えますから。どうか、お願い」


 百合の香りが一層強まり、まるで榮はこの空間に歓迎されているようだった。

 温かい何かに包み込まれるようなこの感じは、正月に神社でささやかな願いを心で唱える時ともよく似ている。


「い、嫌よ! 榮! 榮は私の侍女なのに! どうして、私の我儘は聞いてくれないのに!」

「まほろ様、本当は私は、あなたの」

「まほろ姉様! いい加減にして! 今度は榮を呪って操っているのね!」


 榮は唯華の言葉を無視した。こんな態度をとったと元綱に知られれば、また頬を叩かれるかもしれない。泣いて実家へ戻って行った少女たちのように、女としての辱めを受けることも、無いとは言い切れない。


 それでも今、これがまほろと話せる最後の時だと榮の勘が告げている。

 昔から勘が鋭く、よくあたった。特に嫌な予感は。


「それなら、榮さん、どうか幸せになって下さい。私は、母を死なせてしまって、沢山の人を不幸にしてしまった悪人です。でも、誰か一人だけでも、こんなこと烏滸がましいかもしれないけれど、幸せにしてみたい。榮さん、どうか、幸せになってください」

「まほろ様……どうして、逃げたいっておっしゃらないのですか……どうして、生きたいって……」

「生きていても、誰かを不幸にしてしまって、私も苦しいから……」


 こんなこと、あんまりだ。どうしてまほろは他人を優先し、自分を後回しにしてしまうのだろう。榮は溢れ出る涙を止められないまま、か細いまほろをそっと抱き寄せた。


「まほろ様、伯母様が亡くなったのは、あなたのせいではありません。赤子を産むのは、命懸けなのですよ。体に大きな負荷がかかって、どこかで毎日、たくさんの女性が亡くなっています。まほろ様が悪いのではありません。誰も悪くなんかないのですよ」

「それでも、私が産まれて来なければ、死なずに済みました。それは事実ですから……」

「伯母様はっ、まほろ様をお産みして良かったと、愛おしく思っていらっしゃるはずです!」


 ――ああどうか、龍神様。まほろ様をお守りください。愚かな私には、まほろ様の幸福がどのようにすれば叶うのかわかりません。せめて、その命を奉げるのだから、どうかまほろ様を愛して大切にしてください。そして、猾くて残忍な私を罰して下さい。


 強く抱きしめたまほろの手が、恐る恐る榮の背中に回る。

 なんて優しい人なのだろうか。突き飛ばしても良いくらいだというのに、まほろは榮をそっと抱き返し、そのまま黙っている。


 花の香を揺らすように、衣擦れの音が聞こえた気がして瞼を開く。すると銀色の美しい大蛇のようなものがまほろの向こうに佇んでいるのが見えた。体が大きく、納屋には収まりきらずに壁を突き抜けているようだ。

 よく見てみれば、それは無数に傷を負った龍だ。ふさふさとしたたてがみに角、体には手もある。

 榮は本能的に恐れを感じ、そして肉体にはとても収まりきらないような畏怖の念に瞬きもできず、月のように優しく煌いている龍神をただ見上げていた。


 ――龍神様、まほろ様を、どうか……


 龍神はしばらく榮を見つめると、音もなく静かに消えた。そこに微笑む優しげな青年が一瞬立っていた気がしたが、一度だけした瞬きの間に消えてしまった。

 榮はまほろに死んでは欲しくなかったが、龍神が慈愛に満ちた神であると、まほろを誰よりも大切に守ってくれるだろうと理解し、その体を放す。

 生きていても辛い思いをさせてしまうだけともわかっている。


 まほろは死を恐れていない。

 榮にできることはもう無い。ただ、神に祈りを捧げるだけだ。


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