第八十三話(アスラン)
王は一日のほとんどを礼拝堂で過ごした。
王は毎日、王妃とリリアの兄の棺に語りかけ、リリアには、目を合わそうともしなかった。
次期国王として育てられていたリリアの兄が亡くなり、アスランがリリアと結婚をして、次の国王になることが決まった。
「リリア。俺と結婚して、一緒にこの国を守っていこう」
「うん」
リリアは感情のない瞳でアスランに返事をした。
国中に「リリアは災いを運ぶ王女だ」という噂が流れ始めた。
それは自然とリリアの耳にも入った。
リリアの近くにいる者達はリリアのせいだと思ってはいなかったが、
「王妃様が生きていらっしゃった頃は、城中に花が咲き誇って、とても美しかった」
と、話すたび、その言葉が棘になってリリアの心に突き刺さっていった。
アスランが、絶望の底にいるリリアを何とか救い出したいと願った時、目の前にラルフが現れた。
リリアは一瞬にしてラルフに心を奪われた。
本の中にある夢のような世界を、そのまま現実にしてくれるラルフに。
「リリア。部屋から出てはいけないと言っているだろう」
アスランはラルフからリリアを遠ざけておきたかった。
「さぁ、部屋に戻ろう」
「どうして?」
アスランはリリアを抱き上げて、リリアの部屋へ連れ戻した。
「アスラン、ラルフってすごいよね。
これで父様も、少し元気になるかしら」
目を輝かせながらラルフの話をするリリアを見て、アスランの心は複雑だった。
リリアの笑顔を取り戻せて嬉しいはずなのに、ラルフの話で目を輝かせているリリアの姿を見たくはなかった。
「リリア、ラルフは悪魔だ」
「知っているよ」
「ラルフはこの国に雨を降らせ終えたら、自分の世界へ帰っていく」
「知っている」
「リリア。お前は俺と一緒にこの国を守っていかなければならない」
「……うん」
次第にリリアの顔が曇っていった。
後日リリアは、王の命と引き換えに、この国に雨を降らせる契約をラルフとしていた事を知った。
「アスランも知っていたの?」
「ああ。リリアの幸せを一番に考えている」
「父様の命を犠牲にしてまで幸せになりたくない」
何故だ……。
リリアの幸せをずっと一番に考えているはずの自分がリリアを苦しめている。
それでもリリアを守ってやれる者は自分しかいない。
悪魔が人間を幸せに出来るはずがない。
「リリア、お前を必ず幸せにする」
アスランは改めてリリアに結婚を申し込んだ。
一週間後、リリアはラルフを選んで、アスランの前から消えてしまった。
リリアが生まれた日の朝。
初めてリリアの顔を見た時の事を今でも鮮明に覚えている。
それからずっとリリアを見続けてきた。
リリアはいつまでも自分の後ろに隠れているものだと思っていた。
リリアのに降りかかる災いを払い除けるのが自分の役目だと思っていた。
「守られているだけでは幸せになれないの」
アスランは自分の力で羽ばたこうとしているリリアを、飛んでいかないように籠の中に閉じ込めていただけだった。
アスランは、王妃とリリアの兄が眠る礼拝堂へ行き、リリアが別の世界へ行ってしまった事を、亡くなった二人に報告した。
「済まない。リリアを守ると約束したのに、守れなかった。
リリアは誰かに守られる事より、自分で運命を切り開いていく方を選んだ。
リリアなら、きっと幸せも自分で掴んでいくだろう」
アスランはしばらく棺の前で座り込んでいたが、思い立ったように立ち上がり、
「俺は今、自分が出来る事をする。
いつでもリリアが帰って来られるよう、リリアが憧れていた国にしていく」
そう言って、礼拝堂を出た。




