第七十八話(ラルフ)
ラルフの元に、雨を降らせて欲しいという依頼が届いた。
今回は今までと違って、己の欲望を満たす願いではなく、国を救うための願いだ。
ラルフは、人間の願いを叶えるのはこれで最後にしようと思っていた。
「雨を降らせたぐらいで国が立ち直るとは思わないが」
ラルフはそう思ったが、国のために己の命を捧げる人間の末路を見てみたいと思った。
願いが叶った瞬間、命乞いでもするつもりだろうか。
雨を降らせた後は欲深くなって、新たな願い事をしてくるだろうか。
ラルフは見晴らしの良いバルコニーで空を眺めていた。
「うわぁ。すごい!」
振り向くと、いつの間にか少女がラルフの背後に立っていた。
質素な服を着ているが、砂漠の地に住んでいる割に肌が白く身綺麗にしているので、王族の人間であることはすぐに分かった。
少女は矢継ぎ早に質問をしてきた。
ラルフは始めは面倒に思っていたが、変わった質問ばかりしてくる少女に思わず笑ってしまった。
苦しみや悲しみを知らず、ずっと誰かに守られて育ってきたのだろう。
生まれた時から全てを手に入れ満たされている人間は、こんな風に育つのか。
ラルフにとって、目の前の少女も観察対象の一つに過ぎなかった。
少女はラルフのいる世界の事ばかりを聞いてきた。
草木も枯れた埃まみれの世界しか知らない少女にとって、ラルフの住む世界は魅力的に見えるのだろう。
目を輝かせながら聞いている少女を見ていると、これがラルフが求めている人間の姿だと思わずにはいられなかった。
ふと少女の顔に目をやると、額に大きな傷痕が見えた。
ラルフがその傷に触れようとすると、少女は傷を隠すように俯いて黙り込んでしまった。
アスランが少女の傷の事やこれまで続いた不幸な話をラルフにしてきた。
少女は自分に与えられた運命を恨むことなく、どんな願いでも叶えられるラルフを目の前にしても、自分の事は何も話さなかった。
国民から『災厄の王女』と呼ばれても、国のためにアスランと結婚をし、国の平和を願う。
この小さな体のどこに強い意思が存在しているのだろう。
ラルフは少女を自分の世界へ連れ帰り、彼女の成長を見続けたいと思った。
しかし少女は自分の運命を全て受け入れて、神も人間も自分の運命も恨んでいない。
わざわざ生まれ育った国を捨て、悪魔の世界へ来てくれるだろうか。
「一週間だけ時間をやる」
それはラルフにとって賭けだった。
約束の一週間が経ち、ラルフは王の間へ向かった。
王やアスランは、少女を渡すつもりは全く無かった。
それはラルフも想像していた事で、特に驚きはしなかった。
ラルフはアスランの後ろに隠れている少女に目をやった。
少女は今にも泣きそうな顔でラルフを見ていた。
「それが答えなら仕方がない」
ラルフにはその答えで充分だった。
ラルフが最後に叶えたのは、己の欲望を満たすものではなく、お互いがお互いを思い合って生きている人間達の願いだ。
この国なら、これ以上自分が手を掛けなくても廃れることはないだろう。
ラルフは静かに笑って王の間を、人間の世界を出て行こうとした。
「待って」
ラルフの背後で少女の声がした。
少女は、誰かに守られて生きていくより自分の力で生きていきたいと言った。
決して人間の世界に絶望している訳ではない。
自分の運命を怨み、そこから逃げようとしている訳でもない。
少女こそ、ラルフが長い間求め続けた理想の人間かもしれない。
ラルフは少女を連れ、自分の世界へ戻った。




