第七十四話
リリアは屋敷に戻ってすぐ、温かいシャワーを浴びた。
ビンセントとずっと森の中を歩いて、疲れきっていた体がほぐれていく。
「痛っ!」
靴擦れで踵の擦り剥けていたところが、石鹸の泡で滲みた。
「後でビンセントに薬を貰おう……」
リリアがバスルームから出ると、ラルフが暖炉の前のソファーに腰をかけて待っていた。
「リリア、髪を乾かそう」
リリアがラルフの隣に座ると、ラルフはタオルでリリアの髪の毛を優しく包んだ。
「ラルフ……」
「どうした?」
「私はもう、人間の世界に戻るつもりはないから……。
いつでも悪魔になっていいよ……」
「……」
ラルフは黙ったまま、リリアの長い髪をタオルで挟んで丁寧に乾かしていく。
「……ラルフ?」
「リリア。俺はお前を無理矢理、悪魔にしようとは思わない」
「無理矢理じゃ無いよ。本当に考えて決めた事だから」
「リリア……」
「どうして? 私が子どもだから?
私はラルフと結婚するために、この世界に来たんじゃなかったの?
始めから私が人間の世界へ戻ると思って、この世界へ連れて来たの?」
「……」
「ラルフ? どうして何も言ってくれないの?」
ラルフが沈黙している間、暖炉の炎の音だけが、パチパチとリリアの耳に入ってくる。
「……ラルフ。ラルフの気持ちが分からないよ」
リリアの髪を乾かすラルフの手が止まった。
「……!」
リリアの靴擦れしたところが、再び痛みだした。
いつものラルフなら、リリアのちょっとした変化にも気付いてくれるはずだが、今のラルフはリリアの頭に手を置いたまま、何か他の事を考えているようだった。
「……足が痛いからビンセントに薬を貰ってくるね」
「リリア、待て……」
リリアはラルフの制止も聞かず、タオルを置いて部屋から出て行った。




