第七十二話
リリアとビンセントは、古びた小屋へ向かった。
近くで見ると木と土で出来た壁はボロボロで、虫に食われたのか所々に穴が開き、今にも崩れてしまいそうだった。
窓ガラスも全て割れ、部屋の中に散乱していた。
「まだ形は残っていたか……」
ビンセントはそう言いながら小屋の中に入り、何かを探し始めた。
「あ……。人の家にあるものを勝手に……」
リリアが言いかけた時、
「ここは、俺が昔住んでいた家だ。心配するな」
と、ビンセントが言った。
ビンセントはホコリまみれの小さな椅子を出してきて、その辺りにあった布でホコリを払い、リリアを椅子に座らせた。
ビンセントはリリアの前で膝まずき、リリアの靴を脱がした。
リリアの足は、慣れない道をずっと歩いていたせいか、小指から血が滲んでいた。
ビンセントは、先程採った緑色の葉を小さくちぎって、葉から出てきた汁をリリアの足に塗った。
「どうだ? しみるか?」
リリアは首を横に振った。
「あと少しで、馬車が通る場所に着く。もう少し我慢してくれ」
「……うん」
ビンセントはリリアの足に靴を履かせると、また何かを探し始めた。
リリアはその間、椅子に座ったまま部屋の中を見回した。
今、目の前にいるビンセントが、こんなにも小さな小屋で生活をしていたなんて、リリアには想像ができなかった。
この部屋で、セシルと一緒に暮らしていたのだろうか。
リリアは日記の内容を思い出していた。
「ここにあった」
ビンセントは大きなシャベルを見つけ、リリアと一緒に小屋を出た。
ビンセントが向かう先は、なだらかな斜面が続いている。
ビンセントはリリアの足を気にしてか、リリアの手を握り、リリアの歩幅に合わせて歩いた。
「リリア、疲れたり足が痛かったら、すぐ言え」
「ん? 」
「背負ってやるから」
「あ。大丈夫。……ありがとう」
リリアの口から自然に「ありがとう」の言葉が出てきた。
ビンセントは、リリアの顔を見て笑った。
二人は手を繋ぎ、斜面を登って行った。
「ビンセント、馬車が! 私たちが乗っていた馬車が見えた」
「ああ。俺たちより早く到着したようだな」
ハイドは馬車から降り、リリアとビンセントを見下ろしながら何かを言っているようだ。
ラルフも馬車から降りて、二人の様子を黙って見ていた。
「随分遅かったじゃないか」
リリアとビンセントが馬車を停めている場所へ到着すると、真っ先にハイドが言った。
「ああ。懐かしくてな」
「へぇ……。俺の思い出の場所は、跡形もなく消えていたけれど、ビンセントの思い出の場所は、まだ残っていたのか」
「ああ。人が住むような場所ではないからだろう」
「ビンセント、この辺りだ」
ラルフが指をさした方を見ると、土が少しだけ盛り上がっている所があった。
ビンセントは早速、小屋から持ってきた大きなシャベルを掴んで、地面を掘り始めた。
「何か宝でも埋まっているのか? 」
ハイドの言葉に、
「さあな。既に誰かが掘り起こして、もう無くなっているかもしれないが」
と、ビンセントが手を動かしながら答えた。
日が暮れていき、空がオレンジ色になったが、ビンセントは手を休めることもなく、掘り続けた。
「リリア、寒くなるから、馬車に乗っていろ」
ラルフが言ったが、リリアは首を横に振った。
「……見付けた」
ビンセントはシャベルを置き、自分が掘った穴の前に膝を付いて、穴の中にあったものを両手でそっと取り出した。
「……骨か? 」
穴の中を覗いたハイドが聞いた。
「……ああ。人間だった頃、一緒に住んでいた奴の骨だ。こんな場所にずっと閉じ込めたままで悪かったな」
骨は脆く、ビンセントの手のひらの上で、あっという間に崩れて白い砂のようになった。
ビンセントは立ち上がり、手のひらの白い砂を優しく吹き飛ばした。
ビンセントの手の中の白い砂はサラサラと、オレンジ色の空に舞い上がり、やがて二羽の白い鳥になって、遠くの空へ消えていった。
「二羽ってことは、二人死んだのか? 」
「……ああ。多分、そういう事だ」
ビンセントは静かに笑って、掘った穴を埋め直し、大きなシャベルをその上に突き刺した。
夕日も落ちて、夜空の星が輝き出すと、ビンセントは突然リリアを抱き上げ、崖を滑り降りた。
「きゃ……! 」
リリアはビンセントに掴まり、目をぎゅっと閉じた。
「あの辺りを見てみろ」
リリアがそっと目を開けると、蒼白い光が点いたり消えたり、ゆらゆらと飛んだりしていた。
「……蛍? 」
「ああ」
「綺麗ね」
リリアが、ビンセントに微笑みながら言った。
何故か、その姿がセシルに重なった。
「……ああ。綺麗だ」
ビンセントは、今まで見せたことのない優しい笑顔で答えた。
リリアは黙って俯いた。
「ラルフが心配する。そろそろ戻ろう」
ビンセントはそう言って、またリリアを抱き上げ、崖を掛け上がった。
馬車は星空の中を走った。
リリアは、自分の心臓の音が、馬車の音で掻き消されることを願った。




