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嫌われ者の生贄ですが、愛してくれますか?  作者: トシヲ
現世の章

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ハツという女

 ハツは元久に呼ばれ、渋々と蔵に入った。

 最近どうも元久の様子がおかしい。これまでの元久は顔が良く温和で都会的な紳士であった。表面上は。


 村の男たちというはどうも汗臭く、女は黙って男に従うべきという考えを強く持っており、ハツも幼い頃から父親が母親に手を上げる様を見てきた。

 だが元久は大抵の女に対して丁寧な態度で、昔から鈴や唯華、二人の妹を可愛がり、よく世話をしていたためか女性の扱いに長けている。彼が二人に手を上げる様を見たことがない。


 次女のまほろに関しては、難産の末に母親を死なせてしまったこともあり、父である元綱に影響されて強く当たっているようだが、ハツにはそんな事は関係ない。興味もない。

 ハツは自分にだけ優しい相手ならば誰でも良い。金があると尚良い。


 男というのは美女を好むが、それはほんの数夜だけで、最終的に皆家庭的でよく笑い、一度や二度の浮気などで喚かず待ち続ける、懐の深い健気な女が好きなのだ。

 恋人の帰りを待ち続ける女を我が手に収めた時など、特に幸福感を得るらしい。


 埃っぽい蔵に入り、今や一緒にいるところを見られたくないような姿に変わり果てた元久が広げる文書に視線を落とす。

 咳き込んでしまわぬよう、袖で鼻の付近を覆った。


「ねえ、元久さん……これ、何です?」

「五十年前の贄姫の遺書だ」


 気味が悪い。

 そんなものを引っ張り出して来て、何を確認したいというのだろう。

 あれほど毛嫌いしておきながら、いざ殺す直前になって愛着でも湧いたのか。


 今更何だというのだ。まほろを散々傷めつけておいて。

 ただ妹を失う可哀想な自分に酔っているだけに違いない。


「儀式とその後の大きな出来事の記録はよく出てくるのだが、贄姫自身が書いたものは、なぜだかこれしか見付からない。前に贄姫を出した、山下家の床下にあったそうだ」

「へえ……そうなんですねえ」


 五十年前の人物のことは知らないが、まほろは学校にも行っていないし文字が書けるかどうかもわからない。百年、百五十年と昔の贄姫ともなれば、学校、寺子屋に行っていないのはごく当り前の時代のように思う。

 例え文字が書けたところで、まほろは筆記用具も紙も無いのに遺書やら日記など書けるわけがないのだ。

 他人の境遇などあまり気にならないハツでもそんなことはすぐわかる。これまでの贄姫も、まほろと同じように周りに疏まれ、必要とされなかった女がほとんどに違いない。

 だから紙も筆も与えて貰えない、生きることすら許されない彼女らの手記など、初めから存在していないのだ。


 もしもあったとしたら、村民らは罪悪感を抱かぬように、美談にするために焼き捨てるに違いない。

 誰だって死にたくないはずだ。ハツもそうだ。恨み言を書き連ねずにはいられまい。そしてその事実は、神との婚儀という祝福のために焼き消されるのだ。


「一枚でも、見付かって良かったですよ。元久さん、一生懸命お探しになられたののでしょう」

「……それもそうだな」

「うふふ。それで、何と書いてあるのでしょう?」


 放置されている埃まみれの長持の上に広げたそれは、遺書にしてはあまりにも長い。まるで小説の原稿のようだ。

 だが、蚯蚓みみずののたくったような字がびっしりと余白を埋めるように並んでいるのは、やや病的にも見える。

 全文読むのは面倒で、ハツは虫食いの少ない一部だけに目を通した。


『今日も霊が私を見ている。紙を顔に貼り付けた、あの霊だ。女にしては背が高く、声も低い。男なのだろう。怖い。気付かねば良かった。そして返事をしてはならなかった。名乗ってはならなかった。あれは次に、ものを渡そうとしてくる。それを持ち帰れば私の家がわかると言う。つまりは、次には家に訪ねてくるのだ。誰も信じてくれない。霊が見ている。今もきっと私にどうにかものを渡せないかと機会を伺っている。家に来られるときっと大変なことになる。どうか次の贄姫が私と同じ過ちを犯さぬよう願う他ない』


 なんだろうか、この妄想を書き連ねたようなものは。

 気持ちが悪いだけで、全く龍神とも関係が無い。それにも関わらず、何故か元久は遺書とやらを読んでガタガタと震えて爪を齧っている。


「元久さん、大丈夫? 死ぬ前というのは皆怖いのですよ。この贄姫様も死を身近に感じてしまったのでしょうね」

「まほろが、アレに俺の名を教えてしまった! 家の位置もだ!」

「落ち着いて、元久さん。息をしっかり吸って、ゆっくりと吐いてくださいな」


 心底面倒だとハツは思った。元久と恋人ごっこをしている間、ハツは周りからの視線が、自分への評価が変わったことを楽しんでいたのに、その遊びももう終わりだ。

 精神を病んだ者に執着されるほど面倒なことはない。


「元久さん、ねえ、大丈夫よ。龍神様のご加護がありますから」


 このような面倒な男から金を貰って、関係がずるずると続くのも良くない。さっさと今の自分への評価が下がらぬうちに、多少田舎臭くても従順で物静かな男と結婚をしよう。

 裏で五つも年下の妹に平気で暴力を振るう男など、初めから真剣に想ったりなどしたことがない。妾にとも言われたが、この男のことだ。邪魔になったら何をするかわからない。

 本妻に追い出される可能性だってあった。この関係も、ここらが潮時だ。


「元久さん、お見合い相手のお嬢さん、とても素敵な方と聞きましたよ。私もそろそろ、ちゃんとお嫁に行かないと……親孝行しなきゃ」


 汚らわしい他人の男に抱かれて、死ぬまでこき使われることが親孝行だなんて、この世の女どもの頭はどうかしている。だがこの田舎で、女に一人で生きていく力などは無いから、男にうまく寄生しなければいけない。

 さて、次の寄生先はどうしようか。


「ハツ、お、俺を捨てるのか、ハツ!」

「まあ、捨てるだなんて……私だって、ちゃんと家庭を築きたいのよ。身の程にあった相手と……幸せになりたい」

「ハツ! ハツ!!」


 ああ、やっぱり。

 錯乱している元久が手を振り上げる。

 こいつは結局暴力を振るうのだ。実の妹にするのと同じように。

 ハツは呆れてため息を溢した。


 パン、と乾いた音が鳴る。愚かな音だと思う。不正解だ。これは元久にとって、最も愚かな選択だ。ハツは勝者だ。清清しい。

 ハツは痛む自分の頬を手で押さえ、足元でギャアギャアと喚く男を睥睨したのち、わざとらしく壁にもたれかかって派手に音をたてた。


「キャアアー! 誰か、誰か来てください! いやぁっ、助けて! 誰かー!」


 蔵の外には、すでに何人も人が集まっている。呼んでおいたのだ。最近心を病んでいる元久に無理心中でも企てられたら怖いのだと、事前に周りに相談しておいた。

 立場上逆らえず、無理矢理手篭めにされそうになったが何とか運良く逃げているのだ。毎日怖くて辛いけれど、頑張って働かないと親孝行できないから。と、たった一滴涙を流しただけで、阿呆はたくさん釣れる。


 ハツは一度だけ、叶わぬ恋をしたことがある。店を営む家系の男だ。

 お人好しの両親の元で育ったよく笑う男だ。

 その男が手に入らぬのならば、もう誰が恋人でも夫でも構わない。誰でも良い。だから簡単に捨てられる。


 ――さようなら、元久さん。あなたが悪いのよ。私はカッとしたらすぐ手を上げる人間が、この世で一番嫌いなの。

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