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嫌われ者の生贄ですが、愛してくれますか?  作者: トシヲ
現世の章

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純真無垢な花

 唯華は腹違い姉、鈴が好きだ。そして、まほろのことも嫌いではなかった。

 ただ、不思議ではあった。

 まほろは何故か、わざわざ母屋以外の場所で寝泊まりをしている妙な女だ。着物もしっかりと着ればそれなりに綺麗な顔をしているのに、いつも古びた地味な物ばかり好んで着ている

 まるでおとぎ話に出てくる可哀想な農民の娘のようだ。いや、本当に自分を可哀想な娘と思い込んでいるのかもしれない。 


 唯華は小学校を出た後、女学校へは行っていないものの真面目に勉強をしている。毎日生花や舞踊、琴に料理などの講師を招いて励んでいるのに、まほろはそういったものを好まないのか、いつもせわしなく外を駆けたりしている。


「いいなぁ、まほろ姉様は」


 唯華の言葉に、横でちくちくと刺繍をしていた榮が顔を上げた。


「何ゆえに、そう思われるのです?」

「だって、いつも外で遊んでばかりで、楽をしていそうなんだもの。でも、あれでは良いお嫁さんにはなれないわね。あれで龍神様のもとに嫁いでしまって、大丈夫なのかしら」

「……まほろ様は、ご自分で洗濯をなさっているのです。龍神様も、ご自分でご自分のことをなさるお姿に、きっと感心なさいます」


 唯華には布を洗うなど、水遊び同然に思えてならない。暑い日に冷たい水を浴びて遊ぶのは楽しい。まほろはそんな楽しいことをして、榮に褒められている。


「なんだか、私ばっかり大変な思いをしていてつまんないわ。宿題もたくさんで、本当に嫌になっちゃう。またあの孤児院に寄付するお着物を用意しないといけないし……ところで榮は何を刺繍してるの? 手ぬぐいかしら?」

「これが、その孤児院に寄付するおしめですよ。刺繍ではないです」

「まあ、そんな古いの布で作るの? この前私が選んだ反物は?」

「あれはお着物になります。この際ですからお伝えしますが、あれはいつもまほろ様が縫って下さっているのですよ」


 てっきり全て榮が作ってくれているものと思っていた。だがそれを聞いて、唯華はさらにまほろのことが可笑しくなって、つい口元が緩んでしまった。


「うふふ、姉様ったら、他人のお着物を縫う前に、ご自分の格好をどうにかしようとは思われないのかしら? ふふ、どうせなら、おしめの方をお引き受けになれば良いのに」


 だっていつも、いつもあんな格好なのよ。どうしてなのかしら。お洒落じゃないし不潔だわ。

 笑っていると、ぴたりと榮の手が止まる。その顔が妙に真面目で、少し怒っているかのように見えて、唯華は手で口を隠して黙った。


 榮は唯華から見ても美人だ。生花も琴も上手く、三味線も弾ける。父の前妻の姉の娘だから、親戚である。

 もともと鈴の侍女をしていたのだが、唯華が父に頼んで自分に付けてもらった。


 唯華は榮のことがとても好きだ。普段は物静かだが、唯華が点てた茶が美味い時、琴をいつもよりも上手く奏でた時、新しい簪を付けた時には一番に気付いて褒めてくれる。それも、具体的にどこが良いと思うか教えてくれるので、彼女から学ぶことは多かった。


「榮、どうして怒るの? 間違ったことを言っていたら、教えてほしいの」

「……いえ、それより唯華様、お琴の課題の方はどうなさったのでしょう」

「それが、難しくて全然」

「まずは、苦手なところだけを繰り返して練習なさってください」

「はーい」


 気のせいだったのだろう。榮は黙っていると、少し怒っているように見える時がある。だが唯華は人一倍彼女をわかっているつもりだ。


 ――まほろ姉様がおしめを作るのを嫌がるくらいで、榮は怒ったりしないもの。




 唯華は榮が厠に行ったのを見届け、部屋を抜け出した。

 昔から井戸を二つを屋敷内に所有している。生まれてきた時から唯華は水のありがたさなど特に考えておらず、下女が用意してくれる茶を飲むので、自分で水を汲取ったこともない。当然洗濯もやったことがない。だから楽しそうな事だと考えている。水遊びしかしたことがないのだ。

 料理もすでに洗われた野菜を切って、調理をして盛り付ける。皿を洗うのも下女の仕事だった。


 まほろが贄に奉げられた後、唯華は洗濯をする機会を完全に失うだろう。義姉との関係が無ければ、井戸に近付くこともないかもしれない。だからまほろが死ぬ前に、洗濯の手伝いと称して水遊びの相手をして貰うことにした。

 ここ数日の間、ずっとこの機会をうかがっていたのだ。


 空は真っ青に晴れ渡り、夏が近付いて来ている。

 ふんふんと鼻歌交じりに歩いていると、最近体調を崩して部屋に篭りきりになっていた腹違いの兄、元久の姿を見つけた。


 大人たちは唯華に詳しく話そうとしないが、彼が恋仲であったハツと喧嘩をして以来元気が無いと噂で聞いていた。

 いつも優しい元久と喧嘩をするだなんて、どれほど頭の悪い女なのだろう。きっと意地悪なのだろう。変わり者が身近にたくさんいて、唯華の悩みは尽きない。


「お兄様! 体調はいかがですか?」


 振り返った元久は、もうすぐそこにある夏とは逆の季節を歩んでいるのか、真っ青な顔で目をぎょろぎょろとを左右に泳がせている。

 元の綺麗な顔立ちが台無した。


「まあ、お可哀想なお兄様……大丈夫ですか? 唯華にできることがあったら、何でも言ってくださいな」


 大好きな元久の憔悴しきった様子に、唯華は心を痛める。

 握った冷たい手は、爪を齧っているせいか血が付いている。だが幼い頃に転んだ唯華を抱き上げて、血が付いてしまうことも気にせずあやしてくれた日を思い出すと、汚いものでもないと思えた。


「ななな、な、何でも、何でもか?」

「ええ、何でも!」

「な、なら、なら、ま、まままほろを、アレを止めてくれ! ああああの井戸から、アイツが、アイツが出てきて母屋に来ないか、おおお俺が見張っているから、だから」

「まほろ姉様に何かされたの? まほろ姉様ったら、なんにもしないで遊んでばかり、離れを貰ったのに、私のことを招待もしてくれないのよ。お兄様も意地悪をされたのね? もしかして、まほろ姉様のせいでハツと喧嘩をしたの?」


 こくこくと頷く元久に、唯華は自分を落ち着かせようと、肺いっぱいに息を吸い込む。

 近々死んでしまうから、母は違えど姉妹だから良い人だと信じてきたのに、裏切られたような気分だ。


「あああアイツは母さんのように、お、お、おお、俺も殺すつもりなんだ!! 悪霊を呼び出して、祟り殺すんだ、俺をォ!!」

「こ、殺すだなんて……お兄様、それはどういう意味? どうしてそんなこと……」


 唯華は驚愕し、口元を手で蓋った。

 信じられない。人を呪うなど、どれだけ相手が憎くてもやってはいけないことだ。何よりも、優しい元久には呪い殺される理由がない。

 だが、まほろは変わり者で、邪悪な女だ。唯華はまほろを成敗することを決めた。

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