第八十二話(アスラン)
リリアの兄の容態は、日を追って悪くなっていった。
王はリリアの兄からリリアを遠ざけるため、リリアが兄の部屋に入ることを禁じた。
「アスラン、兄様の体の具合はどう?」
「リリア、心配するな。きっと良くなる」
「兄様に会いたいのに……。兄様の部屋に入っては駄目だって」
「リリア。お前に病気を移したくないからだろう」
「私、病気なんか怖くないのに……」
アスランはリリアの前で跪き、優しく笑ってリリアの頭を撫でた。
「リリア。アイツも俺も、お前を守り続けると誓った。
リリアを置いて何処にも行くわけがないだろう?
だからそんな顔をするな。ずっと笑顔でいてくれ」
アスランはリリアの前で平静を装うのが精一杯だった。
リリアに言った言葉を、そのまま自分にも言い聞かせていた。
数日後、リリアの兄の部屋からリリアの叫び声が聞こえた。
待機していた医者や看護士、王やアスラン達がリリアの兄の部屋に駆けつけると、リリアの兄は虫の息で、側に呆然と立ち尽くすリリアの姿があった。
「この疫病神が! 出ていけ!」
王がリリアを突き飛ばした瞬間、アスランの目には倒れていくリリアがスローモーションのように見えた。
「リリア!」
リリアはテーブルの角に額を打ち、血を流しながら意識を失った。
アスランはリリアを抱き上げ、
「誰かリリアを! リリアを診てやってくれ!」
そう叫んだが、兄への対応が精一杯で、誰もリリアを見ようとはしなかった。
「クソッ!」
アスランはリリアを抱いたまま、自分の部屋に向かって走った。
意識のないリリアは、顔から血の気が引き、唇が真っ青になっていた。
アスランはリリアの額に切り裂いたシーツをのせたが、シーツはみるみる赤く染まっていった。
「アスラン、何があったの? ……!」
騒ぎを聞き付け、様子を見に来たマイカは、血の気の引いた顔で横たわるリリアの姿を見て動揺した。
「リリアが……! リリアが大怪我をしている。
ここに手の空いている医者を呼んできてくれ!」
「は……、はい!」
マイカが呼んできた医者のおかげで、何とかリリア額から流れる血は止まった。
「軽い脳震盪を起こしているだけですから、しばらくしたら意識は戻ります。
出血も、命に関わる量ではありません。……ただ」
「ただ?」
「額の傷は、痕になって残るでしょう」
「そんな……」
アスランは、リリアを守ってやれなかった自分を不甲斐なく思った。
真っ青な顔で静かに眠っているリリアの顔を撫でながら泣いた。
「……アスラン、どうしたの? 泣いているの?」
いつの間にか目を覚ましたリリアが、アスランの顔を心配そうに見ていた。
「リリア、ごめんな。お前に怪我をさせてしまった」
「怪我……?」
リリアは頭を打ったせいか、意識が少し朦朧としていた。
「アスランは何も悪くないよ?
私が約束を破ってしまったから……。
兄様、私のせいで体調が悪くなったの。私のせいで……」
「違う。リリア」
「父様はとても怒っていたわ。
父様は私の事が嫌いなの。
私が生まれて来なければ、母様も兄様も病気になんかならなかったかもしれないのに……」
「リリア。我が子のことが嫌いな親などいない。
王はリリアの事を愛しているよ。
ただ、愛情を表現するのが苦手なだけだ」
「そうだったらいいな……」
リリアは静かに笑いながらそう言って、また目を閉じた。
翌日、リリアの兄が亡くなった。
葬儀で王は、棺の中の兄を抱いて号泣した。
リリアは最後の別れすらさせてもらえず、遠く離れた場所から兄の葬儀を見守った。
リリアは泣かなかった。
アスランの記憶では、その日からリリアは感情を失った。
泣くことは勿論、笑うことも怒ることも無くなり、自分の部屋にこもって、本の中の世界に引き込まれていった。




